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ご無沙汰してます。
もうすっかり秋ですね^^
朝晩肌寒くなってきました。
ご挨拶もそこそこにですが、ご質問いただいている順にぼちぼちと書いていきたいと思います。
今回は、
「自分を愛する」
ということについてです。
とても多い質問・・・というか疑問、戸惑いとでも言ったほうがしっくりくるかもしれません。
よくスピリチュアル系のブログや書籍には「自愛」を勧めているものがあります。
私もお勧めすることが多いです。
なんと言っても、「世界」=「自分」であれば、自分を愛することは世界を愛することと同じだからです。
・・・で、よく聞くのが、
「どうしたら自分を愛せますか?」
「私、自分のことが好きになれないんです」
といった言葉です。
「あ・・・私のこと言ってる」と思わなくてもいいですよ。
とても多くの人が感じていることみたいですから。
「こんな自分を好きになんかなれない」
「無理に好きになったつもりでいようとしても、それは自分の本当の気持ちから目をそらしているだけだから返って抵抗になっているに違いない」
「でも自分を愛するほうがいいと言われた・・・あーどうしよう。やっぱり私幸せになんかなれないのかも・・・」
頭の中はこんな感じでぐるぐるしているのではないでしょうか?
あのですね、そう思ったあなたはきっと難しく考えすぎなのだと思います。
「愛する」って別に「好きになる」とイコールじゃないですよ。
「愛する」と書くからややこしいのかもしれませんが、「愛」は「する」ものではなくて、「状態」です。
それはもともとあなたや私がそのまま置かれている「状態」です。
それに対し「好きになる」は、「なる」と書くからまたややこしいのですが、「好き」を「する」ということです。
「その違いに意味あるの?」と思われたかもしれませんが、要は「自分を愛する」という状態になる(戻る)ために「自分を好きになる」という条件をクリアする必要はないということです。
「愛する」と「好きになる」の根本的な違いは、
「好きになる」(「嫌いになる」も同様に)には必ず理由があります。
それは具体的なエピソードだったり、「ただなんとなく」という場合もあるかもしれませんが、理由の如何によって左右されるものはそもそも「愛」ではありません。
理由や根拠で左右されるのは、「評価」「ジャッジ」しているからです。
そもそもそれは「無条件」「無尽蔵」である「愛」とはまったく違うものです。
もちろん、好きになったり嫌いになったりすることが悪いとは言いません。
ただ、それは「愛」の前提条件でもなんでもないということです。
私たちの自我(エゴ)は様々な条件を勝手に設定してそのことから私たちの目をそらさせようとします。
「○○ができていない」
「××になれなかった」
「△△を手に入れていない」
「だからこんな自分を認めたくない。受け入れられない。好きになれない」
「だから私は愛されるに値しない。よって私は私を愛してはならない」
と、あたかもその判定に正当性があるかのように因果関係を構築してしまいます。
だから、あなたが「自分を好きになれない」から「自分を愛せない」となっているのなら、そんな条件は
「自分を好きになれなくても良い!」と投げ捨ててください。
さあこれで、大きな条件(ハードル)をひとつ消してしまうことができました。
続いて、あなたが知りたいことは、
「で、結局『愛の状態』って何?」
「具体的にどういう状態が自分を愛していることになるの?」
ということになると思います。
上のほうで、それは私たちがもともとおかれているそのままの状態だと書きました。
「愛する」とは実はそのことに気づく、別の言い方をすれば思い出すことです。
もともとの初期設定として、私たちは自分に無条件・無尽蔵の愛を与えています。
(「与える」という言葉もまた誤解を招きそうですが、便宜上の表現だと思ってください)
それを思い出すには・・・
長くなったので続きはまた^^;
すぐ書きますから(たぶん)、焦らずお待ちくださいね~
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