鬱が好き。

脳の機能を低下させる鬱、そんな鬱を好きとか思っちゃった。

わからないけど、
これなしで今更私に何が残るんだろう?って感情になった。

鬱じゃない自分が想像できない

普通の人に傷つけられてきたから
鬱が普通でないなら鬱でいた方がいいまだいい。

こんな気持ち。

別に鬱でいいじゃん
もう頑張らなくていいじゃん。

普通って自分で言ってる人達は普通に人を生き物を傷つけてた
普通って何よ。

そんなもの存在しない。


鬱が好き
鬱だから浮かんでる言葉がある

鬱だから気づけることがある

そう思ったのは、ちょうどさっき
Instagramしてたとき、
自分が付けたコメントに噛みついてきた人がいて
それに必死になってる自分を見つめた時だった

ああ、これが鬱の人の言動なのかもって
こんな自分に人生に関係ない奴に必死になって何かを教えようとするなんて
頭おかしい
脳の機能が低下するってこういうことかって
意思の弱さが恥じるべき域に達してる

でもそれでも鬱を好きって思ったのはなんでだったっけ

直感的に思った

鬱じゃなかったら、この未熟さを体で感じて健康と鬱の違いを区別できなかったと思うから

皮肉なことに、グレーゾーン障害であったおかげで区別できた
ずっと不健康で無自覚だった訳じゃないからこそ気づけた
敏感で神経質だけど私はずっと自分の障害を知ったときから
分析してきた、どういうときに大変だったかどういうときに無力なのか
無力さを感じるともうそれ以上弱い頭で考えたら自律神経に響いて体を壊す
その度に体の気遣い方も学んだ。

人間って強いようで弱い
扱い方を間違えるとすぐ壊れる

そう気づいてから
こだわるのが少しバカバカしく思えた

何か嫌なこと言われて傷ついて怒って相手を必死に変えようとする
でも変えようとしてその思いが叶ったことは一度もない

人生とか経験論とかそういうのはもういい

ただただ、人間って
動物とか他の生物に比べて、必死すぎてキモいって思っちゃう

そんなに互いをコントロールしようとして
いつの間にか病気になったりして
それでも高見に執着して、優位に立とうとして
何がしたいんだろう。

もうやってられない
って。

だから、そういう意味で
鬱の時の私って、人間臭いけど、同時に人間から離れることもできる
もっともっと大きく客観視できる
離れてまた人間に戻って
そうやって精神の安定を保つことしかできないけど

これが私の今の精一杯
これが今日の私

今日は鬱が少し私の味方になってくれた。