今回はいつものように、疲労回復のための気分転換のブログです。

 

私は毎年、夏休みには実家に里帰りします。

実家の近くにはお墓があり、そこには母の遺骨が埋蔵されています。

 

蒸し暑いある日のことです。私はお墓参りに行きました。

まずは墓掃除。

 

落ち葉や雑草をきれいに取り除き、墓石に水をかけてスポンジで洗います。

 

細かい部分は歯ブラシを使って丁寧に汚れを取り、布でふき取ります。

そして、花屋さんで買ってきたお花を供えます。

 

私の母は、家が貧しくても愛情たっぷりに私を育ててくれました。

躾はとても厳しかったのですが、やさしい人でした。

 

私が子供の頃「もしお母さんが死んだら僕は悲しい。僕がお墓参りに行って

お母さんに呼びかけたら、必ず返事してね」と約束した記憶があります。

 

やさしくて大好きだった母のことを思い出しながら両手を合わせたところ、

私の耳元でブーンと蚊が飛び回りました。

 

気が散って、母を拝むことができません。

私は手を振り回し、その蚊を追い払いました。

 

そして拝もうとすると、またその蚊が私の耳元で音をたてて飛び回ります。

しつこい蚊だと腹が立ってきました。

 

蚊 (私はこんな姿に生まれ変わってしまったけど、実は私はあなたのお母さんよ。

私に気づいてほしいから、あなたの耳元でささやいているのよ。

ねえ、あなたを想う私の熱い気持ちを感じてほしい。)

 

 私はこの蚊が、なぜこんなにしつこいのだろうかと思いました。

私の血がそんなに美味しそうなのだろうか。

 

蚊 (私はあなたの血を吸ったりしないわ、ただあなたの肩の上に乗って

寄り添うだけでいいの。)

 

私は飛び回る蚊を何度もつかみ損ねましたが、ついに片手でつかみました。

その蚊は、私の握力で少し弱ったようです。

 

蚊(私はあなたに危害は与えません、どうか私を逃がしてください。

ただ、親愛なるあなたのそばで、そっとぬくもりを感じたかっただけです。)

 

私はこの蚊が逃げないようにと、力いっぱい手を握りしめました。

しかしながら、指と指の隙間のおかげで、まだ潰されないで生きています。

 

蚊(私は自分が生み育てた愛する我が子に殺されようとしていますが、

あなたが子供の頃、一寸の虫にも五分の魂があると教えたのを忘れたの?)

 

今度は手を開き、隙間ができないように両方の手のひらでぐっと押さえました。

 

蚊(痛い!私はあなたとの約束を覚えています。あなたの呼びかけに返事を

してあげたかったのに、どうして私だと気づいてくれないの?)

 

両手を離すと、無残にも押しつぶされた蚊がいました。

ふっと息を吹きかけると、風とともにどこかへ飛んでいきました。

 

邪魔で気を紛らわす蚊がいなくなったので、両手を合わせ、

こころのなかでつぶやきました。

 

「お母さん、あなたはとてもやさしく、私の最愛の人でしたせめてもう一度

だけでもいいから会って、あなたの愛のぬくもりを感じたかった。」

 

 とても悲しい出来事ですね。

 

もしかしたら、実はあなたのまわりには、姿を変えた先祖の魂が

たくさんいるかもしれませんよ。 

 

こんなブログでごめんなさい。

数年前、私がコンビニにお弁当を買いに行った時のお話しです。

 

お昼前に、家の近くのコンビニにお弁当を買いに行きました。

 

そのとき、パンのコーナーで80歳くらいのお婆さんがパンを選んでいる

ように見えました。

 

私は彼女の様子が何か変だなと思いながら、お弁当売場に行きました。

 

私がお弁当を選んでいる時、ふと彼女に振り向くと、彼女が持っていた

手提げ袋に棚から素早くパンを入れるのが見えました。

 

そして彼女は店員が他のお客のレジ対応している間に、何食わぬ顔をして

お店の外に出ました。

 

私は万引きだと思い、彼女の後を追いかけました。

 

私は彼女に追いつき「あなたは今、お店のパンをその袋に入れましたね」

と言いました。

 

すると彼女は「お願いです見逃してください」と私に言いました。

 

私は彼女に、なぜパンを万引きしたのか聞きました。

彼女は、50歳になる息子と2人暮らしで、とても貧しい生活のようでした。

 

息子は2年前まで会社勤めでしたが、厳しいノルマや劣悪な労働環境で心身ともに疲弊し、

会社を辞めて再就職せず、彼女の年金で暮らしていたようです。

 

生活費の不足は、息子が会社勤めしていたときの貯えで補っていましたが、

それもだんだん残り少なくなってきたそうです。

 

そんな頃、息子が病気にかかり、その治療のためしばらく通院をしたようです。

 

息子は治療のおかげで病気もだいぶ回復したようですが、治療費がかかったことで

お金がなくなり、ふたりとも2日間何も食べていないようでした。

 

私は彼女に、パンは何個取ったのか聞きました。

すると「1個です」と答えました。

 

私は「なぜふたり分の2個取らなかったの?」と聞きました。

 

彼女は「2日後には年金が入ります。私は我慢できますが、病後で

やつれている息子にだけは少しでも食べさせてあげたかったんです」

 

と、目に涙を浮かべて私に言いました。

 

私はそれを聞いて胸が熱くなりかわいそうにと思いました。

一瞬、私は彼女を見逃してあげようかと思いました。

 

でも、考え直しました。

 

私は「こんな人こそ許してはいけない」と思いました。

 

私はこころを鬼にして彼女をコンビニに連れ戻し、店長に彼女の

万引きのことを知らせました。

 

彼女は取ったパンを返し、店長に何度も何度も謝りました。

 

どんな事情があっても万引き行為は犯罪です。

店長はすぐに警察に連絡し、お巡りさんがきて彼女にいろいろ聞きました。

 

その後、お巡りさんは息子に連絡を取り、身元引受人としてお店に

来てもらって事情を説明しました。

 

それを聞いて本来ならこの場では母親の行為に対して叱るのが当然なのですが

「自分のふがいなさで母親がこんなことをしてしまった」と思うと、

 

叱ることができませんでした。

 

ただただ謝りました。

そしてふたりは反省してお店を出ました。

 

そのとき私はお店でパンを2個買い「これからあなたたちが再出発するための

お祝いです」と言って渡しました。

 

それから数か月後、またそのお婆さんに偶然出会いました。

 

彼女はあのときのお礼を言った後「あのときがあったから息子はこころを

入れ替えて働くようになりました」と明るい笑顔で私に報告しました。

 

今ではパートながら近所の食品工場で真面目に働いているようです。

 

私はそれを聞いてとても嬉しく思いました。

 

私はそのとき「愛とは優しさだけではなく、厳しさも必要だな」

と改めて感じました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

先週の日曜日の朝、町内会の清掃がありました。

 

5分前に家を出ると右隣の家のご主人が「おはようございます、

今日は清掃の日ですね」と私に話しかけるので「そうですよ」

 

と答えて一緒に集合場所に行きました。

 

町内会長から清掃について説明がありました。

 

まずは各自、自分の家の周りの清掃です。

 

私が家の前の道路の落ち葉を掃いていたところ、左隣の家の奥さんも

近くで落ち葉を掃いていました。

 

私は「今の時期、落ち葉がたくさんあって大変ですね」と言うと、

彼女は「掃いても掃いてもすぐ落ちてくるから大変です」と言いました。

 

今では、昔のようにお隣さんと世間話をするのは少なくなっている

と感じました。

 

右の家のご主人も左の家の奥さんもそれ以上深い話は望んでいませんでした。

 

家の周りの清掃が終わったら、今度はみんなで公園やその周りの道路の

清掃でした。

 

私が公園の草を取っていると、近くにいつも一人で自分の家の前の

道路を清掃しているお婆さんがいるのに気付き声をかけてみました。

 

「今日はお天気がいいですね、きれいに清掃できましたね」

と話しかけました。

 

彼女は「いつもひとりぼっちで寂しく清掃しているのだけど、

今日はみんなと一緒に清掃できるのでとても嬉しい」と言いました。

 

続けて彼女の話を聞いてみると、彼女は数年前にご主人を

亡くしたそうです。

 

子供のいないひとりぼっちの彼女は、毎日自分の家の前の道路を

清掃しながら、すれ違う人に挨拶されると元気が出るそうです。

 

私は清掃をしながらじっくりと彼女とお話がしたくなりました。

若い人と違って、お年寄りは親しみやすく感じます。

 

私は彼女に「人生の中で大切にしていることは何ですか?」

と聞いてみました。

 

すると彼女は「誠実に生きることです」と答えました。

 

実は彼女、ご主人が亡くなった時、ほとんど貯金がなく

お葬式をするのにお金が足りなくて、妹さんから30万円借りたそうです。

 

彼女はわずかな年金で暮らしているので、毎月2000円しか

返せないそうです。

 

妹さんは彼女が生活に困っているのを知っているので、

「もう返さなくてもいいよ」といつも言うそうです。

 

私は「生活が苦しいのなら、妹さんのご好意に甘えたら」と言いました。

 

すると彼女は言いました。

 

「私は今、この世の中で誰からも必要とされていないし、

生きていても何の役にも立っていないんです」と。

 

続けて「私は死ぬまでお金を返し続けます、それが誠実であり、

必要とされることです」と言いました。

 

そして「自分が死んでも悲しんでくれるのはただひとりの

妹だけなのよ」と寂しそうに言いました。

 

私は彼女に「この世の中で誰ひとりとして必要とされない人など

いませんよ」とやさしく言いました。

 

そして「あなたは元気であなたらしく生きていればいいのです。

それだけであなたは世の中に十分役に立っているんですよ」と慰めました。

 

彼女を見ると、清掃で身体が熱くなったのか、目から汗が出ているのがわかりました。

 

すると彼女は近くの家に帰り「私の家は貧しくてなんにもないけど」と言って

おまんじゅうを持ってきてくれました。

 

清掃が終わって家に帰って、もらったおまんじゅうを食べましたが、

私の涙のしょっぱさで甘さが増して、とてもおいしく感じました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

私の友人でいつも私に向かって「何かいいことはない?」と言うのが

口癖な人がいます。

 

私は彼に「そんなにいつもいつもいいことなんかないよ」と答えます。

 

会うたびに何かいいことはないかと聞くので、私は「あなたにとって

いいこととは何?」と言い返します。

 

彼は「それがわからないからお前に聞くのだ」と不満そうです。

でも、私にとっていいことでも彼にとってはいいことではないかもしれません。

 

私にとって何がいいことなのか考えてみました。

 

出世はしていませんが、今の仕事でなんとか食べていける事も幸せですし、

家族みんなが健康でそれぞれ有意義な生活をしているのもいいことです。

 

昔と比べて今の世の中はとても便利になりましたが、何倍もの速さで変化する

速度について行くのは大変です。

 

忙しい時代になりました、こころに余裕のない人が増えたような気がします。

こころの悩みが増えているのも分かるような気がします。

 

私にとっていいことは多くの人に愛され、貧しくてものんびり穏やかに

暮らすことだと思います。

 

話は変わりますが、私は最近ブログをはじめました。

 

最初の頃は、誰とも繋がることなく、無人島で暮しているような気分でした。

他の人の書いたブログを読んで、私とは住む世界が違うと思いました。

 

そんなある夜、何もなかったお知らせに、いいね!がひとつ。

 

驚きました、世の中に私のブログを読んでくださる人がいるなんて。

寂しかった私のこころにいいね!が届きとても明るくなりました。

 

今でもその嬉しさを忘れることはできません。

 

それから私は自分で書くだけではなく、他の人の書いているブログを

たくさん読みました。

 

そこには現実では見られないこころの世界がありました。

ブログの世界ではこころの悩みで本当に苦しんでいる方もいらっしゃいます。

 

それを思うと、本当は私のように楽しんでブログを書いては

いけないのかもしれません。

 

でも、そんな人たちに少しでも気休めになったらいいなと思っています。

 

私が書いたブログに温かいコメントをくださる方もあり、こころが

繋がってきました。

 

現実の世界では知らない人から声をかけられるのは道を

尋ねられるときくらいです。

 

でもブログの中では、遠慮なく私のこころに話しかけてくださいます。

 

こころの中をさらけ出していると、何年も付き合った友人以上に

親近感を覚えます。

 

共感してもらってコメントが届くと実に嬉しいのです。

 

ブログは人生の百科事典のように思えます。

私の経験不足で知らないことがたくさん書いてあります。

 

同じ悩みを持つ人にとっては勇気100倍になるかもしれません。

 

人の生き方のヒントもたくさんあって、ブログは人生の手助けに

なるかもしれません。

 

 私が今度友人に会ったら、ブログはとてもいいからやってみたらと勧めるつもりです。

 

何かいいことない?の答えはブログの中にあるような気がします。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私が今の会社に入社して15年目の頃、3年後に入社した後輩が私の上司として

同じ支店に異動してきました。

 

私は特別能力もなく出世意欲もなく、こつこつと仕事をこなしていくタイプです。

なので、後輩に追い抜かれても仕方がないと思いました。

 

私は以前から本社に集まる会議で彼のことは知っていました。

彼の発言はとても建設的で素晴らしくみんなは一目置いていました。

 

彼と私は全くタイプが違う人間で、会議の合間に個人的に話をするのは

近寄りがたく遠慮していました。

 

彼は昇進したばかりで目が輝き、仕事に対する意欲は満々で張り切っていました。

 

最初に言われたことは「あなたは先輩ですが私のやり方に従ってください、

いやなら辞めてもらっても結構です」というきつい言葉でした。

 

 私もサラリーマン、食べていくためには上司には逆らえません。

 

他の同僚も彼の厳しい仕事の指示には精神的に参っていました。

 私と同じように生活がかかっているし、家のローンを抱えている人もいます。

 

彼はその弱みを十分認識しているようで厳しく指示します。

 

私は彼が人間ではなく情け知らずの鬼に見えました。

職場はだんだん暗くなってきました。

 

ある時、同僚が「家族ぐるみで付き合っていた親友の奥さんに

不幸があったので休ませてください」とその上司にお願いしていました。

 

上司は「会社の慶弔規定には当てはまらない、みんな今月の目標を目指して

頑張っているのにやる気があるのか」と部下を怒っていました。

 

私はそれを聞いてとても我慢ができなくなり、上司を別室に連れて行き

「あなたは仕事はできるが人間としては失格です」と説教しました。

 

その後、私は感情的になって言い過ぎたと後悔しました。

 

それからは私には少し遠慮するようになりましたが、他の同僚には

以前と同じように厳しくしていました。

 

パート社員の中には厳しさに耐えきれず退職する人も出てきました。

 

その噂が本部の人事部に届いたようで、1年後、降格人事があり

彼は他の支店に異動になりました。

 

みんなやっと平和になったと大喜びでした。

 

そして2年後、私は他の支店に異動することになりました。

 

赴任してビックリしました、なんと、そこには元鬼上司がいるではありませんか。

別の課に所属していましたが、私と同じ地位です。

 

私がお昼に食堂で食事をしていると彼が私に気付き目の前の席に座りました。

私は気まずい雰囲気でご飯を食べました。

 

驚くことに以前と違って、彼はとても穏やかな目で私に話しかけてきました。

 

「あの頃はまわりが全然見えていなくて無我夢中でした。

私は今の立場になって、初めて、先輩に注意されたことの意味が分かりました。

 

今では先輩にあのように言われたことをとても感謝しています」と謝りました。

 

その頃彼は部下の気持ちを理解し、愛をもって部下を指導していました。

 

数年後、彼は今の会社を退職し自分で事業を立ち上げ、従業員を大切にすることで

今では順調に業績を伸ばしているようです。

 

上司というものは仕事だけではなく、人間としても立派でなければ誰にも

尊敬されないものですね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私の会社のある支店に、32歳でパートで働いている男性がいました。

 

彼は最初の就職先で仕事が合わず、正社員だった彼は4年でそこを辞め、

この会社で非正規雇用で6年働いていました。

 

私がその支店に人事異動で赴任して彼のことを知った時、

結婚もしないでこのまま非正規で働いていてこれからの将来は

 

どうするのかなと思いました。

 

彼の仕事は特に難しいものではありませんでしたが、会社にとって

必要であり誰かがやらなければならない仕事でした。

 

私が特にいいと思ったことは、彼はいつも笑顔が絶えず、明るく

生き生きと働いていたことでした。


私は彼の仕事ぶりを見ると脇役的な仕事だけではなく、この会社では

主役として十分活躍できると思いました。

 

ある時、私が昼食を終えて休憩室でテレビを見ていると彼が入ってきて

私のそばに座りました。

 

私はたまたま近くに座った彼に話しかけてみました。

話をすると言っても共通の話題がないので仕事のことになります。

 

勤務シフトを聞くと、毎日朝8時から15時までの勤務で休憩が1時間、

週のうち5日勤務で時給は少しいいようでしたが、

 

正社員と比べると給料はかなり少ないと思いました。

 

働き方はそれぞれ個人の考えで決めればいいので、別に私は彼に

とやかく言うつもりはありませんでした。

 

でも彼と話をしていると彼の人柄の良さがわかり、いつも彼の

働きぶりに感心していた私は、つい「もし私が人事部長だったら

 

君のような人には正社員として働いてもらうのですが、

そんな権限がなくてごめんなさい」と言いました。

 

すると彼は「自分は今のままで十分です、楽しく仕事をさせて

もらっています、気を遣ってもらってありがとうございます」

 

と笑顔で返してきました。

 

話題を変えて彼に「正社員と違って自由な時間がたくさんある

と思うけどどんな事に使っているの?」と聞いてみました。

 

彼は仕事のない時間にはボランティア活動をしているそうです。

 

私はボランティアについてはあまり詳しくはないのでどんなことを

しているのか聞いてみました。

 

ボランティアには様々な年代や職種の人が参加しているので職場や

日常生活では知り合えないような人との交流が深まるようです。

 

さまざまな価値観の人との交流は視野を広げ、活動を通して

意気投合することで信頼できる人間関係が生まれ、

 

悩みの相談相手になってくれることもあるようです。

 

そして社会に貢献することで自分自身が成長するようです。

 

私はその時、話している彼の目がやさしく輝いているのがわかりました。

彼が生き生きと働いていた理由がわかりました。

 

決して自分が主役になるのではなく、周りの人を愛し、役に立つことが

自分の仕事だと考えていたようです。

 

私は彼のような生き方にはとても感動しました。

 

彼は「そろそろ休憩時間がなくなるので失礼します」

と言って仕事に戻りました。

 

この世の中には主任、係長、課長、部長などそれぞれ仕事で主役を

演じているような人でも、実は、心理的には会社の奴隷のように

 

働いている人もいると思います。

 

彼は今の職場では決して主役ではありませんが、人生の主役は誰よりも

上手に演じていると私は思いました。

 

彼はすべての人を愛することで自分らしく生きているようです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私はブログを書くとどうも疲れが溜まりやすいタイプです。

 

時々息抜きをする必要があります。

 

今回は遊び心で書いてみました。

 

 

私はカレーです。

お客の来ないカレー屋のカレーです。

 

店主は朝早くから夜遅くまで、寝る暇がないほど働いています。

今日も開店前に朝早くから私は作られます。

 

細かくきざまれた、玉ねぎとにんにく、生姜を炒め、トマトを加えます。

スパイスを加え、炒めたお肉と一緒に煮込みます。

 

私は店主の手間暇かけた作りで美味しく出来上がりました。

 

でも、開店して一か月が過ぎようとするのにお客はほとんど来ません、

開店休業状態です。

 

たまに来るお客も2度目は来ません。

スタッフも笑顔がなくなり暗い気持ちで働いています。

 

店主は厳しさで胃痛が続いていた会社員時代、とてもつらく

辛抱できなくて、好きなことで飯が食えたらと脱サラしました。

 

美味しければお客は来てくれる、という安易な考えでカレー屋を

始めたが世の中は甘くない、私のように辛いのよ。

 

辛い私は食べた後、時間がたって美味しさを感じると言うけれど

そうなの?

いつになったら感じてくれるの、食べたお客は戻ってこないよ。

 

店主はこれでもかこれでもかと、美味しい私づくりに日夜頑張って

いるが、客足は一向に遠のいたまま。

 

あなたは私に溢れんばかりの愛情を注いでいる。

そして完成した私はあなた好みの格別な味なのかもしれない。

 

でも私の気持ちをわかってよ。

 

近所にあるカレー屋さんを見てごらん、この店と同じように見えるけど、

どこが違うか見てきてごらん。

 

お昼のピークにはお店に入れないお客が外まで並んで待っている。

なぜかわかる?

 

よく見てごらんなさい、そのお店のスタッフの目の輝きを、

イキイキとして働いているでしょう。

 

お客も楽しく美味しそうに食べている。

また来るねと満足して帰っている。

 

何が違うのかわかったでしょう、そこには確かな愛があることが。

 

愛があるからこそ常連客でお客が溢れるのがわかる?
 

あなたは私には特別に優しく愛を注いできました。

でも、お客やスタッフに対する愛情はどうですか?

 

あなただけが頑張っただけではだめよ。

私をお店の主役にしてくれるのはお客さんとスタッフのおかげ。

 

お客に愛を伝えるためには、スタッフの愛情ある接客や、

清潔感ある店づくり。

 

手ごろな価格で美味しく私を食べてもらえる価値の提供。

 

スタッフへの愛は作業のしやすいお店のレイアウト、

無駄のない作業手順の教育。

 

作業を楽にしてあげてその分お客に対する愛ある接客。

 

カレー屋のカレーは美味しいのが当たり前、でも人によって

好みは違うもの。

 

お客さんやスタッフの声を聞いてね。

 

すべての人に私の味が好まれるわけではないけれど、

少しでもお客がふえるように私の味を変えてね。

 

また、2度目に来たお客を前より美味しく感じさせるように

私を常に成長させてね、それが固定客作りにつながるから。

 

そのうちお客が増えてきたら、さらに私を美味しくするように。

もし値上げするならそれ以上に私の価値を上げてね。

 

スタッフにも少し給料を上げてもっと働きやすくしてね。

 

すべてのひとに愛があるからこそ商売が繫盛するのだ

とカレーの私は思う。

 

手を抜くとまた会社員の時のように私の辛さで胃を痛くするからね。

 

こんなブログでごめんなさい。

私が以前勤務していた支店に40代後半の女性でパートで

働いている人がいました。

 

私が彼女と初めて会ったときはとても明るく、フレンドリーでオープンな

性格に感じました。

 

私が彼女と一緒に働き始めてすぐに気づいたことがありました。

彼女の左手には親指がありませんでした。

 

彼女はいつも気にしているのでしょう、私の視線が彼女の指に止まったとき、

「この指はね、私が20歳のとき交通事故でなくなちゃったのよ」と言いました。

 

そんなあっけらかんとして言う彼女に対して、私は返す言葉がまったく

見つかりませんでした。

 

それからよく話をするようになりましたが、彼女は何かの拍子にその交通事故の

当時の話をしてくれました。

 

交通事故で左親指だけではなく、左目も失い義眼をつけているようでした。

 

その当時彼女の両親は、嫁入り前の娘の運命を嘆きとても悲しんだようです。

できるなら自分たちが彼女の代わりになりたいと思ったようです。

 

そんな両親の自分に対する気持ちを考えると彼女はやりきれませんでした。

 

それで彼女は自分の辛さを隠し、両親の前では目いっぱい明るく

振舞うようにしたようです。

 

そんな彼女ですが、数年後、彼女のことを理解してくれる男性が現れ、

彼女はめでたく結婚することができました。

 

そのときのことを「世の中には物好きな人がいてね、こんな私でもいい

と言って結婚してくれたのよ」と冗談ぽく話す中にもご主人に対する

 

深い愛情と感謝の気持ちが感じられました。

 

ご主人は彼女の目となり、指となり、彼女をやさしく支えてあげました。

 

そしてふたりの間には女の子がひとり生まれ、しあわせな生活が続きました。

しかしながら、そのしあわせはいつまでも続きませんでした。

 

娘さんが中学校に入ったばかりの頃、ご主人が重い病気にかかり、

回復することを切に願いましたがその願いは叶わず、帰らぬ人となりました。

 

ご主人は犬が大好きで、ペットとして家族同様にかわいがっていました。

ご主人がかわいがっていた犬を抱きしめて彼女は泣きました。

 

毎日ペットの犬を散歩に連れて行くと、いつまでも亡くなったご主人の

ことを思い出し、涙が止まらなかったそうです。

 

でも彼女は2度の試練を乗り越え人間的に大きく成長し、人のこころの

痛みや辛さを理解し共感することができるようになりました。

 

そして今ではとても優しく気さくな性格になりました。

 

私が彼女と会って2年ほど過ぎた頃、彼女は会社を退職することになりました。

 

私は彼女に、ここをやめて何をするのかと聞いてみました。

すると彼女はドッグカフェをやると答えました。

 

私は彼女に、なぜドッグカフェをやるのかと聞いてみました。

 

犬を愛するお客と毎日接することで、ペットを愛していた

ご主人を忘れることはなく、いつまでも彼女のこころのなかに

 

残しておきたいからだそうです。

 

ただでさえ生きていくことが厳しい世の中で、彼女の生き様を知った私は

これから大丈夫だろうかととても心配になりました。

 

でもその心配は杞憂に終わり、彼女の気さくな性格は多くの客を呼び、

常連客となり今でもお店は安定的に続いているようです。

 

そして今でも、彼女のこころのなかにご主人は生き続けているようです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私は安い給料でも今までなんとか生活しています。

贅沢をしなければ、日々の暮らしに困ることはあまりありません。

 

お金は天下の回りもの、何とかなるさと思っていました。

 

ところが、最近、よく老後破産とか下流老人とか厳しい現実を

耳にするようになりました。

 

私はお金についての不安と悩みを持つようになりました。

 

先日コメダにひとりでコーヒーを飲みに行ったときの事です。

 

お店の方に案内され座った席のとなりで70歳位の男性が

ふたりで話していました。

 

大きな声で話すので、聞く気はなかったのですが、

私の耳に入りました。

 

ひとりが「年金が少なくて喫茶店でコーヒーを飲むのは久しぶりだよ、

このコーヒー代で1日過ごすこともある」と言っています。

 

話しながらおいしそうに温かいコーヒーを飲みました。

 

「いつも食費を削っていて家でもコーヒーなんか飲むことはない、

惨めなもんだよ」と続けました。

 

もうひとりの男性は「一番怖いのは病気だね、病気にかかっても

お金がないので病院にも行けない、最近歯が抜けたけど

 

入れ歯もできない」と言いました。

 

ふたりの生活ぶりが目に浮かびました。

 

「でもこうやって、たまにふたりで話をすることができるのは

幸せだ」と言いました。

 

話は続き、近所には奥さんに先立たれほとんど外出することが

ない男性がいるようでした。

 

その男性には話し相手もいなくて、いつもひとりで寂しくご飯を

食べているらしく、孤独死するのではないかと心配そうでした。

 

彼らの話を聞いて、ますます私の将来が不安になりました。

 

人生100年といわれる時代ですが100歳近くまで働く自信は

全くありません。

 

私は暗い気持ちで冷めたコーヒーを飲みました。

 

彼らが話し終えて帰った後、赤ちゃんをつれた若い夫婦が

その席に座りました。

 

お母さんは赤ちゃんを抱っこしたまま話に夢中でした。

 

赤ちゃんはご機嫌がいいのか泣くこともなくおとなしくしていました。

 

しばらくして私がその赤ちゃんを見たとき、偶然、その赤ちゃんは

私に向いて大きな口を開け目を細めて笑顔を返してきました。

 

私も思わず赤ちゃんに笑顔のお返しをしました。

 

その笑顔は、何の苦労もない幸せいっぱいのように見えました。

私は可愛いなと思ったと同時に、生きていることの素晴らしさを感じました。

 

この赤ちゃんは今まさに、人生のスタートラインに立ったばかり。

これから力強く生きていこうという生命力を感じました。

 

この赤ちゃんを見て、私はなんと小さなことで悩んで

いたのだろうかと思いました。

 

この赤ちゃんのように、今のこの瞬間を精一杯生きることが

大切だと思いました。

 

私は先ほどのお年寄りを見て、長生きすることばかりを

考えていたようです。

 

そしてこの赤ちゃんは、今、お金よりも両親や周りの人の愛のほうが

必要なのです。

 

私はこの赤ちゃんに教えられました。

 

人生とはお金ではなくみんなで愛を与え合い、今を大切に一生懸命に

生きることだと。

 

私はお金がなくても生きていける、かすかな希望が見えてきました。

 

私は冷めたコーヒーのお代わりに熱いコーヒーを注文しました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

私の母はもう何年も前に心筋梗塞で亡くなりました。

 

一緒に夕飯を食べ、そのときは何ともなかったのですが、食べ終わって

1時間もしないうちに、胸が痛くて苦しいと私に訴えてきました。

 

すぐに病院に運びましたが、その日のうちに心臓が止まり、亡くなりました。

あまりにも突然の死に、私のこころはついて行けませんでした。

 

数時間前まで私と普段通り話をしていたのに、どうして亡くなったのか

信じられませんでした。

 

亡き母の思い出が頭に浮かんできます。

 

私が子供の頃、家庭がとても貧しく困ったことは、

その日に食べるためのお金が十分なかったことでした。

 

私は食べ盛りでいつもお腹を空かしていたのですが、

そんな時、よく母親はスーパーのお肉売場にある、

無料の牛脂をもらって帰りました。

 

それをプライパンで熱して溶かし、ご飯を入れて炒め、お醤油をかけて

「ごめんなさいね、本当はもっと栄養のあるものを作って

 

あげたいのだけど」と言って、私に食べさせてくれました。

 

貧乏な生活は決して母親のせいではないのに、私は母親の「ごめんなさい」

と言う言葉に、とてもやさしさを感じました。

 

私の記憶では、母親はいつでもどこでも誰にでも「ごめんなさい」

とよく言っていたように思います。

 

私が小学校の時一番つらかったのは、お金がなくて給食費がなかなか

払えなかったことです。

 

今のように銀行口座から引き落としであればいいのですが、その頃は

毎月決まった日に子供たちは先生から給食費を入れる袋を渡され、

 

翌日、子供がお金を持ってきて先生に渡していました。

 

でも私の家にはお金がなく、いつも持ってくるのを忘れたふりを

していました。

 

最初のうちは給食費を持ってくるのを忘れる子が数人いましたが、

だんだん減りいつも私が最後になりました。

 

ある時先生は私に「みんな持ってきているんだよ、持ってこないのは

お前だけ、明日は必ず忘れないで持ってきなさい」と叱りました。

 

でも私はお金がないと言うのは恥ずかしくてとても言えませんでした。

 

私の父親が個人で土建業を営んでいて、工事の進行度合いや、

支払ってくれる相手先の資金繰りの関係で、

いつお金が入ってくるのかわからなかったと思います。

 

私は家に帰って、母親に「いつになったらお金が入るの?僕は先生に

いつも叱られてつらい」と泣きながら言いました。

 

それを聞いて母親は、私と一緒に学校に行って、先生に「ごめんなさい、

主人の仕事の関係で今お金がないのでもう少し待って下さい」とお願いしました。

 

それを聞いた先生は「そんな理由があるなら給食費はいつでもいいですよ、

お金が入った時に持ってきてください」と言ってくれました。

 

そのとき母親は先生に何度も何度も「ありがとうございます」

と頭を下げました。

 

そんな私の母親は、世間の人たちからいつも助けられ、

いつでもどこでも誰にでも「ありがとうございます」

と言っていました。

 

今思えば、貧しかった私たちの家庭がなんとか暮らしていけたのは

母親の「ごめんなさい」と「ありがとうございます」の言葉が

あったからかもしれません。

 

私が貧しくてもしあわせな気持ちで生きているのは母親のおかげです。

私は大切なことを教えてくれた母親に感謝しています。

 

天国にいる母に、親孝行できなくて「ごめんなさい」、

そして私を愛してくれたことに「ありがとうございます」

 

と母にこころを込めて伝えたいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。