こんにちは雪だるま




覚醒ブログへ

訪れて下さりありがとうございます🐾✨




今日は

前回記事の続きになります✍️


前回記事はこちら




出来事は全て点であり

いつも瞬間しか存在していない。

という事を



今回の衝撃体験(震災)から学び



ようやく腑に落ちました


(ガイドさんからはずっと言われ続けていた事でした。でもそれを心底解ろうとしない私でした)






ドカーンと大きな

現実投下が起きて💥




ずっと一緒にいた人が亡くなり

住む家が無くなり

仕事を失う 


などなど



一瞬にして色んなものを奪われて



やっと、

ようやく

気がついた。というわけです


宇宙意識での受け容れ方を🤲





人間意識を使っていると、



この先も

ずっとこの日々が続いていくもの。


自分が思い描いている未来がくるもの。


という思考を前提に

日々を生きていて



じゃあ


こんな風に、や

この様に、しておけば…っていう


物語の系列の中に

ずっと生きようとするものですが



だけど、



そうじゃないよ。って事が起きることで



それまでの

日常といった暮らしが失われ



今しかなくなり

自分というものしかなくなる



そういう状況を体験して



やっと


ハッと幻想から

目が醒める👀!






それを



私は


3度目の正直で、

背水の陣並みのギリギリラインで、


やっとやっと解ったひらめき電球


という、現在地にいます🐾




気づくのが


遅すぎる!とは思いますが汗



ずっと抱えていたことであったので


やっと辿り着いた!という

悦びがあります✨





その

抱えていたものとは、




元の暮らしに戻りたいっていう執着や


なんで私が…

みんなはいいなぁー…

仕方ないって諦めるしかないよね…

でも、なんで…っていった


比較や被害者意識です




それらを使って


内面で

色んなことを思いながら



けど

見た目は


何にも抱えていない風に

バランスが取れた人に見える様に


大丈夫なフリをして

乗り越えたかの様に装って


生きてきました🌏



でも


もう 


執着や比較や被害者意識を


使わなくていいんだ目ひらめき電球ビックリマーク

って事に気づき





そういう周波数を、


一気に手離せるような


宇宙意識を使った


新たな概念が

ストンと内に落ちて


パズルのピースがはまりました🧩🙆‍♀️


それが


出来事は全て点であり、

わたしはいつも瞬間しか存在してない。ということです



宇宙は点、という世界🌎




本来は、


点がずっと今までもあっただけなんですね

同じ点がね。

宇宙意識で観ると目




それを

二元で観ると目


その同じ点に対して


これはいい点だとか

それは悪い点だとかって


二元内で好みの自我解釈を並べて

やってるだけで…


ポーン滝汗デレデレムキー

そうすると

一喜一憂が叶うわけです



人間(意識)からすると

 

自分が納得する点だったら

受け容れてきて


そうじゃなかったら

受け容れられないって事になりますが




宇宙(意識)から観たら


また同じ点が出てきた。というだけで


内容が

災害だったり、障害だったり、事故だっただけで


一緒の点という事なんですね。



⬆️設定がここ(宇宙意識)にあれば、


いつもどんな時も来たものを

そのまま受け容れられる。




宇宙は点だからっていう設定に変わると


あっ、次の点に移動したからなんだなって

いう認識になり



新たな点が

今からのわたしのスタンダードになる

という風に


スタンダードの設定を

常に更新していくことになるので



毎瞬、毎瞬、


新たな世界で


はじまりの一歩を踏み出す🐾✨


その繰り返しなんだっていう


シンプルな構造の中で


決定に向かって進んでいることに


気がつきましたウインク





同じような事ばかり

アレコレと長々綴ってきましたが✍️

お付き合いいただきありがとうございます🙇‍♀️



ここから追記部分です👇



神寄木賀集ゆかさんのブログ


昨年末・大晦日のブログ記事なんですが


体験を創造し、

その体験を通して學び、

そして気づきへと昇華し、

循環へと還す


という事を

分かりやすく

書いて下さっているので


一部抜粋で貼り付けさせてもらいますニコニコ

    


全ての体験は「気づき」へ還していくもの。
ところが、二元の御自我様は嫌な事は否定し
ただ「悔しい」「辛い」「あんな想いは
二度ともうしたくなんだ」等々のように、
「その体験を繰り返さないようにするには、
どういう選択をすればいいか」と、
「体験しないようにする方向」へ世界を
展開しようとする為、当然失敗します。

なぜならば、宇宙は「無限」だからです。
「全てが在る」世界での創造において、
「何かを除外しようと試みる」ナンセンスさは
わかるはずです。ある体験をするならば、
その他全ての体験をする覚悟を要するのが、
「無限」なる宇宙の世界観であり摂理です。

自我システムの「主人公わたし物語」は
「わたしの想い描く体験だけ」を具現化して
「その他全ての体験を拒絶」します。
幻想を思い描くことは自由ですが、
それを具現化するとなると、その創造場は、
宇宙摂理の法則が機能する為、当然、
「わたしの想い描いていない体験」も
たくさん到来し、うまくいかないのです。

まずは観点を「物語」「主人公」の遂行から
「プロセスの昇華」へ変更することです。
それがどんな体験であれ、アンバランスを
サインしたならば、バランスへと調えて、
観点を「わたしの得」ではなく、
「循環」を捉えられる位置へセットし直し、
全ての体験から「執着の鎖」を断ち切り
「体験へ流れるわたし」を体現します。

物語の方向性や、体験の種類を固定せず

一人の「体験者」のわたしになるのです。

色々な選択や決定によって、様々な

「体験」を創造し、体験を通して「學び」

そして「気づき」へと昇華しては、全てを

きちんと循環へと手離していきます。

何日も、何時間も、悶々と思考したり、

何年経っても「あれだけは納得がいかない」

「許せない」「忘れられない」等々のように

執着の「岩」を抱え続ける生涯を生きるか、

転生するように「今この瞬間」を終えれば、

その体験で得た「気づき」を糧にして、

新しい「今この瞬間」をゼロから生きるか。

わたし達は常にその選択分岐の上に在る。

これまでの「わたし」を否定するとか、

これまで積み上げてきたものを否定するとか

「わたし」を固定した観点に縛られるのが

「幻想の体験者」。到来する最善最良の

「流れへ乗る体験者」は、輪廻転生の如く

常に体験から得た「気づき」データを、

次回の転生=「今この瞬間」に活かします。

學びきれなかった「過去生・過去」データは

重苦しさをそのまま再現します。ゆえに、

毎瞬、全ての体験を學びきり、気づきへ

昇華することが何よりも重要なのです。

これまで放った分は還ってきますが、

「今この瞬間」から何を放つかを、

ゼロから創造し直すことは可能です。




最後まで

読んでくださり

ありがとうございますキラキラ


一彩

❤️🌏❤️


貼り付き寝中のまーちゃん💤