■twitterアカウント1solidcomfortです。
よろしければフォローお願いします。
書けば書くほどリクエストが増えていくので、もう全然「たまには・・・」というタイトルが似つかわしくなくなってしまいました^^;
お金に縁がない人の特徴として次のような思考があると思います。
(すべてではありませんが、特に目立つ傾向を挙げます)
・「今はお金がないけど、お金が貯まったら●●したいです」
・「なるべくお金を払いたくない。できれば無料でやってほしい」
何かを購入したり、何らかのサービスを受けたいが、お金がハードルとなっている場合ですね。
あるいは、払うお金はあるけども無料か格安にこだわる傾向。
もちろん節約するのがダメだと言っているのではありません。
(友人同士で本やCD等を貸し借りする程度のことまで目くじら立てる必要はないと思います)
ただ、それらの言動や気持ちの中にある意識はどんな状態でしょうか?
おそらく99.9%以上は
「お金がなくなる不安」
に囚われているのではないかと思います。
「だって実際使えば減るし、もし入ってこなくなったらなくなっちゃうじゃないですか!そうならないためにもなるべく使わないようにしてるんです。何がいけないんですか!?」
と思われたかもしれませんね。
さて、ここで思い出してください。
このブログでは何度も出てきた言葉ですが、
「目に見えている世界」=「内面の投影」
この見地に立てば、あなたは
「お金は使ったら減ったまま入ってこないもの」
「なるべく使わないようにすることを、自分が欲しているものより優先しなければいけない」
という内面の認識を見事にあなたの世界に投影してしまっていることになります。
その根底には、
「お金がなくなったら困る」
という恐怖感があります。
「実際なくなったら困るじゃん!家賃も払えないしご飯も食べられない!困らないわけがないじゃん!」
さて、お金がなくなったら本当に家賃が払えませんか?家賃が払えないと困りますか?そう決め付けているのは誰ですか?
この世界はあなたが創っているのに、そのあなたが自分の見る世界をどう設定しているのか、そのことを意識してみてください。
あなたとお金の関係をあなたはどう設定しているのか、そのことに想いを馳せてみてください。
難しいことはないですよ。
今あなたを取り巻くお金の状況を見れば一目瞭然です。
あなたに向けたお金の流れが見えない、あるいは細くて途切れ途切れの流れしか見えない。
あるいは、大きなお金の循環の中に自分が位置していることが実感できる。
どちらもあなたが選んだとおりです。
あなたが感じて信頼しているとおりです。
「使ったらなくなってそれっきり」と設定するのも、
「使ってもまた必要になれば入ってくる」と設定するのもあなた次第です。
本当はね、どちらが良くてどちらが悪いということはないんですよ^^
どちらもあなたの自由です。
自由であるということは、あなたの世界においてどちらが良いか悪いかということではないんです。
あなたが今どんな状況であろうと、そこに価値判断を加えないでください。
どんなに辛い気持ちであっても、強い不安に襲われていても
あなたは全然悪くないし惨めでもない。
あなたはそのままで完璧で、至高の「存在」だから。
あなたの世界の中で唯一の「存在」だから。
でも、唯一の「存在」であるがゆえに、あなたの世界を唯一創造できる「力」もある。
だから世界はあなたが与えた属性どおりに展開してしまう。
あなたが持った印象をそのまま反映してしまう。
それを理由にあなたが打ちのめされる必要はありません。
あなたがそのことに気づき、常にその見解を忘れないでいること、それだけでいい。
そこに「良い」「悪い」はないのです。
「良い」「悪い」を判断しているのはあなたの心に巣くうエゴです。
「現状は悪い」とエゴに乗せられてそう認定してしまわないことです。
「現状は悪い」という印象をあなたが持ち続けていれば、「悪い」と思うような世界をあなたの周りに延々と再現してしまいます。
これがお金を使うこと自体に関する不安や恐怖に関する問題。
そしてもうひとつ、さらに重要かもしれない問題が、
「なるべくお金を払いたくない」という考え。
もちろん必要もないものにお金を使うことはありません。
問題なのは、
「なるべくタダ働きさせたい。対価を払わずにモノやサービスを提供させたい」
という搾取の想いが込められている場合です。
少し前にあるバラエティ番組に出演していたスーパーの店長が、営業に来た大道芸人の女性に「やる気を見せろ」とお店の仕事を手伝わせて、結局「やる気が感じられない」と難癖をつけて対価を払わずに追い返したという事件がありました。
最初からタダ働きをさせるつもりだったようです。
もちろんオンエア後かなりの非難を浴び、この店長は本社から何らかの処分を受けたようです。
それはどうでも良いんですが、このとき、どんな想いがこの店長の心の中にあったのでしょうか?
「たとえ相応の働きだったとしてもお金を払いたくない。だまし討ちでも何でも構うものか、タダ働きさせて追い返してしまえ」
こんな感じではないでしょうか。
そこにはWIN-WINの欠片もありません。
他人の働きに対する感謝も敬意もありません。
自分さえ良ければ良いという肥大したエゴの働きが見えています。
私はこの考えに対して、「道義に反する!」などと批判するつもりはありません。
確かに見ていて気分の良いものではありませんでしたが、ここまで露骨ではなくても似たような考えの人はたくさんいるのではないかと思いました。
それが、前述の「なるべく対価を払いたくない。タダでお願いしたい」という思考です。
これを選ぶも選ばないもまた自由です。
良いも悪いもありません。
しかし、あなたにとって非常に危険な思考であることは確かです。
何が危険なのでしょうか?
この世界はあなたの内面の投影であり、あなたに見えている他人も、もとはあなたの内面から映し出された、言ってみればあなたそのものでもあります。
他人から搾取したい、感謝も敬意も持たないということは、あなた自身に対してもそういうエゴの思考を向けるということです。
つまり、あなた自身があなたの世界でそういう風に扱われることを容認してしまっているということです。
まあこれも良いも悪いもない話ではあります。
引き寄せの法則の言葉を借りれば、ただ単にあなたが発した波動のエネルギーがあなたの世界に満ちてあなたに返ってくるというだけのことです。
そしてこれは常に休むことも例外もなく働く絶対的な法則です。
少し怖がらせてしまったかも知れませんね^^;
でも大丈夫ですよ^^
あなたがあなたの世界でどんなことを体験するかはあなたが決めることができます。
あなたがお金のことでも恋愛のことでも、今何を感じているかを見つめてみてください。
不安や恐怖、あるいは他人をないがしろにする気持ちがあればそれはそのまま返ってきます。
反対に、喜びや充足、愛と感謝を選べば世界は必ずそれに応えてくれます。
大丈夫。
良いか悪いかではなく、好きな方を選べます。
長くなってきたのでこのあたりで。
まだまだお金編はニーズがあれば続きます^^
<関連記事>
たまにはお金について
続・たまにはお金について
続々・たまにはお金について(お前のものは俺のもの?)
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あなたは、絶対大丈夫です^^
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あるいは、払うお金はあるけども無料か格安にこだわる傾向。
もちろん節約するのがダメだと言っているのではありません。
(友人同士で本やCD等を貸し借りする程度のことまで目くじら立てる必要はないと思います)
ただ、それらの言動や気持ちの中にある意識はどんな状態でしょうか?
おそらく99.9%以上は
「お金がなくなる不安」
に囚われているのではないかと思います。
「だって実際使えば減るし、もし入ってこなくなったらなくなっちゃうじゃないですか!そうならないためにもなるべく使わないようにしてるんです。何がいけないんですか!?」
と思われたかもしれませんね。
さて、ここで思い出してください。
このブログでは何度も出てきた言葉ですが、
「目に見えている世界」=「内面の投影」
この見地に立てば、あなたは
「お金は使ったら減ったまま入ってこないもの」
「なるべく使わないようにすることを、自分が欲しているものより優先しなければいけない」
という内面の認識を見事にあなたの世界に投影してしまっていることになります。
その根底には、
「お金がなくなったら困る」
という恐怖感があります。
「実際なくなったら困るじゃん!家賃も払えないしご飯も食べられない!困らないわけがないじゃん!」
さて、お金がなくなったら本当に家賃が払えませんか?家賃が払えないと困りますか?そう決め付けているのは誰ですか?
この世界はあなたが創っているのに、そのあなたが自分の見る世界をどう設定しているのか、そのことを意識してみてください。
あなたとお金の関係をあなたはどう設定しているのか、そのことに想いを馳せてみてください。
難しいことはないですよ。
今あなたを取り巻くお金の状況を見れば一目瞭然です。
あなたに向けたお金の流れが見えない、あるいは細くて途切れ途切れの流れしか見えない。
あるいは、大きなお金の循環の中に自分が位置していることが実感できる。
どちらもあなたが選んだとおりです。
あなたが感じて信頼しているとおりです。
「使ったらなくなってそれっきり」と設定するのも、
「使ってもまた必要になれば入ってくる」と設定するのもあなた次第です。
本当はね、どちらが良くてどちらが悪いということはないんですよ^^
どちらもあなたの自由です。
自由であるということは、あなたの世界においてどちらが良いか悪いかということではないんです。
あなたが今どんな状況であろうと、そこに価値判断を加えないでください。
どんなに辛い気持ちであっても、強い不安に襲われていても
あなたは全然悪くないし惨めでもない。
あなたはそのままで完璧で、至高の「存在」だから。
あなたの世界の中で唯一の「存在」だから。
でも、唯一の「存在」であるがゆえに、あなたの世界を唯一創造できる「力」もある。
だから世界はあなたが与えた属性どおりに展開してしまう。
あなたが持った印象をそのまま反映してしまう。
それを理由にあなたが打ちのめされる必要はありません。
あなたがそのことに気づき、常にその見解を忘れないでいること、それだけでいい。
そこに「良い」「悪い」はないのです。
「良い」「悪い」を判断しているのはあなたの心に巣くうエゴです。
「現状は悪い」とエゴに乗せられてそう認定してしまわないことです。
「現状は悪い」という印象をあなたが持ち続けていれば、「悪い」と思うような世界をあなたの周りに延々と再現してしまいます。
これがお金を使うこと自体に関する不安や恐怖に関する問題。
そしてもうひとつ、さらに重要かもしれない問題が、
「なるべくお金を払いたくない」という考え。
もちろん必要もないものにお金を使うことはありません。
問題なのは、
「なるべくタダ働きさせたい。対価を払わずにモノやサービスを提供させたい」
という搾取の想いが込められている場合です。
少し前にあるバラエティ番組に出演していたスーパーの店長が、営業に来た大道芸人の女性に「やる気を見せろ」とお店の仕事を手伝わせて、結局「やる気が感じられない」と難癖をつけて対価を払わずに追い返したという事件がありました。
最初からタダ働きをさせるつもりだったようです。
もちろんオンエア後かなりの非難を浴び、この店長は本社から何らかの処分を受けたようです。
それはどうでも良いんですが、このとき、どんな想いがこの店長の心の中にあったのでしょうか?
「たとえ相応の働きだったとしてもお金を払いたくない。だまし討ちでも何でも構うものか、タダ働きさせて追い返してしまえ」
こんな感じではないでしょうか。
そこにはWIN-WINの欠片もありません。
他人の働きに対する感謝も敬意もありません。
自分さえ良ければ良いという肥大したエゴの働きが見えています。
私はこの考えに対して、「道義に反する!」などと批判するつもりはありません。
確かに見ていて気分の良いものではありませんでしたが、ここまで露骨ではなくても似たような考えの人はたくさんいるのではないかと思いました。
それが、前述の「なるべく対価を払いたくない。タダでお願いしたい」という思考です。
これを選ぶも選ばないもまた自由です。
良いも悪いもありません。
しかし、あなたにとって非常に危険な思考であることは確かです。
何が危険なのでしょうか?
この世界はあなたの内面の投影であり、あなたに見えている他人も、もとはあなたの内面から映し出された、言ってみればあなたそのものでもあります。
他人から搾取したい、感謝も敬意も持たないということは、あなた自身に対してもそういうエゴの思考を向けるということです。
つまり、あなた自身があなたの世界でそういう風に扱われることを容認してしまっているということです。
まあこれも良いも悪いもない話ではあります。
引き寄せの法則の言葉を借りれば、ただ単にあなたが発した波動のエネルギーがあなたの世界に満ちてあなたに返ってくるというだけのことです。
そしてこれは常に休むことも例外もなく働く絶対的な法則です。
少し怖がらせてしまったかも知れませんね^^;
でも大丈夫ですよ^^
あなたがあなたの世界でどんなことを体験するかはあなたが決めることができます。
あなたがお金のことでも恋愛のことでも、今何を感じているかを見つめてみてください。
不安や恐怖、あるいは他人をないがしろにする気持ちがあればそれはそのまま返ってきます。
反対に、喜びや充足、愛と感謝を選べば世界は必ずそれに応えてくれます。
大丈夫。
良いか悪いかではなく、好きな方を選べます。
長くなってきたのでこのあたりで。
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たまにはお金について
続・たまにはお金について
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ここしばらく「お金」のことについて書いてみました。
前回の記事で、
「あなたの世界に現れるすべては、あなたの内部から出てきました」
「だから、もともとはあなたのものです」
「他人が受け取ったように見えても、あなたが受け取ったと同じことです」
「だから、今すぐ『本当はそれを受け取ったのは自分自身だ。自分にはその資格がある』と決めてください」
と書いたところ、次のようなご意見をいただきました。
--------------------
本当に自分の見ている世界で誰かが受け取っているお金がもともとは自分のものなら、返してもらっても良いんですよね?
街中で通りすがりの人に「お前の持っているお金は本当は俺のものだから返せ!」と財布を奪い取ったり、銀行強盗しても良いんですかね?
--------------------
「お前のものは俺のもの」ジャイアンですか(笑)
過去何度か書いているとおり、私はケーススタディや議論には参加しないスタンスです。
実際にその人が直面している状況についてなら何か有益なことが言えるかもしれませんが、「●●ならどうする?」「どう思う?」という話題に付き合い始めるとそれこそ
「すべての疑問に納得いく回答を得ないうちは自分は疑い続けるぞ!」というエゴのゲームに深入りするのを助長してしまうと思っています。
ただ、このテーマについては個人的に興味を持ったので私なりの見解を書いてみます。
メールをいただいた人が実際にひったくりや銀行強盗をするつもりかどうかは知りませんが、
「やっても良いんですか?」という問いに対しては
「やめといたほうが良いですよ」と答えておきます。
理由は大きくふたつあります。
ひとつは、
「やっても良いんですか?」と私に確認している時点で、本人の中には「本当はやってはいけないこと」という認識があるからです。
それならその人の世界ではそれは「やってはいけないこと」です。
やったら捕まりますよ^^;
仮に私が「やりたければやって良いですよ。どんどんおやりなさい」と書いたところで、「本当はダメなのは分かってるけど背中を押してもらった」に変わる程度のものです。
捕まってから「心の旅人とかいう奴のブログに『やって良い』と書いてあったからやったんだ!」と警察で言ったところでダメなものはダメです。
(もちろん私も犯罪の教唆でなんらかの罰を受けるでしょうが)
つぎに、こっちの方が重要ですが
「他人から」「奪い取る」「取り戻す」
こう考えていると言うことは、もうはなっから
「他人と自分とは全然別の存在」
「他人がお金を受け取った事実も自分とはまったくかかわりのない現象」
と認定しているわけです。
つまり、
「自分の見ている世界が自分の内部からの投影」とはまったく認めていないのです。
もともと自分の中にそれが存在しているとは認めていないのです。
だから、せっかくあなたの世界に投影されたあなたと一体である「他人」も「お金」も、わざわざ自分とは分離した存在で、自分とは縁のないものとしているのです。
そして、「奪い取って手に入れよう」という発想に至ったのです。
そこには「充足」ではなく「分離」「欠乏」に意識を集中した状態があります。
以前も何度か書きましたが、なんであれあなたがあなたの見ている何かを「自分とは分離した存在」として見るとき、それはあなたに対して脅威となります。
あなたを不安にさせ、あなたを苦しめるかもしれません。
でも本当は、あなたが勝手にそれらを自分とは分離した存在と見ているだけです。
それがあなたの内部にあり、あなたと一体であると認めたらそれは静かにあなたと溶け合って消えていきます。
もうあなたを傷つけることはできません。
前回の記事の最後の方に書いたとおり、お金のことで誰かが幸運に恵まれているのを見聞きしたら、自分のことのように喜んであげてください。
とりあえず「お金に関する喜ばしいできごと」はあなたの世界に現れたわけです。
あとはあなたがそれを受け取るプロセスを楽しみに待つだけです。
それには、今感じることのできる「充足」を楽しんでください。
大丈夫ですよ^^
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たまにはお金について
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あなたが最高に幸せでありますように。
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ここしばらく「お金」のことについて書いてみました。
前回の記事で、
「あなたの世界に現れるすべては、あなたの内部から出てきました」
「だから、もともとはあなたのものです」
「他人が受け取ったように見えても、あなたが受け取ったと同じことです」
「だから、今すぐ『本当はそれを受け取ったのは自分自身だ。自分にはその資格がある』と決めてください」
と書いたところ、次のようなご意見をいただきました。
--------------------
本当に自分の見ている世界で誰かが受け取っているお金がもともとは自分のものなら、返してもらっても良いんですよね?
街中で通りすがりの人に「お前の持っているお金は本当は俺のものだから返せ!」と財布を奪い取ったり、銀行強盗しても良いんですかね?
--------------------
「お前のものは俺のもの」ジャイアンですか(笑)
過去何度か書いているとおり、私はケーススタディや議論には参加しないスタンスです。
実際にその人が直面している状況についてなら何か有益なことが言えるかもしれませんが、「●●ならどうする?」「どう思う?」という話題に付き合い始めるとそれこそ
「すべての疑問に納得いく回答を得ないうちは自分は疑い続けるぞ!」というエゴのゲームに深入りするのを助長してしまうと思っています。
ただ、このテーマについては個人的に興味を持ったので私なりの見解を書いてみます。
メールをいただいた人が実際にひったくりや銀行強盗をするつもりかどうかは知りませんが、
「やっても良いんですか?」という問いに対しては
「やめといたほうが良いですよ」と答えておきます。
理由は大きくふたつあります。
ひとつは、
「やっても良いんですか?」と私に確認している時点で、本人の中には「本当はやってはいけないこと」という認識があるからです。
それならその人の世界ではそれは「やってはいけないこと」です。
やったら捕まりますよ^^;
仮に私が「やりたければやって良いですよ。どんどんおやりなさい」と書いたところで、「本当はダメなのは分かってるけど背中を押してもらった」に変わる程度のものです。
捕まってから「心の旅人とかいう奴のブログに『やって良い』と書いてあったからやったんだ!」と警察で言ったところでダメなものはダメです。
(もちろん私も犯罪の教唆でなんらかの罰を受けるでしょうが)
つぎに、こっちの方が重要ですが
「他人から」「奪い取る」「取り戻す」
こう考えていると言うことは、もうはなっから
「他人と自分とは全然別の存在」
「他人がお金を受け取った事実も自分とはまったくかかわりのない現象」
と認定しているわけです。
つまり、
「自分の見ている世界が自分の内部からの投影」とはまったく認めていないのです。
もともと自分の中にそれが存在しているとは認めていないのです。
だから、せっかくあなたの世界に投影されたあなたと一体である「他人」も「お金」も、わざわざ自分とは分離した存在で、自分とは縁のないものとしているのです。
そして、「奪い取って手に入れよう」という発想に至ったのです。
そこには「充足」ではなく「分離」「欠乏」に意識を集中した状態があります。
以前も何度か書きましたが、なんであれあなたがあなたの見ている何かを「自分とは分離した存在」として見るとき、それはあなたに対して脅威となります。
あなたを不安にさせ、あなたを苦しめるかもしれません。
でも本当は、あなたが勝手にそれらを自分とは分離した存在と見ているだけです。
それがあなたの内部にあり、あなたと一体であると認めたらそれは静かにあなたと溶け合って消えていきます。
もうあなたを傷つけることはできません。
前回の記事の最後の方に書いたとおり、お金のことで誰かが幸運に恵まれているのを見聞きしたら、自分のことのように喜んであげてください。
とりあえず「お金に関する喜ばしいできごと」はあなたの世界に現れたわけです。
あとはあなたがそれを受け取るプロセスを楽しみに待つだけです。
それには、今感じることのできる「充足」を楽しんでください。
大丈夫ですよ^^
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