三月までの冬の間、「毛がに」を味わえる本場といえば、どこかご存知だろうか。


 実は、三陸の宮古。親潮と黒潮が出合う日本有数の漁場から、ひっきりなしに漁船が帰ってくる。この時期、市内の魚菜市場では、新鮮な毛がに目当ての客足が絶えない。


 リアス式海岸の岬に立つ「浄土ヶ浜パークホテル」は、三陸観光の基地として好適だ。日の出が拝める海側と静かな松林側の二種類のお部屋と、三種類の料理から選ぶ方式。一泊は海側のお部屋で豪華な食事。もう一泊は質素にと、連泊しても面白い。お茶請けのお菓子は、三陸銘菓の「かもめの玉子」だ。三月いっぱい、一泊一万円の毛がにまつりを実施中。桜咲く頃に地元だけで食べられる「花見かき」のプランなら四月中旬まで楽しめる。 三陸は、温泉がないせいもあるが、お得な宿が多い。


春暖かくなれば、浄土ヶ浜観光船も楽しい。頭上舞うウミネコにパンを差し出せば、うまい具合にくわえて飛んでゆく。

 

 宮古までは、盛岡から特急バスが走っているが、時間があえば、一日数本しか走らないローカル線、JR山田線に乗ってみるのも一興だ。むかし懐かしい、のんびりした旅ができるだろう。

 

 宮古からの帰りがけ、盛岡名物の三大麺(冷麺、じゃじゃ麺、わんこそば)を食べることも忘れまい。


(2007年3月)


▼浄土ヶ浜パークホテル


岩手県宮古市日立浜町32-4

JR盛岡駅から特急バスで2時間15分。JR宮古駅から車で10分。

0193(62)2321

http://www.jodo-ph.jp/



 江戸時代、宿場の旅籠は一泊のみ、温泉場の湯治宿は七日単位の滞在が原則だった。ところが、一八〇五年、旅人で栄える旅籠を羨んだ湯治宿が「一夜湯治」の請願を起こし、幕府は「湯治宿でも一泊宿泊を認める」御触れを出した。それ以後、現在にいたる二百年間、温泉地でも一泊宿泊が事実上の標準となった。


 時代は変わり、ストレス社会の現代。温泉に滞在して「こころの湯治」をしたい。そんな生活者が増えている。にもかかわらず、温泉旅館では、いまだ一泊客が主流で料理の量も多く、連泊しにくい。そう考えた加賀温泉郷のひとつ「山代温泉」では、「連泊宣言」と銘うち、この春から各旅館で実験的に二泊三食料金の設定を始める。二泊のうち一日は、町なかで夕食を楽しむ。違う旅館の連泊も可能だ。


滞在中は、湯めぐりもよし。周遊バスに乗り、加賀の景勝地や九谷焼の窯元をめぐるのもよい。金沢までも一足である。

 温泉街を一望する高台に立つ「吉田屋山王閣」は、豊富な源泉が自慢の宿。シャワーから出てくる湯も温泉だ。喫茶での源泉コーヒーもめずらしい。この宿では、通年「夕食なし」の宿泊も受け付けている。

一泊は温泉宿で加賀会席。もう一泊は好みの店に食べに行く。温泉街の案内マップをもらい、連泊して、プチ湯治を楽しむのはいかがだろう。


(2006年2月)


吉田屋山王閣


石川県加賀市山代温泉5区13-1

JR加賀温泉駅から車で15分。小松空港から車で30分。

0761・77・1001

http://www.sannoukaku.com/





 昨年、人気のあった観光地のひとつが、北海道の知床・オホーツクエリアだ。北海道へは、夏に訪れる方が多いのだが、実はもっとも美しいのは、冬。


 冷たい海からアザラシが顔を出し、天にはオオワシが舞う。氷結した湖では、わかさぎの穴釣りも楽しめる。周遊するならツアーもよいが、腰をすえて真っ白な世界を楽しむのも悪くない。宿を抜け出し、網走の炉端の店で焼いてもらう魚介もうまい。


 網走湖をのぞむ丘の上に立つ「網走グランドホテル」では、冬の間、「あざらしウォッチング」や、気軽に「わかさぎフィッシング」を楽しめる日帰りツアーを用意している。流氷を見ながらスノーシューで海岸線を歩くツアーも好評だ。


 宿に戻れば、温泉と、広々とした吹き抜けのレストランでいただく北海道の海の幸が待っている。


 実は、この宿は、三月から休館し、四月下旬に装いも新たに北天の丘・あばしり湖鶴雅リゾート」として生まれ変わる。そのため、二月までの間、一万円以下で泊まれるプランも用意し、感謝セールを実施中なのだ。この機会に冬の北海道体験はいかがだろう


 人気の「網走流氷砕氷船」は一月二十日から、雪原をのんびり走るだるまストーブ列車「流氷ノロッコ号」は一月二十八日から運行される。


(2007年1月)


網走グランドホテル(現・北天の丘・あばしり湖鶴雅リゾート)


北海道網走市呼人159

東京や大阪から女満別空港まで直行便あり。女満別空港や網走駅から車で15分。

0152(48)3211

http://www.hokutennooka.com/





灯台もと暗し、とはよく言うもので、意外にも都会のそばに静かな温泉があったりする。養老温泉もそのひとつ。


東京駅から内房線快速電車で五井駅へ。小湊鉄道の懐かしいツートンカラーのディーゼルカーに乗り換え、約一時間。房総半島にして深山幽谷のごとき「養老渓谷」に着く。ここには「黒湯」と呼ばれる冷泉が湧く。天然ガスと一緒に湧き出し、空気に触れると黒く濁り、慢性の病に効くという。

養老川の川べりに一軒ぽつんと立つのが「川の家(かわのや)」。小さな洞窟風呂と「うなぎ」が自慢の宿だ。うなぎは、蒸して焼く関東流ではなく、生を焼く関西流の地焼き。自館でさばいたうなぎを、「返し千回」と言われるほど何度も返して焼くので、中はやわらかく、外はぱりっと香ばしい蒲焼きができあがる。冬の時期なら、すき焼き風の「いのぶた鍋」も美味しい。八丁味噌を調合したミソだれでいただく。

「家族経営なので大旅館のような設備やサービスはないが、気軽に料理を食べに来てもらえる宿を目指したい」と、若主人の鈴木さん。


 近くには、渓谷をめぐる遊歩道が整備されており、日常の気分転換にも良い。源頼朝が天下を平定した際に戦勝を祈願した「出世観音」もあり、試験前の必勝祈願を兼ね、うなぎで精力をつけに訪ねるのもよいかもしれない。


(2006年12月)


川の家

千葉県夷隅郡大多喜町葛藤932

JR内房線五井駅から小湊鉄道で60分、養老渓谷下車バス7分。

0470(85)0021

http://www.kawanoya.net/





 日本有数の紅葉の名所「香嵐渓」(こうらんけい)のある豊田市足助(あすけ)町に、「百年草」という名の小さなホテルがある。全十室。洋室や和室など、全てタイプの違う客室にはテラスが付き、清流足助川が目の前を流れる。


 足助町には、各地にファンの多い本格手づくりハム・ウインナーと焼きたてパンがある。作っているのは、ホテル一階にある「ZiZi工房」とベーカリー「バーバラはうす」。

 この工房やベーカリーで働くのは、地元の高齢者の皆さんだ。「生涯現役」をモットーにする百年草は、実はもともと地域の福祉サービスの拠点として建てられ、ホテルやベーカリーのほかに、社会福祉協議会なども同居する。福祉センターの運営費を自分たちで稼ぎ出そうと考えた町と、いつまでも現役で働きたいというお年寄りの思いが、小さくとも洗練された公共の宿を生み出した。


 洋食を提供するレストラン「楓」では、熟練職人たちのハムやパンを使ったコース料理が食べられる。おなかにやさしいメニューなので、連泊客も多い。


 香嵐渓や宿場町の面影を色濃く残す古い町並みまで徒歩十五分。田舎の手仕事を体験できる三州足助屋敷で、日がな一日のんびりするのもよい。紅葉時期はとても混雑する香嵐渓だが、静かなクリスマスのライトアップの美しさを知る人は少ない。


(2006年11月)


ホテル百年草


愛知県豊田市足助町東貝戸10

名鉄三河線猿投駅からバス40分、百年草下車。

0565(62)0100

http://www.hyakunensou.co.jp/




 「海にいます。」


 そんな出だしで筆をとりたくなる宿がある。一度来た方が、「巣」に戻ってくるように、また還ってきて欲しいという願いを込め、地元の有志で九七年に造った小さなホテル「ネスト・ウエストガーデン土佐」。


 目の前は、ウミガメが産卵に戻ってくる入野松原海岸。五月には、全国から送られたTシャツが砂浜一面を彩る「Tシャツアート展」が。十一月には松林いっぱいにキルトが飾られる「キルト展」が催される。砂浜が美術館になる日本で唯一の海岸だ。


 十八角形のバームクーヘン形のホテルの中庭ではハーブを育てている。生地から練り、地元産の魚菜やハーブをトッピングしたピッツァがおいしいイタリアンレストランが自慢。和食も食べられるとあって、地元の方や、四国八十八箇所をめぐる「お遍路さん」にも喜ばれている。最近では、海をバックにしたウエディングが隠れた人気だという。


 客層は、合宿の学生たち、夫婦連れ、サーファー、ひとり旅と様々。笑顔がまぶしいスタッフの笑顔につられて、何度も来てしまうという方も多い。ゆっくり滞在して、海岸の散歩、ガラス工芸、ゴルフと楽しむことができる。四万十川の沈下橋までも、車で三十分の距離だ。


 秋が深まると、かつお一本釣り日本一の町に、「戻りがつお」の美味しい季節がやってくる。


(2006年10月)


ネスト・ウエストガーデン土佐


高知県幡多郡黒潮町入野184

土佐くろしお鉄道土佐入野駅から徒歩10分。

0880(43)0101

http://www.nest-wgt.com/




近年、めっきりと減った木造旅館。温泉街や鉄道の駅前には必ずあったものだ。ただ、たまに温泉の風情を愉しみたいなら、やはり木造が一番である。


有馬・草津と並び「日本三大薬湯」と称される越後の松之山温泉。小さな温泉街で鉄筋旅館にはさまれて建つ「和泉屋」もそんな木造宿の一軒だ。ロビーの片隅にある、手回し式のマッサージ椅子や一曲三十円のジュークボックスが懐かしい。

「木造が数少なくなったので、あえて守ろうと思った」と若主人の小野塚さん。複雑な旅館料金を廃し、原則一万円を貫く。

木造とはいえ、温泉浴場やトイレなどは改装を施し、館内は清潔感があふれる。家族経営ならではの、板前を使わない素朴な手料理も好評だ。代々伝わる「鯉こく」は、鯉が苦手な人でも食べられる一品。食後や湯上りには、ジャズが流れる名物そば屋をのぞいたり、土産物を探したり、浴衣姿で温泉街をぶらつくのも楽しい。

松之山温泉は、かすかな油臭のする独特の温泉で、体がよく温まる。松之山の湯は、地底深く一千万年以上前の海水がガス・石油・湯に分離したのち、湯(化石海水)が噴出したもの。その湯はクセになるほど個性があり、足しげく通うファンも多い。

 まもなく、周辺の棚田の緑は黄金色に変わり、ブナの「美人林」が色づく。温泉がもっとも温泉らしい季節がやってくる。

(2006年9月)


和泉屋


新潟県十日町市松之山湯本7-1

北越急行線まつだい駅からバスで約25分。

025(596)2001

http://www.izumiya-inn.com/



「数日間、温泉に住んでみたい」。そう思ったことはないだろうか。


何もしない「心の湯治」をしてみる。あるいは、書きかけの原稿や読みたい本を抱えて、温泉に篭ってみる。そんな日が、年に一度はあってもいい。

そんな時、有馬温泉の「小宿とうじ」が便利だ。神戸市の建物(有馬の工房)の三階を有馬温泉旅館協同組合が借り受け、八室の素泊まり宿を造った。

 部屋にバス・トイレはない。しかし、ルームキーを提示すれば、徒歩三分の有馬温泉「金の湯」「銀の湯」が入り放題。日本最古といわれる名湯を何度も味わえる。

 食事は、有馬温泉の飲食店に出かけよう。そばの名店あり、お好み焼きあり、ドイツ風のカウンターバーもあり。朝食は、焼きたてパンをカフェテラスでいただくのもいい。有馬温泉の路地裏は、素敵な店を発見する楽しみを秘めている。

 部屋の窓を開ければ、沙羅双樹で有名な念仏寺の緑が広がる。宿の周辺は、社寺が集中する寺町にあたる。有馬には「坊」のつく宿が多いが、これは宿坊であった名残だ。江戸時代、湯治客の増加にともない、坊の下に「小宿」と称する宿舎が生まれた。建物こそ鉄筋になったが、小宿とうじは、湯治宿としての名称と精神を受け継いでいるのだ。

 有馬温泉は、新幹線新神戸駅や神戸空港から約一時間で着く。京阪神の方なら、仕事帰りの湯治だって楽しめる。

(2008年8月)


小宿とうじ

兵庫県神戸市北区有馬町1019

有馬鉄道有馬温泉駅から徒歩約10分。

078(904)0708

http://www.alimali.jp/touji/




 夜景や五稜郭で知られる港町・函館。湯の町、食べ歩きの町でもある。

津軽海峡に面した「湯の川温泉」に泊まり、路面電車に乗ってまち歩きに出かけるのが、おすすめの旅のスタイル。近年、これまでの北海道観光の典型である周遊旅行は減少し、滞在して函館をじっくり楽しむ旅行者が増えているという。


 そんなスローな旅にぴったりなのが「湯の川観光ホテル」。露天風呂付きの和室やシンプルな洋室など四種類の客室棟と、和洋の食事を自由に組み合せることができる。例えば、ツインルームに、海鮮イタリアンの夕食、バイキングの朝食の組合せで一万円だ。


 館内には、道南の人気ラーメン店が味を競うフードテーマパーク「らーめんブギ」もある。一泊朝食で泊まり、夕食は函館ラーメンというスタイルでもいい。


 市内の寿司屋など、函館グルメを堪能したいという場合は、おすすめの店を紹介してくれるし、店までの送迎が付いた「グルメプラン」も好評だ。

夜は、函館山の夜景観光に出かけよう。毎夜、玄関前から夜景観光バスが出る。


 食を楽しみ、夜景を満喫し、最後はゆっくり温泉。大浴場でもよし、貸切露天風呂でもよし。


 忙しい日常をはなれ、知的好奇心を刺激し、おいしいものを食べ、温泉で心身を癒すには、連泊・滞在する「スローな旅」が一番。函館は、そんな欲求を満たしてくれる港町である。


(2006年7月)


湯の川観光ホテル


北海道函館市湯川町2丁目4-20

JR函館駅より車で約15分。函館空港よりバスで約10分。

0138(36)5489

http://www.yunokawa-kanko.com/




 和風旅館の座敷に、ジャズライブのサウンドが響いている。浴衣掛け、ウイスキーを片手に、音楽に浸るひと時。


 倉敷の老舗「旅館御園」では、毎月一~二回「みその・ザ・ライブ」を開催し、百五十回を超えた。出演するアーティストは、ジャズ、クラシック、民族音楽と、様々なジャンルの第一人者ばかり。「ライブハウスとはひと味違う、人との至近感と空間の面白さが旅館にはある」。そんなアーティストたちの声と、旅先での意外な感動に病みつきになった馴染み客が、旅館御園を支えている。


 もともとは、大正時代創業の料亭旅館。瀬戸内産の鯛を使った「鯛めん」や、夏の「はも」、冬の「鴨鍋」が名物料理として受け継がれている。

老舗旅館に音楽を導入したのは、現女将の今井麻紀子さん。幼少の頃からアートに触れ、旅館としての役割を果たすかたわら、意外性も必要と考え、旅館で音楽を通じた「癒し」を提供する。

 

 六月のライブは、二十一日。ジャズトリオが、初夏の夜を賑やかしてくれる。ライブと朝食が付いて一泊一万円(二名以上)。夕食は、御園自慢の料理に舌鼓を打ってもいいし、徒歩十分の倉敷美観地区まで散歩がてら食べに出ても楽しい。


 客室数は二十三室。ライブのない日でも楽しめるように、バーを造ったり、薬膳を始めたり。小さな旅館の挑戦は、まだ始まったばかりだ。


(2006年6月)


旅館御園


岡山県倉敷市老松町3-4-1

JR山陽本線倉敷駅より車で5分。

086(422)3618

http://www.misono21.com/