想像してみてください。


もしあなたのためだけに創られた歌があるとしたら。


その歌を歌い踊ることが許されたのはあなただけ。


それも、神の前でただ一度だけ。


あなた以外は誰もそれを踊ってはならない。


存在を知ることすら許されない。


そんな歌があなたのためだけに用意されていたとしたら。



周到に、完璧なタイミングで、完璧な旋律で、あなたが最高に美しく舞い踊り歌うことができるように作りこまれた宇宙でたったひとつの歌。


二度目はない。


ただ一度だけの輝き。


だからこそ最高に美しい。



もうお分かりですね。



その歌はあなたの人生そのもの。


あなたの生命そのもの。



あなたが最高に輝くために創られたただひとつの歌。



あなたの歌声はあなたの世界に届き、あなたの舞いは世界を震わせるでしょう。



大丈夫ですよ。



あなたこそが、その歌のために生まれた最高の演者なのだから。



良いお年を。



2015年があなたにとって素晴らしい一年でありますように。




ココロノタビビト


大っ変ご無沙汰しております。

心の旅人改めココロノタビビトです^^


プチ改名したのには大した意味はないのですが、意外と同じHNを使っている方が多く、他のブログ等で発信されたりコメントされた内容を私が書いたものだと間違われることがときどきあるので、とりあえずカタカナにしてみました(笑)


さて、こんなに間が空いてしまったことへの言い訳(笑)なのですが、

もちろん多忙であったこともありますが、少しの間ブログで不特定多数の方へ発信することにためらいを感じていた時期もありました。

と言っても、コメント欄を荒らされたとか批判されたとかそういうことはないのでご安心ください。

私のブログの読者様はどうやらとても優しい方が多いようです^^



そして、数多くの方のご相談に対応させていただくにつれ、思うことがあります。


「人それぞれだなあ・・・」


当たり前のことなのですが、同じような状況に陥っても感じ方は人それぞれ、対処の仕方も人それぞれ、


私から助言させていただいた内容も、響く言い回しも腑に落ちるタイミングも人それぞれです。
時にはスピリチュアルはいったん脇において現実的な対処をお勧めすることもあります。


どれが正解でどれが間違っているということもありません。

あえて言えばすべてが正解となり得ます。

正解を選ぶのではなく、選んだから正解という面もあります。



「他人は内面からの投影」ということを申し上げました。

つまり根っこは同じものという認識です。

でも、私たちが見ているこの世界では、確かに他人は他人として存在し、自分とは違う感情、違う価値観、違う行動をとっているように見えます。
その多様性こそが、この世界の素晴らしさ・美しさでもあると思います。

それらをコントロールしようとするのではなく、その多様性の中で自分がどうありたいか、そのギャップやプロセスを体験することがこの世界の面白みなのでしょう。


話がそれました^^;



その「人それぞれ」の感じ方、受け取り方、反応を示す不特定多数(このブログは不特定少数ですね 笑)の方に、ブログの記事という形で一律に発信することで果たしてどれだけ伝わるのかなと思いあぐねていた時期があったわけです。



たとえば、「他人は内面からの投影」という言葉で救われる人もいれば、
現実に今通り魔に襲われているという状況で、目をつぶって「この通り魔は内面からの投影で幻に過ぎない・・・」などとやっていてもおそらくかなりの確率でひどい目にあうと思われます。

多くの人にとっては、「四の五の言わず一目散に逃げる」ほうが助かる確率は高いでしょう。


現実に当てはめれば一見矛盾するような言葉をこのブログではたくさん書いています。

それをそのまま丸呑みにすればこの世界では混乱をきたす人も少なくないと思います。

やはりその人なりの体験や気づきを経たあとでしかしっくりこないものもあるわけです。

魔法の呪文のように、一度聞いたら誰にでも劇的な変化が訪れるようなものはないのです。
※それに近いものはありますが。


やはり人によって適切なタイミング、適切な状況、適切な言い回しと言うものがあるわけで、それをブログの記事という形で書いても人によっては役に立たないなあと思ったりもしていました。







・・・と、思っていたのは私の大きな勘違いでした(笑)







受け止め方は人それぞれ?

ブログに書いた言葉で救われない人もいる?





そ・ん・な・の・あ・た・り・ま・え・で・しょ・?





ということについ最近ハッと気がつきました。


人によって最適なタイミングでこのブログにたどり着き、書いてある言葉が最適な形で響く、そのプロセスを流れるに任せることを良しとしていなかった自分がいたのではないか?

または、たとえ適切でないタイミングでこのブログを読んで「なんだ、ここに書いてあることはぜんぜん役に立たないな」と思われたり、不適切な受け止め方をされて混乱したりすることを許さない気持ちがあったのではないか?

つまりは、それらのことをコントロールしたいと思っていたのではないか?

ということですね^^;



もともと「読んでくださった人の救いになろう」などという目的ではじめたブログではありませんでした。


ただなんとなく書きたい衝動が先にあり、書きたいことを自由に書く、それで喜んでもらえたならそれはそれで嬉しい、それだけのことでした。



たかがそれだけのことだったはずなのですが、少しばかり(でもないですが)ひと様から頼っていただく機会が増えたからといっていつの間にか思い違いしていたのかも知れません。


いろいろな方々のさまざまな事情、反応に対し、個別にカスタマイズして対応することが最善であって(もちろん間違っているとは思いません)、ブログで一律のメッセージを発することはそうではないという思い込みをしていたのかも知れません。



このブログに書いていることは、基本的に私が自分の体験から感じたことや気づいたこと、それらから導き出した考察等を書いています。
私はあまりスピリチュアル系の書籍は数多くは読んでいませんし、ブログもリンクしていただいているものをときどき拝見する程度です。

(決して他の人の文章を読む意味がないとか思っているわけではないのですが、必要があれば適切なタイミングで興味を喚起されて読むことになると思いますので、あまり頑張って読もうという気にはなりません)

ですから、他の人と自分の意見が違っていても大して気にしません。

私が私の体験、感性、気づきに基づいて書いているように、他の人もまたそうであるなら、そもそも同じになりようがないからです。

たとえ似たようなものであったとしても、この世界においてはひとりひとりのオリジナルにならざるを得ないと思います。


なので、「あなたは間違っている!」と批判されたとしても、議論して(しませんけどね)論破されたとしても相手の想い通りに合わせることもできないわけです。


もちろん、共感したり感銘を受けたりして影響を受けることもあるかもしれませんが、共感できなくても「この人は間違ってる!」とか思うことはありません。

「ああ、あなたはそうなのね」と思うだけです。

それはそれで貴重な体験です。


そうやって、互いに影響を受けたり、関わったりしながらひとりひとりの物語を紡いでいくものだと思います。



つまり、私が自分の言葉で自由に好き放題書いているブログなので、それを読んでいただいて「ああ、共感できた。救われた」あるいは、「役に立たなかった。返って落ち込んだ。混乱した」と思われるのもそれはまったく自由なのです。

危うく私はその自由を認めないという傲慢さに陥るところでした。

読んでいただいた人の役に立たなければならない、救わなければならないという傲慢さを纏ってしまうところでした。


このブログを読んだことで混乱する人もいるのではないか、助けにならない人もいるのではないか・・・

そんなことまで心配して差し上げるなど、私もずいぶんと偉くなった(と勘違いした?)ものです(笑)

まったくもって大きなお世話でしたね。

書き手には書き手の自由があるように、読む人には読む人の自由があるのです。

取り入れて生かす自由、「役に立たない」と切って捨てる自由、「え?これどーゆーこと?」と混乱する自由、それを私が否定したりコントロールするなど、おこがましいにも程がありましょう^^;






思い上がってしまいすみませんでした<(_ _)>







いろいろ書きましたが、要は「考えすぎて億劫に」なっちゃってたんですね(笑)

私もまだまだです^^;


読んでいただいた内容が生きるか生きないかも人それぞれ、それもあなたの自由です。

私はそれを受け入れて書きたいことを書いていこうと思います。



ふつつかな書き手ですが今後ともよろしくお願いいたします。









寒い日が続きましたが、皆様くれぐれもご自愛くださいませ。



ご縁がありましたら、直接お話しできる機会があれば幸いです。



大丈夫ですよ。
あなたも私も。


いまさらですが、


明けましておめでとうございます!

年末年始はいかがお過ごしでしたか?

今年もよろしくお願いいたします^^






またまた空いてしまいました。

前回、自分を愛することについての記事を書いて、次はその続きを・・・と思っていたのですが、なかなか手をつけられずにいました。

メール等でも、

「早く続きを書いてくださいよ!」と背中をぐいぐい押されていたのですが、



今回は別のお話をします^^;



「ハァ!?3ヵ月も待たせて何言ってんの?」

というツッコミが聞こえてきそうですが、もっと切実な(と感じている人が多い)テーマが浮上してきたもので・・・^^;



この3ヵ月の間も多くの方からご相談を承りましたが、恋愛と同じくらい多いテーマが


「お金」に関することです。


以前、お金に関しては一連のシリーズで書かせていただいたのですが、



やはり



「どうも自分はお金に縁がない」



「周囲もお金のない人ばかり・・・」



「将来結婚して家族も持ちたいけど、生活していけるかどうか不安」



「懐が厳しいのでお金は払えませんが聞いてください」





といったご相談が依然として少なくありません。





マスコミの煽ってる「アベノミクス効果」っていったいなんなんですかね^^;





というわけで、今回は「お金シリーズ最新版」として、





「なぜお金が入ってこないのか?」ファイナルアンサー編をお届けします。




「なぜ私にはお金が入ってこないのでしょう?」


というあなたにズバリお聞きしますね。




あなたは実は・・・




















お金がお嫌いですか?















「ハァ!?それこそなに言ってんだよ!お金が嫌いなわけないでしょ!

 大好きなのに縁がないから困ってるんじゃないか!

 それとも何か?

 また例によって

 『お金は汚い』

 『お金持ちは悪い人』


 というあなたの観念がそうさせているのですとかなんとかふわっとした話で
 
 お茶をにごそうってか!?

 私の聞きたいのはそんなことじゃないんだよ!

 どうやったらお金が入ってくるか、その具体的方法を聞かせてくれよ!

 (ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ)」


 



一気にまくし立てたくなった方も多いでしょうね^^;





確かにふわっとした話に聞こえるかも知れません。

あなたにとってはまったく実感のわかない一般論的な話、具体性のないただのお説教・・・




と感じるのはどうしてでしょうね?

確かにあなたは

「お金は汚い」とか「お金持ちは悪い人だ」とか意識の表層では思っていないかも知れません。

それどころか

「お金大好き!」な人かも知れません。








でもやっぱりあなたはお金を嫌っています



いや、正確にはお金から見て


「あー嫌われてんなー」


「ずいぶん悪く思われてんなー」


と見えるよう振舞ってます。





たとえば、

あなたはお金がないとどうなるんですか?



「そりゃお金がないと生活できないし、支払いとかにも困るし・・・だからお金のために苦労して嫌な仕事でもやらなきゃいけないし・・・」

「とにかくもっと楽にお金がたくさん入ってきたらもっと自由な時間もできるし好きなことだってできるんだよ!」




はいストップ!




「生活できない」「支払いできない」「苦労して」「嫌な仕事でもやらなきゃいけない」


これって


「お金のせいだ!あいつのせいで私はこんなにしんどい思いを・・・」ということですよね?


さらには、


「自由な時間が足りないのもお金のせい」

「好きなことできないのもお金のせい」




あらら、

お金さん悪者ですね・・・かわいそうに・・・^^;








「い・・・いや、そんなつもりは・・・本当は好きだし・・・」




うーん・・・本当に好きですかね?


どうして?



「そりゃーお金がたくさんあれば安心だから・・・」



安心?



どうして?




「いや、だって使い切れないくらいお金があったらなんでも気にせずに買えるでしょ?支払いのことで心配しなくて済むじゃないか」





あーだから好きなんですね。



「とげのある言い方だなあ・・・お金が好きでなにが悪いの?」




悪くなんかないですよ。

私もお金大好きですから。







多くの人がお金に対して持っている信念とはこんな感じでしょう。



・本当はお金が大好き、でも声を大にして言うのはなんか恥ずかしい

・お金が好きだと言うとがめつい人間だと思われる

・使ったら減るのが嫌だから、なるべくなら使わずにすませたい(手放したくない)

・その反面、使いきれないくらいたくさんあるなら湯水のように使ってみたい気もする

・お金のせいで多くの人が苦労する

・お金のせいで人格が変わる人もいる

・お金持ちは汚いことをしているイメージ

・お金持ちはますますお金持ちに、貧乏人はますます貧乏になるように仕組まれている

・お金のせいで人生台無しになった人もたくさんいる




きりがなさそうなのでこのくらいにしておきます^^;




お金と仲良くなるには、これらの信念を云々・・・なんてことはもう耳にタコができるくらい聞かされてうんざりしてるかも知れませんね。




「その信念が変えられるなら苦労しないよ」


「どうしてもこれが現実だという実感が取りきれないよ」




ああそうですか。




じゃあ、逆の立場から見てみましょう。




お金の立場から、お金が受けている数々の仕打ちを見てみたら、あなたならどう感じるでしょうか?


あんまりピンとこないですか?



じゃあこうしましょう。




このブログの読者の方は女性が多いようなので、あなたも女性だと仮定します。

男性の方も、女性になったつもりで読んでみてください。


それも、超絶美女でスタイルもモデル並み、それでいて鼻にかけたりせず、ただ自分らしく自然体でいられたら幸せだなあと思って生きている人です。



当然多くの男性はあなたが気になって仕方がない。

街を歩けば誰もが振り返って二度見、三度見し、一目で恋に落ちる人もいます。

できれば付き合いたいと思っている人もたくさんいます。






・・・が、






正面きってあなたにアプローチしてくれる人は意外と少ない。

いたとしてもあなたの外面的な要素に目を奪われているだけで、あなたの本質を見てくれている人はほとんどいない。


あなたがどんなとき幸せを感じるのか知ろうともせず、どうやったらあなたを手に入れられるか、あなたを好きにできるかばかり考えている。



そのくせ、多くの人はあなたに関心があることすら隠そうとする。

まるでそのことを知られるのが恥だと言わんばかりに・・・


そしてあなたのことを好きだと堂々と意思表示する男性を軽蔑のまなざしで見る。

あなたと親しくしている男性がいたら、



「あいつはなにか汚いことをしてるんじゃないか」


「絶対まともな人間じゃないよ」



と陰口をたたき、



あなたのことも、



「あいつのせいで人生狂わされた人がたくさんいる」


「あいつに関わると人格が変わるらしい」


「あいつを手に入れるためには相当苦労して自由もなくなって好きなこともできなくなるらしい」


「俺はごめんだね。そこまでしてあいつが欲しいなんて思わないよ」



とまるで悪女扱い。




でも本当はあなたを手に入れたくて仕方がない。

そして手に入れたら絶対に手放したくないので、自由なんか与えずに常に自分に縛り付けておきたい。

その反面、もしもっとたくさん数え切れないくらい他の超絶美女が手に入るなら安心して湯水のように切り捨ててみたいと思っている。

それができそうにないと最初から諦めているからアプローチすることさえせずに、しかもいつも同じようなタイプで集まって、あなたやあなたと親しい男性の陰口で盛り上がっている。

内心ではあなたが欲しくて仕方がないのに・・・





さあ、こんな男性どう思います?


そばに近寄りたいですか?


自分を手に入れて好きなように扱ってほしいと思いますか?



「うわー気持ち悪い!無理無理!絶対近寄りたくない!!」



と思いませんでしたか?





ひどい話ですもんねー


絶対大切にしてくれなさそうにしか見えませんしね。




でも、お金の立場から見たらお金が受けている仕打ちってこんなもんじゃないですか?


お金はいったいどんな気持ちでしょうね?


そして、それを実感してみたあなたはどんなお気持ちですか?




「・・・ううう・・・これじゃあお金に嫌われても仕方ないですよね・・・」


「もう手遅れじゃないですか?」


「お金が機嫌直して許してくれるなんてこと今からできますか?」





はい、ここでもうひとつ大きな勘違い。




お金に機嫌直してもらう必要なんかありませんよ



そもそも、


お金があなたのことを嫌ってるなんて私言ってませんよね?



お金はあなたに嫌われてると思っているかも知れませんが、決してあなたのことを嫌ってなんかいませんよ




ここが、超絶美女とお金との違いです。




超絶美女のたとえを出したのは、お金のほうからどう見えるかを少しでも想像していただけるかなと思ったからです。


ね、


お金があなたを嫌ってるんじゃなくて、あなたがお金を嫌ってる(ように振舞っている)ことに気づいてほしかったからです。





お金のほうはあなたを愛しています。


いつでもスタンバイOK!であなたを全力サポートしたがってます。


でも、愛するがゆえにあなたの自由を完全に受け入れてもいます


あなたがお金に対して「嫌い!」「汚い!」という態度を示すなら、お金のほうは


「ずいぶん嫌われてんなあ・・・わかったよ。そのゲームにとことん付き合うよ


とばかりにあなたの期待通りの現れ方をしてくれています。





あなたがお金にどういう態度で接するのか?

お金にどんな性質を付与するのか?



全部あなたが決められることです。





・・・と、ここで終わるとまた、



「なんかまたふわっとした結論でごまかされたなあ・・・」

「結局どうやったらお金と仲直りできるの?」


と思われるかも知れませんね。



でも、今回も例によって長くなってしまったので、続きは次回にさせていただきますね。



「あんたいつもそれじゃん!」と聞こえてきそうですが、大丈夫ですよ^^

ちゃんと書きますから。




ここでひとつヒントを残しておきますね。



上のほうで、超絶美女のあなたに対する世の中の男性について、


>あなたがどんなとき幸せを感じるのか知ろうともせず、どうやったらあなたを手に入れられるか、あなたを好きにできるかばかり考えている。



と書きました。



さあ、お金がどんなとき幸せなのか・・・ここ重要です。




マイペース更新ですが、もちろん背中を押されれば押されるほど早くなりますから^^




次回は



「お金との仲直りのしかた」


についてです。



お楽しみに♪




最後までお読みいただきありがとうございます。


あなたが最高に幸せでありますように。