孔子「学んでも考えなければ審理を見失う、
考えても学ばなければ危うい。」
先生がその弟子たちを教えるのは
才能より品性が大切であり、
理智よりも霊性を正し、
それを正し、
それを発達させる事を
目的としていたもので
ありました。
ために、先生としての任務は、
神聖な性質を帯びているものと
されていました。
「我を生み給"たま"えるは父母、
我を人となし給えるは師なり。」
こうした観念がもたれていた為に
人の師たるもの、受けた尊敬は
非常に深いものがありました。
青年子弟から、こうした信頼と
尊敬とを払われている人は
必ず、卓越した人格者であるとともに、
学識をも兼ね備えていなければならなかった!
p151
新渡戸稲造「武士道」”GHQ禁書”より
現代↓
君が代を歌わないような人間を、
— ぴろん (@pirooooon3) June 28, 2024
教員として採用してよいのですか?
教員には『愛国心』が必要だと思います。
君が代が歌えない人に、愛国心があるとは思えません。
皆さんのご意見はいかがでしょうか? pic.twitter.com/LdDWlKBbxy
久しぶりです。難しい記事ばかり
完璧にこなそうとするから
段々億劫になって書けなく
なってしまって放置してました。
新渡戸稲造「武士道」から
切り抜きですが、
教師のひどい不祥事なんて
昨今本当に多いですが、
戦前頃の先生は
立派だったんですね。
これを壊したのは
GHQとされています。
見下していたアジアの
小さな島国、日本の
強大な強さを知って、
その精神力に恐怖し、
2度と立ち上がれないよう
精神性を徹底的に
破壊したのです。
私がこの本ではっとしたのは、
>理智よりも霊性を正し、
>それを正し、
それを発達させる事を
目的としていた
ここです。神道、仏教、
現代人のいけない所は
ここを切り離されてしまって
物質的な事、頭でっかちな
単なる道理理屈ばかりに
なってしまい、
神聖な部分が
欠落してしまっている。
=心が抜けている。
=アイデンティティーの喪失。
それでは人は
従わなくなるのではないか?
ましてや子供は
感覚的に人を
かぎ分けるから
最悪学級崩壊とか
起こるのです。
力で抑え込むと、
制圧する事で人の
理解は
得られませんから
子供の制御が
利かなくなるのです。
昔の教師がすべてが
そうではないかもしれませんが、
しかし
少なくとも神聖な空気を
まとった本当の威厳がある、
現代よりも立派な高い志の
先生が昔は沢山いて、
ただ教育熱心ではない
神聖な役割の先生が
子供たちの心を育てていた、
というのが
事実だと私、思います。
