乳がんの手術から、いまの私…

昨年の12月に乳がんの手術を受けました。


実はその前、昨年の7月から抗がん剤治療が

始まり、副作用で足が固まったような感じになり、今も少し歩きにくさを感じます。


でも、それ以外は普段通りの生活が

できています。


一人暮らしの緊張感や、

助けがいない環境だからこそ生まれた

「ガッツ」なのか(笑)

先生や薬剤師さんも驚くほど

元気に過ごせています。


検査結果が出たのは今年の1月。

 おかげさまで、癌細胞は消えていました。


その後の放射線治療も12回?14回?…忘れてしまったけれどガーン

2月からスタートし、無事に終了。


風邪をひかないか、放射線の副作用が出ないか心配でしたが、どちらも大丈夫でした。


治療中、1人で寂しさや悲しさに襲われることもありましたが、私が病院に行く日は不思議とお天気で副作用も少なく、本当にありがたかったです。


昨年の7月1日、婦人科の手術。

そして26日からは、乳がんの治療のため、

抗がん剤が始まりました。


今思えば、お腹の傷の痛みの方が、抗がん剤の副作用よりもずっと大変だった気がします。


今思い出しすと、昨年の私は

よく頑張ったと思います。


「すべて本当によくがんばったね、私☺

これからも、がんばりすぎずに、

元気でいこうね」


そんなふうに、

自分にたくさんのエールを送っています。


明日は四回目の抗がん剤の日です。

これで最後の抗がん剤になります。


私の場合、髪の毛はまだ

全部抜けていません。

丸刈りにしているので

まだらな丸刈りって感じになっています。


そして、眉毛とまつげもまだあります。

四回目で抜けるのかな…


実は最近落ち込んでいまして、

投稿する気になれませんでした。


お腹の大きな傷と乳ガン…

突然2つの病がやってきて

鬱になったのかな…

生きる意味とか考えてしまって…


シャワーを浴びるのが嫌です。

お腹の大きな傷を見るのが嫌だから。

暗いですよね…


祖母の話の続きも

書く気持ちになれません。


今は、子宮と卵巣全摘した直後に

乳ガンの治療を1人で向き合っている

自分を褒めてあげることに専念してます。

本当は褒める気にもなれませんがねぐすん


褒めたほうが明るくなれるかな…って

思ってます。


暗くなるとね、

母や祖母、兄に言われたりやられたり

したこと…を思いだしてしまって。


私の家は、本当に本当に

悪魔の館と言っても過言ではない

環境でした。

そして、親戚も…

暗くなるのでやめます。


先月の話になりますが、

母が私の家に泊まりにきました。


私は、お腹の傷を誰にも見せたく

なかったのに、お風呂上がりに

母が突然私のタオルをめくって勝手に

傷を見ました。


とってもショックだったけど、

喧嘩をしたくないので黙っていましたが

昨日電話で言いました。

「誰にも見せたくないのに、勝手に見て」


「母だから娘の傷を見たいのよ」


私「まだそんな気になれないい。

それに、普通は伺うよね?」


母は謝らなかった。

やっぱり上手くいかない親子関係なので、

お互いのために、距離を取ることに

しました。


そのほうがお互いに、傷つけ合わなくて

済むからね。


下の写真ですが、お腹の傷が痛くて

屈むように歩いていましたが、
数日前、久しぶりに空を見れたので
写真を撮りました。

なんだか、まとまりのない

お話で終わります…ごめんなさい










1人で闘病生活をしていると、

本当に強くなったと思います。


泣きたくなる日もあるけれど、

泣いても誰も助けてくれるは人いない。


でもそれは悲観的な意味じゃなくて、

「私ならできる」という積極的な

肯定の意味です。

だから、毎日感謝探しをしています。


抗がん剤2回目は

8月13日でした。

8月15日にジーラスタの注射です。


私の場合、抗がん剤の点滴後と

翌日は何も体調の変化はありません。


ジーラスタの注射をして2日後辺りから

体が痛くなります。


辛い日数は、2日間くらいでした。


一回目と同じように、

スーパーに食材を買いに行く衝動は

抑えられませんでした。


「2回目は副作用が激しいかも」

などと考えると、居ても立ってもいられない

状態になってしまったからです。


買ってきた食材を冷凍保存にすると

今度は「調理ができなかったらどうしよう」

と不安がよぎって、缶詰やラーメン

などを買いに行く…が止まりませんでした。


髪の毛は8月13日から

抜けてきました。


その前にショートにしましたが、

それでも部屋中抜け毛だらけになるので、

丸刈りにしました。


それでも抜け毛が…

短いのでシャツの中に入って、

体中チクチクします。

でも、掃除ができることに感謝ドキドキ


腹部の術後の傷も日々

回復していることを感じます。

感謝ですドキドキ


正直に言うと、おヘソから縦にある

長い傷を今でも直視できません。

お腹が可哀想で、

シャワーを浴びる度に辛いです。


(そして、今度は胸に傷が…と思うと

涙が出てきます。)


それから、

20年以上使っている冷蔵庫と電子レンジに

感謝ドキドキ

本当は、手術前に買い替えを

しようと思っていました。


何故なら、もし術後に壊れたら

傷の痛みを抱えながらの抗がん剤治療なので、

買いに行くことは辛すぎると思ったから

です。


本当は壊れかけていますが、

今でも働いてくれています。


やはり闘病生活の中での出費も

不安になりますしね泣

だからとっても感謝ドキドキ


1人で何でもしないと生活が

成り立たないので、

本当に動けることに感謝していますドキドキ


そして、

抗がん剤とジーラスタには、

とても感謝しています。


私のガンと戦ってくれている

抗がん剤。

発熱性好中球減少症の

発症を抑えてくれるジーラスタ。


本当に感謝ですよね!


副作用を考えると

とても恐ろしくなりましたが、

ガンの方が怖い…ですよね。


胸にはお詫びと感謝をしています。

それは、子宮の件でも同じですが…


今思えば、シグナルは確かに

ありました…泣くうさぎ


でも、「まさかわたしがガンになるなんて」

と甘く考えていました。


話は変わりますが、

最近の私は泣けるようになりました。


子供の頃から感情を隠したり

我慢ばかりしていたので、

1人でいるときでさえ

一回もってわけではありませんが、

泣いたことがありませんでした。


やっぱり辛いときに涙を流すって、

いいですね。

癒やされます。


泣くことが足りなかったから、

病気になったのかな…

なんて思う今日この頃です。


勿論、食生活もありますが、

心のゴミの影響もかなりあると

私は思っています。


何故なら、今回のジーラスタの注射後に

起こる体の痛みに耐えながら寝てたとき、

ふと母方の他界した祖母のことを

思い出したからです。


思い出したというより、

祖母が傍にいるような感覚になりました。


そして、恐ろしい記憶が甦りました。


この話は長くなるので、

またにします。












7月29日

第一回目の抗がん剤を投与しました。


腹部手術の痛みを抱えながら

耐えられるだろうかと、

とても不安でした。


7月9日に退院しましたが、

一ヶ月は重たい物を持っては行けない。

その他、一ヶ月間の過ごし方について

看護師さんから色々お話を伺いました。


痛くて背中が伸びず、前かがみ状態で

歩いています。

すれ違う人に恐怖を感じるので

杖を買いました。


産婦人科の治療から休む暇もなく、

今度は乳ガン治療に向かって準備開始です。


杖をつきながら、

チョコチョコと買い物をしました。


重たい物を持てないので、

何度もスーパーを往復しました。


初めての抗がん剤治療なので、

体調がどうなるか

全く検討がつきません。


なので、

できるだけ食材は買っておこう。

洗剤も…

トイレットペーパーも…

不安が募るたびにスーパーへ

買い物に行ってしまう…えーん


助けてくれる人がいないので、

日常品の買い物のことしか

考えられませんでした。


そして、当日はドキドキしながら病院へ…


点滴が始まった時、心臓がドキドキして

呼吸が苦しく感じました。


アレルギー反応だったらどうしよう。

もしそうなら、治療ができない。

もう少し様子を見よう

と思った瞬間、心拍数が落ち着きました。


恐らく緊張がマックスだったので、

プチパニック障害だったのでしょう。


本当におさまってよかったです。


点滴後に看護師さんからいただいた

素敵なアドバイスです。


「吐き気や発熱など辛かったら、

我慢しないで直ぐ薬を飲んでくださいね」


「飲まないで

我慢しちゃう人が多いけど、

我慢すると治療が辛くなるから

いつも通りの生活ができるように

我慢はしないでね」


癒やされましたニコニコ


7月31日

ジーラスタの注射をしました。


私はこの翌日から、だんだんと

体に痛みを感じ始めました。


だから、今回の副作用は、

抗がん剤ではなくジーラスタなのかな…


先生は「恐らくジーラスタ」だと

仰ってました。


座る

寝る

寝返り

着替える

シャワーの圧…

痛かったです。


痛み止めの処方はありましたが、

ボケていて飲みませんでしたえーん


5日間痛みに耐えて

とうとう限界が来てしまい、

距離を置いていた母に

泣きながら電話をしてしまいました。


「こんなに辛いなら治療はしたくない」

と言うと

「一人でよく耐えたね。今から行くから」

と言ってくれました。


思いっきり母に心の内にあるものを

伝えたら、痛みがおさまったように

感じました。


心が温まったのは確実に感じました。


痛み止めも飲みましたけどね(笑)


私の闘病生活は、

母との新しい関係を築くことも

含まれているのかもしれません。


母に対して数々のトラウマがあるので

複雑な心境ですが、

今思えば、私の本音を言ったこと…

母に泣きついたこと…

が、初めてなことに気づきました。


子供の頃から母のことを遠い存在だと

思って遠慮をしていたからです。


だけど、年老いている母に

迷惑をかけたくないので

来てもらうことはお断りしました。


このまま頼ってしまうと

今後の私のメンタルが心配だから

というのもあります。


一人で生きる覚悟は

常に持っていたいのです。



 

日が経つのって、早いですね…

 

時間が早く過ぎるのを感じるときは

楽しいときで、

嫌な時間は遅いと世間では言いますが、

その逆で、あっという間に

入院する日(6月29日)が来てしまいました。

 

7月1日の手術の日に

「兄が仕事の休暇も取って

来てくれる」と母から聞きました。

「母も勿論来る」と言っていました。

 

私は二人が来ることが苦痛でした。

 

何故なら、私は子共の頃から

家族(親族)から精神的な苦痛を

たくさん受けて育ったので、

一人で静かに過ごしたかったのです。

 

子供の頃から

母の笑った顔を見たことはありません。

そして、数年前に兄夫婦からは

「一人だからって、こっちに迷惑かけるなよ」

と言われました。

 

って、連絡取ってないし…びっくり

この時だって会ったのは、

7年以上振りだし…

連絡先知らないし…

 

私はいつか仲良くお付き合いが

できる日がくることは願ってはいたけど、

迷惑かけないように

生きて行くことは当然のことと思っています。

 

兄は子供の頃は優しかったのですが、

お互いに家庭環境の問題で

心が限界になることが色々あって、

途中からとても嫌な兄に変わってしまい…

大学進学を機に家を出て、

兄は実家に戻って来なくなりました。

その時、私は救われたと思いました。

 

このお話は長くなるので、

ここで終わりにします。

 

母は年齢のこともあるので断りませんでしたが、

兄には「会う時は笑顔で会いたいから

退院して落ちついたら…」

という感じでやんわりとお断りをしました。

 

その後、検査の結果は

ガンではなかったのでホットはしました。

婦人科の先生にも

「これで治療は終わりだよ。

そして、今回のことで

乳がん発見の導きがあってよかったね」と言われました。

 

失った悲しみで

ガンじゃなかったことを本気で喜べない…

 

私の肉腫はガンではないけど

放置しておくとガンになる危険性があり、

肉腫も悪性になるとガンより早く

肺に転移して危険だそうです。

 

「だから取ってよかった」と

先生方には言われました。

 

 しかし、悲しみよりも上回る程、

お腹の傷がとても痛い…

 

歩行や起きたり座ったりする度に

痛むので、退院後の生活を一人で過ごす

ことが精一杯の状態でした。

 

そして、22日に乳ガンの診察があり、

次の治療はどうなるのかという

不安も抱えていて、

何がどうなっているのか

訳が分からない心境でした。

 

冷静になると

傷の痛みと戦いながら

一人で生活することに涙が出てくる時も

ありました。

 

でも泣いてる場合ではない。

お腹はすくし、洗濯物は増えるし。

苦がなく普通の生活ができるって

本当に幸せなんだなーと

改めて思いました。

 

22日の乳ガンの診断結果ですが

私の治療は抗がん剤が先で

その後に手術となりました。

 

開始一回目は7月29日で、2回目は

一昨日の8月13日でした。

 

 

 

最後までお読みいただき

ありがとうございます。

 

続きを書きますので

よかったらまた遊びに来てください。