

緑の旗は現在シリアを
代表している連中の姿。
👇️シリア国暫定政府大統領。

しかし米国では今も
テロリストとして
懸賞金がかけられている。👇️

しかし米国含む西側は
それ”アルカイダ”を
容認し歓迎している。
それにはすべての
メディアが沈黙している。
=アルカイダ 👆️
なんなんですか??
この世界…。

再び「いい人達」になる。
アルカイダの「シリア解放」
「CIAはロシアよりも先に
アフガニスタンに侵攻しました」
ズビニエフ・ブジェジンスキー

ズビニエフ・ブジェジンスキーへの
インタビュー
アルカイダの役割
グローバルリサーチ2025年1月1日
グローバルリサーチ2001年10月15日
ヌーベル・オブザーバトゥール(1998年)による
ズビニエフ・ブジェジンスキーへの
インタビューによれば
C・I・Aの
アフガニスタン介入は
1979年ソ連侵攻に
先立っていた。
これを
ソ連のアフガニスタン戦争と
呼ぶのは誤りである。
ブジェジンスキーが
認めたように、これは
「アフガニスタンに対する
米国とアルカイダの戦争」と
表現するのが
最も適切である。
70年代の西洋化されたアフガニスタンの女性達。
米国は女性の権利と
普遍的公教育を約束する
世俗的国家を
破壊する目的で、
アフガニスタン
民主共和国に対する
この戦争を開始した。
いわゆる「自由の戦士」
(良い者傭兵)の
募集を含む
この戦争の計画は、
アルカイダ (=CIAデータベース)
すなわち
米国の為に
極秘活動する
テロリストの
積極的リクルートに
より特徴づけられた。
これにはCIAによって
募集された
オサマ・ビン・ラディン
も含まれていました。

1979年から
1980年にかけての
第一次戦争は、
アルカイダ「自由の戦士」への
資金提供と募集支援を内容とする
「アフガニスタン抵抗勢力への
秘密作戦支援」と表された。
22年後アメリカと
NATOによるアフガニスタン戦争と
名付けられた
第二次戦争が開始されました。
2001年9月11日
オサマ・ビン・ラディン率いる
アルカイダが
WTCとペンタゴンを
攻撃したとされる。


ミシェル・チョスドフスキー2024年12月31日
アフガニスタンに侵攻した」
ル・ヌーヴェル・オブセルヴァトゥール(LNO):
元CIA長官ロバート・ゲーツは回想録
(『From the Shadows』)の中で
ソ連の介入の6か月前から
アメリカの諜報機関が
アフガニスタンのムジャヒディーンへの
支援を開始したと述べています。
この時期あなたはカーター大統領の
国家安全保障顧問を務めていました。
したがってあなたは
この事件に関与した
ことになります、
これは正しいですか?

ズビニエフ・ブジェジンスキー(ZB):
はい。
公式の歴史によれば
CIAによるムジャヒディーンへの
援助は1980年、
つまりソビエト軍が
アフガニスタン侵攻した
1979年12月24日以降
に始まりました。
しかし今まで秘密裏に
守られてきた真実は
まったく違います。
実際カーター大統領が
カブールの親ソ連政権反対派への
秘密援助に関する最初の指令に
署名したのは1979年7月3日でした。
そしてその日、
私は大統領に
手紙を書き、
この援助は
ソ連の軍事介入を
誘発するだろうと
私が考える事を
説明しました。
LNO : このようなリスクが
あるにもかかわらず、
あなたはこの秘密作戦の
支持者でした。
しかしあなた自身は
ソ連の参戦を望み、
それを誘発しようとしたのでは
ないでしょうか?

ZB : そうではありません。
私たちはロシアに介入を
挑発した訳では
ありませんが、
意図的に介入の
可能性を高めたのです。
LNO : ソ連がアフガニスタンにおける
米国の秘密介入に対抗する意図がある
と主張して介入を正当化したとき、
人々は信じませんでした。
しかしそこには
真相についての
根拠がありました。
あなたは今でも
何も後悔は
していませんか?

ZB :何を後悔するのですか?
あの秘密作戦は
素晴らしい
アイデアでした。
ロシアをアフガニスタンの罠に
引きずり込む効果があったのに、
私にそれを後悔しろと
言っているのですか?
ソ連が正式に
国境を越えた日、
私はカーター大統領へ
手紙を書きました。
「今こそ我々はソ連に
ベトナム戦争の屈辱を
与えてやるいい機会です。」
実際、モスクワは
約10年間、
政府には支えきれない戦争を
続けなければならず、
それは士気低下と
最終的にソビエト崩壊へ
繋がったのです。
LNO : あなたはイスラム原理主義を支持し、
将来のテロリストに武器や助言を
与えた事を後悔してませんか?

ZB : 世界の歴史に
最も重要なことは何か?
タリバンかそれとも
ソビエト帝国の崩壊か?
それとも一部の
イスラム教徒の奮起”ふんき”か、
それとも
中央ヨーロッパの解放と
冷戦終結?
LNO : 奮起したイスラム教徒ですか?
しかしイスラム原理主義は
世界の脅威であると
繰り返し言われてきました。

ZB : ナンセンスです!
西洋はイスラム教に関して
世界的政策をとっていると
言われています。
グローバルな
イスラム教など
ありません。
イスラム教を合理的に、
または扇動や感情なしに
見てください。
イスラム教は15億人の信者を
持った世界有数の宗教です。
しかしサウジアラビアの原理主義、
穏健派モロッコ、パキスタンの軍国主義、
エジプトの親西洋主義、
中央アジアの世俗主義に
共通するは何でしょう?
キリスト教諸国と一つに
まとめるものにすぎないのです。

CIAブレジェンスキーと9.11前のビン・ラディン。
1979年頃の画像。
ブレジェンスキーに

「ここで思い出してください…
今私たちが戦っている
連中に20年前我々は
資金援助していました。
我々がそうしたのは、
ソ連との闘争に
巻き込まれていたからです。
「ソ連がアフガニスタンに侵攻し、
中央アジアを支配するのは
想像したくなかったので米国は行動します。

そしてレーガン大統領が、
これは中々いいアイディアだと
言いました。
「さぁ、ISI(三軍統合情報局)や
パキスタンの軍隊、そしてこれら
ジハード戦闘員を募集しましょう!」

「そしてサウジアラビアや
他、国々からも、
イスラム教ワッハーブ派を
取り入れソビエトを
打ち負かそう!」
「彼ら(ソ連)は撤退し、
ソビエトは何十億ドルをも
失い、それがソ連邦崩壊へ
とつながりました。」
「その事で激しい
論議はありますが...
しかしそれは
悪い投資では
ありませんでした、
…でも創った原因には
注意しましょう、
何故なら報いはあるのです。」

「我々はパキスタンを去った…
我々は、わかったいいだろう、
我々がパキスタン中に
残したスティンガーの対処を
彼らに任せ…
国境沿いの地雷処理も任せる、
兎に角我々は君たちには
何も関わらないといい...
しかし実際我々は 彼らに
制裁しています。」
「私達はパキスタン軍と
ISI(三軍統合情報局)
との取引をやめ、
今失われた多くの時間の
埋め合わせを
我々はしているのです。」

ヒラリー・クリントン
アルカイダ”自由の戦士”が
「善人」なのか「悪人」なのかは
不明のままだ。
「アルカイダ=(アラビア語で
「ベース」の意味。
つまりCIAリクルートの
データベースを意味する)は、
アメリカ合衆国、
サウジアラビア王国、
パキスタン・イスラム共和国によって
リクルートされた
テロリストである。
アラブ・アフガニスタン軍団から
派生し同一視されるようになった。
当初はアフガニスタンに派遣され、
ソ連のアフガニスタン介入後、
ソ連の陸軍および空軍と戦った。
その後、中央情報局(CIA)は彼らに
国境を越えてソ連のイスラム共和国を
不安定化させるよう指示した。
さらにその後、アメリカ政府は
ユーゴスラビアを破壊する為に
彼らをバルカン半島に派遣し、
その後イラク、リビア、シリアへと
派遣した。」
(J.マイケル・スプリングマン、 弁護士、作家、政治評論家、元外交官)
次回
2024年12月アルカイダは再び「いい人達」になった。
アルカイダの「シリア解放」#2

👆️ 米国はこの
血塗られた歴史を
繰り返している。
note:
忘れてはいけない事。





