それもいちりある

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一梨ブログ「それもいちりある」

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こんにちは、私です。

 

最近、よく泣きます。

 

昔っから涙腺は強くないので、甲子園なんてプレイボール前から涙ぐむことも多々。

 

お涙ちょうだいには、特盛でお応えしがちな私でしたが、日常生活上ではむしろ泣くことが苦手でした。

 

泣いてる人に鞭打つのなんて出来ない人が多いだろうし、傍から見ればどうしたって泣かした人の方が悪者に見えてしまうだろうし、どうしても「泣くのは卑怯だ」と思っていました。

 

にも関わらず、最近よく人前で泣いてしまうのです。

 

理由を探ろうと、ここ最近の泣いた時の状況を思い起こしてみると、ある共通項が出てきました。

 

それは、「本音を語らなければいけない場面」。

 

自分でも不思議なほど、本音を言うのは怖くて辛くて仕方がないようです。

 

真ん中っ子の特性なのか、「望まれている(と思える)言葉」じゃない言葉を言うのはとても勇気がいるみたいです。

 

そしてもう一つ気づいたのは、「アウトプットってこのことか…!」ということ。

 

以前より色んな方から「あなたはもっとアウトプットしていきなさい」といったことを言われてきました。

 

ので、ブログ書いたりライター業やってみたりしてたんですが、どうにも「これなのかなぁ…?」感は拭えず。

 

頭の中にあることのアウトプットばかりしていて、心の中にあることはアウトプット全然出来てなかったことに気づきました。

 

口頭で伝えることが苦手であり、それに対してものすごくコンプレックスを抱いていることも。

 

そこで、一番言いたい本音だった、お母さんにお父さんのこと悪く言うのやめてほしいってことを、お酒の力を借りてですが言ってみました。

 

軽いジャブな感じで言ったし、お母さんも酔っ払ってたので、多分覚えてないんですが、最初はそれぐらいで良いかなと。

 

単純に両親の不仲は見聞きしてて気持ちのいいものでもないし、何より私は中身がお父さん似なので、お父さんのこと悪く言われると自分まで否定されたような気分になってしまう…というところまでは言えなかったけど、ちょっとスッキリしました。

 

一応それ言った後は、お父さんのではなくABE総理の悪口ばかりになったし……。

 

アウトプットレベルはまだまだ1なので、感情的にならず、相手を傷つけず、でもしっかり自分の言いたいことをスラスラ言えるなんて世界は程遠いですが、「1」になれただけ良いとします!

 

シラフで、泣かずに言えるようになったら「2」になれるかな。

 

がんばります。

最近読んだ漫画で、「困っていたら発達障害、困っていなければ個性」って言葉が出てきて、ちょっとジーンとしまして。

 

それがコチラ↓

 

私自身ADHDと診断されています。

 

よく、発達障害があると言うと「皆それっぽい所あるよ」「そんなに深刻にならなくても」みたいなこと言われて、困惑しつつ「お気遣いありがとうございます」的な笑みを浮かべて流してきました。

 

でもウルトラネガティブ野郎なので、「つまりこの人は、『それぐらいのことでガタガタ言ってんじゃねぇ』って思ってるんだろうな」と感じてしまい、「これぐらいのことで困ったと感じたり、辛いと感じたりするのはダメなんだ。甘えだと思われてしまうんだ」とまで思ってしまっていました。

 

でもこの漫画を読んで、「困っているなら、困らなくなるようにすればいいし、していいんだ」と思えたんです。

 

風邪とかとは違い、ADHDには「完治」というものがなく、一生付き合っていかなきゃいけないのかと軽く絶望さえしていました。

 

そんな時にヨワイ先生(漫画の主人公)の言葉が沁みたのです。

 

「困っていなければ個性ですから」

 

困らないようにすれば、障害としてではなく、個性として付き合っていける。

 

ADHD関連のことを調べていて、似たような言葉を見聞きしているかもしれませんが、

 

まるでお日様のようにほんわかした優しいヨワイ先生の言葉として書かれていたから沁みたのでしょう。

 

****

 

漫画の中に出てくる女性はADHDではなく、ASDの診断が出ていますが、自分ではごく普通のこととして振る舞っているのに、周りを怒らせてしまったり、呆れられたり、「あー…もういいよ」って諦められたりする様に傷ついていくのは同じで、「仕事してたらそういう苦労あるよね」で片付けられてしまいそうなところも本当に辛いほど共感します。

 

このブログを読んでくださった方が、ご自身のことでも、身近にいる誰かのことでも、どうか思い込みに縛られず、「何に、どう困っているのか」を見誤らず、「困っているのだから対処していいんだ、普通なんだ」と思ってくれたら幸いです。

 

最後に、この漫画を作ってくださっている七海仁先生, 月子先生に心より感謝申し上げます。

漫画って凄いよね!

 

先日、人の相談に乗っていたら、ふと気づいたことがありまして。

 

ずっとピンと来ていなかった、私が「我が強い」と言われることに対して、ちょっと理解出来たと申しますか。

 

相談相手の彼女はコアナンバーに3つも「2」がある、超「受容」の人。

職場や相手によって自分を変えようとして、でも変えられない・変えたくない部分が反発を起こして、度々体調不良になっていたのです。

 

その様を見ていて、私は自分を変えようとはあまりして来なかったなと思いました。

 

自分が変わるぐらいなら職場を変えて来たし、やり方を勝手に変えてしまっていました。

 

「不都合があるなら、そっちが変われよ」って姿勢なのが私。

 

「不都合があるなら、まず私が受け入れないと」って姿勢なのが彼女。

 

「受容」と「変容」をごちゃまぜにしていて、受け入れると変わらなきゃいけないと思いこんでいたのでしょう、私は。

 

こちらが変わらなくても、でも受け入れることは出来る。

 

受容32年生の彼女を見ていると、そう思います。

 

我が強い、略して我強35年生の私は、変わる変わらないはさておき受け入れてみることから始めないと。

 

受容1年生。

 

まだまだ、今まず何を受け入れなきゃいけないのかさえ見えていませんが、とりあえず黄色い帽子と、黄色いカバーかけたランドセルを心に装備します。

どうも、私です。 

 

姉が「インディアンフルートの発表会に出るから観にこないか」と誘ってくれたので、何にも知らないけどとりあえず行ってみました。 

インディアンフルート発表会のチラシ

 

ちなみに、発表会の間中ずっと「誰もコンドル飛んで行かさないなぁ…」と思ってたくらい何も知りませんでした。 

 

(『コンドルは飛んで行く』は、インディアンフルートではなく、ケーナというまた別の笛で吹かれてるそうです)(今知った)。 

ケーナ

↑こっちがケーナ。口元の切れ込みが特徴的。

 

インディアンフルート

↑こっちがインディアンフルート。こっちのが装飾とか多くて見た目はカッコよい。

 

●発表会ってレベルではなかった 

 

何も知らないけど、昔からバンドや劇団やってる友達のステージを見に行ってたので、どんな学芸会でもお遊戯会でも暖かく見守るのは得意! 

 

と思って観に行ってみたら、全体的にレベル高くて

 

「発表会???コンサートの間違いでは??」と困惑。

 

 ひとりひとりの上手い下手に関しては、正直なところ大味な耳してるのであまり差が分からないのですが…

 

 「美味しい^ ^」と「嫌い-_-」しかない舌と同じで、「すごい^ ^」と「嫌い」しかない耳でして…。

 

 それでも、演奏者の個性がモロに出るなぁって伝わって来ました。 

 

インディアンフルート、シンプルな構造してる分、伝わって来るのもシンプルなのでしょうか。 

 

●基本、アゴが上がる音色 

 

耳での聞き分けは出来ないわたくしですが、音楽聴いてると、地味〜に身体が動くんですね。 

 

インディアンフルートの音色は、基本的にアゴが上がる音色でした(個人の感想です)。 

 

まだケーナと勘違いしてたので

「さすがコンドル飛ばすだけのことはある。うむうむ」と謎の納得をしてました。 

 

風が自分にぶつかって、上に吹き抜けていくような。 

思わずどこか遠い空を仰いでしまうような。 

しつこいようですが、コンドルを飛ばすのはケーナの方です

 

そんな音色のことを、アゴが上がる音色と感じる私。 

 

演奏者によっては、ふくらはぎに力が入る音色だったり、口角が上がる音色だったり、頭が揺れる音色だったり、色々ありました。 

 

エレキギターみたいにエフェクターがある訳でもなく、純粋な「音」としては誰が吹いても同じ音がします。 

 

音は同じでも、音色は人それぞれ。 

 

面白い楽器だなぁと感じました。 

 

色と言えば、思い込みかもしれないですが、赤を着ている人の音は力強い気がしました。 

 

後でブログ書こうと思って取っといたメモには 「赤を着た女は強い」って書いてあったので、よほど強く聴こえたのでしょうね。 

 

●曲、メンバーによっても印象が大きく変わる 

 

コンサートみたいだとはいえ、発表会なので、前の演奏者と曲がカブってるとかは全く無問題。 

 

むしろ同じ曲でもこんなに印象変わるのかーと楽しめる。

 

 「シンプル」って怖いですね。 

民族音楽っぽい雰囲気の曲ばかりかと思いきや、 ジャズっぽい曲とかでも合っちゃうんです。 

 

やりようによっては、どんな曲でも出来ちゃいそう。 

 

楽器は、どれに手を出しても底なし沼ですが、インディアンフルートもかなりの底なし沼な予感がしました。 

 

●肝心の 

 

すっかり書き忘れてましたが、私は姉を見に行ったんでした。 

 

あまり身内の舞台とか見た記憶無いので、何故か舞台上の姉に負けないほど緊張するわたくし。 

 

何せ、会場がめちゃんこオシャレ。 

スタンバイ中のAURAの皆さん。プロっぽい雰囲気出てますが、鼻水垂れそうで焦っていたそうです。

 

 

公民館みたいなとこをイメージしてたのに、プロ御用達!

 

みたいな雰囲気で、そこに立って、4曲もの長丁場をやり切っただけでめちゃんこカッコいい。 

 

どんな音色だったかと聞かれても、身内モードで聞いていたので、固唾を呑む音色としか言えないんだけども…。 

 

何かよく分からないけど、演奏聞いてる間、私の中の5歳児が「お姉ちゃんカッコいい!」とキラキラした目をしてました。 

 

インディアンフルートにはそう思わせる力があるんでしょうか。 

 

他の皆さんも、ステージにいない間は、「奥さん!今日はサンマが安いよ!」って声かけたくなる感じなのに、演奏中は凄くカッコいい。 

衣装もバッチバチにキマってました

 

一曲一曲に今を注いでる感。 

 

お姉ちゃんをはじめ、皆さん本当に素敵でした。 

 

ちなみに THE BOOMの「風になりたい」が聞いてみたいです(突然のリクエスト) 

 

●その他雑多感想 

 

今回の会場もとてもオシャンだったのですが、屋外で演奏した方が映えそうだなとも思いました。 

 

小学生の遠足とかに便乗して、大きな公園や山の中で演奏聴いてもらったら、子供の感受性ビンビン育ちそうじゃないです?? 

 

特に都心の子らは、楽器は室内で、周りにうるさくないように弾くものと無意識に思い込んでそう。 

 

子供に限らずそう思い込んでる人を対象に、 自然の中で、音楽をしようって会やったらインディアンフルートめちゃくちゃ似合いそう(*'▽'*) 

 

栃木県にある森の中のステージ。調べてみると、やっぱケーナとかは屋外音楽祭で演奏する人多いみたいですね。納得。

 

そんな感じで、もし自分がこの楽器と関わるなら何をするかって考えるのも楽しい楽器だなと思いました。

 

 ピャーーーー↑↑↑と上に向かってく音だから、

和太鼓みたいなドンッ↓↓と下に向かう音の楽器と組み合わせたらどうなるのかなーとか。 

 

遊び心盛り込みたい放題な感じ。 

 

今回の演奏者さん達も、太鼓あり踊りあり色々でしたもんね。 

 

発表会は、毎年恒例のようなのでまた聞きに行きたいです。

 

 

発表会主催の「ココペリ倶楽部」さんでは、インディアンフルートのレッスンが受けられるそう。

https://www.markakixa.com/flute-lesson/

楽器のレンタルもあるから、今すぐ楽器買わなくても始められる模様。

どうも、私です。

 

前回、「全財産が3,000円とかいう地獄に来ちゃったから、自分の貧乏体質と本気出して向き合ってみることにしたよ」というお話をしました。

 

あれからも暇さえあれば自分とお金について考えてきた結果、またもやとんでもないことに気づいたので書き残しておきます。

 

●好きな金持ちがいない説

 

「憧れ」や「好き」って物凄く強い原動力だと思うんです。

 

学生時代、好きなアイドルやアーティストの真似をして、髪型や服を変えたりしませんでしたか。

 

「あんな風になりたい!」って思う相手が金持ちなら、自然と私も貧乏体質から抜け出るのでは…。

 

そう思ったんです。

 

ですよ。

 

ですがね?

 

金持ち、好きじゃ無えええええええええええええええ

 

驚愕の事実。

 

松下幸之助ってどこの歌舞伎役者だっけってなるぐらい、金持ち界隈の人たちに興味がない。

Yahooニュースで「三代目松下幸之助が主演のドラマ」って書いてあっても気づかない自信がある。

 

 

あと他に金持ちって誰がいるんだろうって考えたら

 

天皇?

 

ってなったぐらい完全にダメです。

街頭インタビューで珍回答するギャルと同レベル。

 

●何故金持ちが好きじゃないのか考えてみた

では、私が好きなアーティスト等は金持ちではないのかと言ったら、大半が金持ちだと思われます。

 

ほとんどテレビを見ない私でも名前を知っているぐらいの人なら、まず間違いなく金持ちでしょうよ。

 

そう考えると、金持ちだから嫌いになるわけではなく、「金を持っているという理由だけでは好きにならない」というのが正確なのかもしれない。

 

つまり…

 

お前どんだけ舐め腐っとるんじゃと自分でも思うんですが…

 

勇気を出して言います…

 

「お金を稼ぐなんて誰にでも出来ることだから凄くない」と思ってるようです、私。

 

いや!違う!「財を成す」レベルで稼ぐなんてすっごい才能が必要なことです。ええ。分かってる。分かってるんだけど…

 

多分私の中では「普通」のカテゴリに入ってしまってるんではないかと思うのです。

 

「そのレベルまで行くと凄いけど、やってること自体は普通だよなぁ」と思ってるんじゃないかなと。

 

あの「カイジ」でさえ出来ることなんだもん…

●「唯一無二」が好きだから、独創性に惚れたい

 

お金を稼ぐこと自体は、ぶっちゃけ何歳からでも可能です。

 

幼稚園ぐらいの子が、お手伝いしたから1円玉ちょうだいって言って貰えば、それだって立派な「稼ぎ」です。

 

誰だって、何歳だって、特別な才能なんかなくたって出来る。

 

でも、絵を描くこと、曲を作ること、物語を書くこと、何か物を作ることはそうではない。

 

……と思ってるのではないかなって、自分で自分のことを推測してみています。

 

特別であること、誰にでも出来るわけではないものが好きで、自分もそうなりたいのに、

 

「特別になりたい。私の中の、誰にも真似出来ない才能を輝かせたいの!」なんて中学生みたいなこと言うの恥ずかしい…

 

と抑え込んでいるから、「誰にでも出来ること」の代名詞的存在の「お金を稼ぐ」を拒絶するのでしょうか?

 

●「普通にしなさい」が思い込みのタネ?

 

そんな捻りまくって腸捻転起こしてそうな「思い込み」なんてあるのでしょうか。

 

確かにウチの母は「普通は~」ってフレーズをよく使います。

 

そしてその「普通」の概念がガバガバのブレッブレというたちの悪さ。

 

私が小学校低学年の頃、YAIBA!という少年剣士が主人公のアニメは「剣とか銃とか、人を傷つけるようなものが出てくるアニメなんて見るんじゃない」って言って見せてもらえなかったんです。

「普通、こんな子供向けアニメで、剣とか武器とか出すかねぇ?」とかブツブツ言ってまして。

 

でもその数年後、銃どころか、ありとあらゆる道具でバンバン人が殺される名探偵コナンは、一緒になって見てました。なんなら漫画の方も読んでた。

YAIBA!の方が子供向けのギャグ要素強い作品なのに…。

 

他にも、「普通、女子高生ならもっとおしゃれとか気にするんじゃないの?」と言ってたのに、数日後「あら?!あんた、ちょっと!口紅塗ってない?!」って怒られたり、まあ枚挙に暇がないのですが…。

 

そんな母のブレッブレの「普通」に振り回されてきた結果、

 

「普通」は嫌いだけど、「普通」に縛られている上に、その「普通」が他人にはよく分からない基準

 

という、「うわぁ!生きにくそう!」って感想しか出てこない土台が出来上がってしまったのでしょうか。

 

とりあえず、「自分は普通だ」って取り繕うのをやめるべきかな。

 

私ごときがそんな…おこがましい…って思っちゃうけど「私は普通じゃない!」って言い聞かせてみようかな。

 

そういえば以前、かのこさんに「朝起きたら鏡の自分に向かって、『私は王だ!』って言い聞かせてみて』って言われたんだけど、まさかそういうことなのでしょうか。