~方丈記~ 安元の大火”あんげんのたいか”




去る、安元三年四月二十八日のことであっただろうか・・・。

風激しく、騒がしいくらい吹き荒んだ夜の
・・・戌”いぬ”の時頃(20時~)、都の東南から 
火事が起こり西北に広がっていった。


仕舞いに 朱雀門"しゅしゃくもん"、大極殿"だいこくでん"、
大学寮、民部省などにまで火が移り、一夜のうちに 灰に
なってしまった。


火元は 樋口富小路とかいうことだ。
舞人を 宿泊させていた仮小屋から出火したという。


吹き荒ぶ風に煽られた火は燃え移っていく内に、
扇を広げたような末広がりになっていった・・・。

遠くの家は煙に包まれ、むせぶかのようであり
近い所では 火炎が 盛んに地面を吹きつけていた・・・。

風で 空高く巻き上げた灰が 炎に照らされて
空一面、赤くなっている中、
風の勢いに 堪えきれず吹きちぎれられた炎が 飛ぶように

・・・一町も・・・二町も飛び越えては 次々に飛び火していく。


その中で 生き永らえてる人々は、
・・・どうして、生きた心地がしようか。


ある者は 煙にむせ、地に倒れ伏す、

ある者は 炎に目がくらみ、 
瞬時に、 ・・・死んでいく。

また、ある者は 体一つ、やっと逃げ出しても
家財を取り出す暇もない・・・。

ありと、あらゆる財宝は 
そのまま灰と、燃えカスになってしまった・・・。

その損害は、どれほどだったのだろうか。
その時の火事で、公卿の家が 十六戸も焼けた。

数えることも出来ず、
知ることもできない。

全体では、都の三分の一に達した、 ということである。

男女の死者の数は数十人、馬や牛などはどのくらい死んだか 
・・・際限も分からない。

人間のやる事というのは 馬鹿げたものが多いが
その中でも こんなに危険な都の中に家を作ろうとし、 

金を使い、気苦労するのは

・・・実に くだらないことである。






※原文は 著作権切れ


■方丈記 ■ ゆく川の流れ 現代語訳


にほんブログ村 ゲームブログへ
にほんブログ村


にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村