日が経つのって、早いですね…
時間が早く過ぎるのを感じるときは
楽しいときで、
嫌な時間は遅いと世間では言いますが、
その逆で、あっという間に
入院する日(6月29日)が来てしまいました。
7月1日の手術の日に
「兄が仕事の休暇も取って
来てくれる」と母から聞きました。
「母も勿論来る」と言っていました。
私は二人が来ることが苦痛でした。
何故なら、私は子共の頃から
家族(親族)から精神的な苦痛を
たくさん受けて育ったので、
一人で静かに過ごしたかったのです。
子供の頃から
母の笑った顔を見たことはありません。
そして、数年前に兄夫婦からは
「一人だからって、こっちに迷惑かけるなよ」
と言われました。
って、連絡取ってないし…
この時だって会ったのは、
7年以上振りだし…
連絡先知らないし…
私はいつか仲良くお付き合いが
できる日がくることは願ってはいたけど、
迷惑かけないように
生きて行くことは当然のことと思っています。
兄は子供の頃は優しかったのですが、
お互いに家庭環境の問題で
心が限界になることが色々あって、
途中からとても嫌な兄に変わってしまい…
大学進学を機に家を出て、
兄は実家に戻って来なくなりました。
その時、私は救われたと思いました。
このお話は長くなるので、
ここで終わりにします。
母は年齢のこともあるので断りませんでしたが、
兄には「会う時は笑顔で会いたいから
退院して落ちついたら…」
という感じでやんわりとお断りをしました。
その後、検査の結果は
ガンではなかったのでホットはしました。
婦人科の先生にも
「これで治療は終わりだよ。
そして、今回のことで
乳がん発見の導きがあってよかったね」と言われました。
失った悲しみで
ガンじゃなかったことを本気で喜べない…
私の肉腫はガンではないけど
放置しておくとガンになる危険性があり、
肉腫も悪性になるとガンより早く
肺に転移して危険だそうです。
「だから取ってよかった」と
先生方には言われました。
しかし、悲しみよりも上回る程、
お腹の傷がとても痛い…
歩行や起きたり座ったりする度に
痛むので、退院後の生活を一人で過ごす
ことが精一杯の状態でした。
そして、22日に乳ガンの診察があり、
次の治療はどうなるのかという
不安も抱えていて、
何がどうなっているのか
訳が分からない心境でした。
冷静になると
傷の痛みと戦いながら
一人で生活することに涙が出てくる時も
ありました。
でも泣いてる場合ではない。
お腹はすくし、洗濯物は増えるし。
苦がなく普通の生活ができるって
本当に幸せなんだなーと
改めて思いました。
22日の乳ガンの診断結果ですが
私の治療は抗がん剤が先で
その後に手術となりました。
開始一回目は7月29日で、2回目は
一昨日の8月13日でした。
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
続きを書きますので
よかったらまた遊びに来てください。