私は子どもの頃、貧しい家庭で育ったので多くの人とのこころの

繋がりを大切にしています。

 

私の高校時代の同級生がハローワークに行き仕事を探していました。

 

彼女はその中で、老人ホームのシーツ交換の仕事を見つけました。

早速彼女は履歴書を持ってその老人ホームに行き、面接を受け

採用されました。

 

仕事を始めて知ったのですが、シーツ交換が終わるとトイレ掃除が

ありました。

 

彼女はここの仕事がシーツ交換とお部屋の掃除と聞いていたので、

まさかトイレの掃除までするとは思っていませんでした。

 

1日に何か所ものトイレの掃除をするのは大変でした。

いつまでもその臭いと汚れが体に染みついているような気がしました。

 

最初の頃はトイレ掃除の直後の昼食はなかなか食が進みませんでした。

彼女はこんな仕事を始めたことに後悔しました。

 

彼女は恥ずかしくて、絶対に、この仕事をしていることを知り合いには

知られたくないと思いました。

 

そのうちトイレの掃除は慣れましたが、一緒に働く介護職員の仕事を見て、

彼女はその仕事の違いに落ち込んだようです。

 

介護職員はお年寄りに喜んでもらえる肌と肌が触れ合う温かい仕事、一方、

彼女はひとりぼっちで冷たい便器を相手に汚れをごしごし取る仕事。

 

トイレ掃除の合間に、介護職員の仕事を見ていると、こうしたら

もっとお年寄りが喜ぶのではないかと考えるようになりました。

 

彼女は仕事に慣れてくるにつれて、お年寄りにできるだけ

一声かけるようにしました。

 

毎日の一言の積み重ねで、彼女は一人ひとりのお年寄りの気持ちが

それぞれわかるようになりました。

 

だんだんお年寄りと彼女との間には信頼感が生まれました。

そして彼女が老人ホームで働き始めて5年が過ぎました。

 

職員は介護の技術についてはよく知っていますが、

お年寄りのこころについてはわからないことが多いので、

よく彼女に相談するようになりました。

 

そんな頃、人事異動で別の施設から男性の職員がやってきました。

 

彼は仕事が早いのですが、お年寄りの気持ちより仕事の効率を

優先しました。

 

食事の時間になるとみんなが食堂に集まりますが、自力で車いすを

操作するお年寄りもたくさんいました。

 

そんなお年寄りに対して「もっと急げ」と強い口調で言いました。

でも、体が不自由な人は思うように早く動けません。

 

彼女はそれを見て彼に、もっとやさしくするように言いました。

 

すると彼は「トイレの清掃員のくせに生意気なことを言うな」

と怒鳴りました。

 

彼女はその言葉に怒りを抑えきれませんでした。

 

彼女は力の限り「私は同じ人間としてお年寄りがかわいそうだから

言っているのです、あなたには人を愛する気持ちはないのですか」

 

と強く言いました。

 

彼はその迫力に驚き、何も言いませんでした。

 

彼にも少しは良心があったようです。

それから彼は反省したのか、みんなにやさしくなりました。

 

彼女は最初の頃、トイレ掃除なんて嫌だと思っていましたが、今では

どんな仕事でもこころが繋がれば素晴らしいと思っているようです。

 

彼女はこれからもトイレの掃除を誇りを持って続けるつもりだそうです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

最近集中力がなくなり、疲労気味です。

今回は気分転換に、リラックスして書きました。

 

昨日の私の家の夕飯は、すき焼きでした。

私は人生の切なさをすき焼きを作ることで表現してみました。

 

妻にお鍋はできるだけ厚めで重いものを用意してもらいました。

いつまでも冷めない温かいこころのようであってほしいのです。

 

鍋が熱くなったら最初に牛脂を入れて肉が焦げないようにします。

溶けた牛脂のように透明で滑らかなこころは人間関係の信頼作り。

 

次にお肉を1枚だけ入れます、今回は赤身の牛肉を用意してもらいました。

 

霜降り肉だと、愛と憎しみ、善意と悪意、男と女、上司と部下のように複雑な

気持ちが混ざった、まだら模様のこころのような気がして好きではありません。

 

妻が作るすき焼きは、割り下が少なく野菜から水分が出て薄味になります。

 

妻はあまり味が濃いと体に悪いと言いますが、私は割り下をたっぷり使って

濃いめの味付けが好きです。

 

愛をたっぷり注ぎ、人情味の濃い人間のような味が大好きなのです。

 

私は妻に、長ネギの外側は固いので1枚皮を剥くように言いました。

「あなたも仕事で一皮むけて、早く出世できればいいのに」と妻は言いました。

 

そして長ネギを入れますが白い部分だけではなく、できるだけ青いところも入れます。

陰のような人生だけではなく、日の目を浴びて輝かしい人生も送りたいのです。

 

ハクサイは葉の部分と芯の部分は分けてください、葉の部分は縮むので大きめに、

芯の部分は固いので火が早く通るようにそぎ切りにします。

 

人にも頭が柔軟でこころの広い人もいれば、頭が固くて頑固な人もいます。

そこをうまく調整するのが人生の名料理人です。

 

豆腐はよく水を切って下さい、水っぽくならないように。

妻は「どうせ私とあなたは水臭い関係だわ」とそっぽを向きました。

 

しらたきは食べやすいように2、3等分になるようにカットします。

人間関係がもつれないように。

 

そして、しらたきとお肉は離してくださいね、相性の合わないもの同士が

一緒になると美味しくありません。

 

「それってもしかして私たちのこと?あなた浮気していないでしょうね」

と妻が言いました。

 

しいたけは頭の部分をV字に切り込みを入れ飾り切りをしましょう。

見た目がよくなり火が通りやすく味が染み込みやすくなります。

 

妻は私に「あなたは見た目は悪いし、煮え切らないし、貧乏が

染みついている」と言いました。

 

そして残りの牛肉を入れて煮えすぎて固くならないうちに食べましょう。

妻は「あなたの今までの態度で、私のこころは煮えたぎっている」と言いました。

 

さあ出来上がりました「これは私の人生の味だから食べてごらん」

すると妻は「苦くて、辛くて全然おいしくない」と言いました。

 

私は「それはそうだろう、私の人生は決して甘いものではない」と言いました。

 

「なによ、あなたはいつも気楽にブログを書いているくせに」と妻は言いました。

 

トホホ、私は妻には頭が上がりません。

みなさんも今晩、すき焼きはいかがですか。

 

こんなブログでごめんなさい。

私の友人でスーパーに勤めている人がいます。

先日、彼と会って食事をしたとき、とてもいい話を聞きました。

 

彼が勤務するスーパーには学生のアルバイトが何人もいるそうです。

その中で、4年間アルバイトを続けた男子大学生がいたそうです。

 

彼は母子家庭で、母親と彼と妹の3人家族でした。

彼の仕事は食品レジで買い物客の会計をする仕事でした。

 

彼はとてもまじめで気のやさしい性格であり、商品を大切に扱い、

スムーズなレジ打ちだったので、お客からよく褒められていたようです。

 

私の友人がそのお店に人事異動で赴任したときにはアルバイトの彼は

大学3年生でした。

 

そんな彼ですが4年生になったばかりの頃、母親が病気で亡くなり、

お店を2週間休みました。

 

彼は仕事に来るようになりましたが、以前のような明るさは

ありませんでした。

 

ある時友人は、夜の休憩時間に彼と一緒になり、ふたりで話をしました。

 

彼はいつも、父親が生きていれば、もっと母親が楽をすることができた

だろうにと思っていたようです。

 

彼は子供の頃、父親と近所の公園でよくキャッチボールをしていたそうで

今でもその時の楽しそうな父親の顔が目に浮かぶそうです。

 

彼は大好きな父親を失った上に、頼りになる母親を亡くしてとても

悲しそうでした。

 

お葬式の段取りは親戚の叔父さんがしてくれたのでとても助かった

そうです。

 

友人は彼に「これからの生活はどうするの?」と聞きました。

 

彼は「母親が掛けていた生命保険が少し入るので、就職するまで高校生の妹と

ふたりで頑張るつもりです」と答えました。

 

その話を聞いて涙が出そうになった友人は、話の途中、彼を待たせて

売場に行きすぐに戻ってきました。

 

友人は「私は君に何もしてあげることはできないが、これは私の気持ちです」

と言って売場で買ってきた、お店で一番高いお寿司を彼に食べさせました。

 

彼は父親が亡くなってから、今まで家族以外からこんなに親切を受けたことは

ありませんでした。

 

そのとき彼は、親身になってくれた友人のことを、亡くなった父親のように

思ったようです。

 

友人は彼が4年生になったとき「就職はもう決まったの?」と尋ねたところ

 

彼は「お寿司のチェーンを展開する企業に決まりました」と答えました。

 

友人がどうしてそこに決めたのかと聞くと、友人がごちそうしたお寿司がとても

美味しくて、その人情の味が忘れられなかったそうです。

 

就職しても時どきお店に来て、買い物をしながら仕事のことを友人に話しましたが、

まるで父親に報告するようでした。

 

友人は頑張って働いている彼の話を聞いて、実の息子のような気がしました。

 

それから4年後、彼はお店の店長となり、友人をお店に招待してくれたそうです。

友人がお店に行くと彼は元気な笑顔で迎えてくれました。

 

そして彼が握ってくれたお寿司を食べたとき、人情の味がして

とても美味しく感じたそうです。

 

私は友人の話を聞いて「お前のちょっとしたことが彼の人生に大きく影響を

与えたんだね」と言いました。

 

私は、友人と彼は、こころの中で本当の親子のように繋がっていると思いました。

 

そして彼は私に「人情の味ほど美味しいものはないよ」と言いました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回はすこし前の七夕のお話です。

 

私の職場には気の合う上司がいて、いつも話をしながら一緒にお昼ご飯を

食べています。

 

上司は仕事が大好きで、家庭を顧みず、早朝から深夜まで働いていました。

 

家にはただ寝に帰るだけで、家族との会話がほとんどありませんでした。

彼の奥さんは、うちの家庭はまるで母子家庭のようだと嘆いていました。

 

彼の仕事の休みの日は、仕事の疲れを取るためにお昼すぎまで

眠っているので家族で一緒に外出することはめったにありませんでした。

 

彼が家族サービスをしないので、彼の奥さんは6歳になる仁美(ひとみ)ちゃん

という女の子を連れて、ふたりで遊園地に行ったりショッピングに行きました。

 

奥さんは、せめて休みの日くらい、仁美ちゃんと遊んで欲しいと思いました。

 

そんな母子家庭のようなふたりですが、七夕が近づき、彼のいないふたりだけの

夕食のとき、彼の奥さんは寂しそうな仁美ちゃんに七夕のお話をしてあげました。

 

むかし、はた織りが上手な神様の娘おり姫と、働き者の牛飼いであるひこ星は、

神様の引き合わせで結婚し、仲良く過ごしましたが、楽しさのあまり、

 

仕事をしなくなり、

遊んでばかりのふたりを神様は激怒し、ふたりを天の川の両側に引き離し、

 

ふたりが1年に1度だけ七夕に会うことを許しました。

 

これを聞いて仁美ちゃんは「私がおり姫なら、パパはひこ星なのね」

と言いました。

 

仁美ちゃんは、めったにしか話をしてくれない父親に、

寂しさを込めた言葉でした。

 

家族3人で一緒に遊園地に行ったのは3か月前が最後で、それ以来、

1度もみんなで外出することはありませんでした。

 

仁美ちゃんはそのときのことがとても楽しくて、もっとパパが

一緒に遊んでくれればいいのになと思いました。

 

七夕の日、彼は早く起きてきた仁美ちゃんに「今日は七夕だね、

欲しいものがあったら短冊に書いておきなさい、パパがお願いを叶えて

 

あげるから」と言って仕事に出かけました。

 

仁美ちゃんは、彼が仕事に行っている間に、一番欲しいものを

短冊に書きました。

 

その日の夜、彼はたまたま、夜の仕事がキャンセルになり、

久しぶりに早く家に帰ることになりました。

 

彼は仕事の帰りに、仁美ちゃんの大好物のイチゴのショートケーキを

おみやげに買って帰りました。

 

家に帰ると仁美ちゃんが「お帰りなさい」と大喜びで出迎えてくれました。

 

彼は仁美ちゃんに「仁美ちゃんが一番好きなイチゴのショートケーキを

買ってきたよ」と言って渡しました。

 

すると仁美ちゃんは「私が一番好きなのはショートケーキじゃない」

と言いました。

 

玄関には笹飾りが置かれ、仁美ちゃんが七夕飾りの短冊にお願いを

書いていました。

 

「お星さまお願いです、大好きなパパが早く帰って、一緒にご飯を

食べることができるようにしてください」と書かれていました。

 

彼が早く帰ってきたので仁美ちゃんは「お星さまが私のお願いを

叶えてくれた」と大喜びをしました。

 

彼は一生懸命に仕事をしてお金を稼ぐことが家族のしあわせだ

と思っていました。

 

その喜ぶ我が子の姿を見て、彼は深く反省し、仁美ちゃんをもっともっと

かわいがってあげようと心底思いました。

 

それから彼の家庭は、寂しい2人家族から楽しい3人家族に変わりました。

 

いくら仕事が好きでも、家族を大切にしないといけませんね。

本当のしあわせは家庭にあるのかもしれません。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私の友人に、株式投資で1億円以上稼いだ人がいます。

 

私と彼の関係は、小学校、中学校の同級生でクラスメイトでした。

私が彼のいる小学校に、5年生の時に転校した時が初めての出会いです。

 

彼は私と同様に貧しい家庭に育ち、お互いに貧しさの辛さを共有していました。

 

彼の父親は事故で亡くなり、母親と彼と妹の3人で暮していました。

小さな食料品店を経営していて、それで何とか貧しいながらも生活していました。

 

私の家にお金がなくなって食べるものがないとき彼は「お金は後でいいから」

と言って私にお店のパンと牛乳をくれたこともあります。

 

彼は貧しいけれど心はやさしく親切な子でした。

 

ふたりは貧しいがゆえにクラスメイトにいじめられることがよくありましたが、

私は彼がいることでとても心強かったことを覚えています。

 

私は彼の愛情に感謝し、お金では買えない強い信頼関係が生まれました。

私も彼も子供の頃は、お金持ちとは無縁で、人並みの生活をするのが憧れでした。

 

中学卒業後ふたりは別々の高校に進学しました。

 

彼は高校卒業後、勤めていた会社が倒産し何度も転職を繰り返したようです。

 

彼は先行き不透明な世の中に危機感を感じ、もらった給料の一部を

株式に投資するようになりました。

 

しかし、株はそんなに甘いものではありません、最初の頃は損ばかりでした。

そのうち彼は自分は株式投資には向いていないと思うようになりました。

 

そこで彼は、同じ株式投資をするなら自分の利益ではなく、社会や人に役立つ投資を

しようと考え方を変えました。

 

将来性があって、社会や人にやさしく、誰も注目していない小さな企業に

投資すれば自分のお金も役に立つかもしれないと思いました。

 

彼は自分が愛を感じる企業を、応援する気持ちで長期投資しました。

 

彼は株を売ったり買ったり頻繁にはしません、よほどのことがない限り、

買ったらずっとそのまま持ち続けました。

 

最近の株高で、彼の欲のない愛ある株式投資は、気が付けば、1億円以上の

利益を稼いでいました。

 

彼が子供の頃に、困っている私にパンと牛乳をくれた時のやさしい気持が

残っていて、そんなやさしい気持ちで企業を応援した結果が利益を

 

生んだのだと思います。

 

最近、彼と会ったときの言葉です。

 

「お金は生きるための必要最低限でいい、しかし、愛はいくらあっても

余ることはない。」

 

彼は将来、稼いだお金を、飢餓で苦しんでいる貧しい国の子供たちのために

寄付することでお金を愛に変えたいと言っていました。

 

彼は株式投資をすることでお金持ちになりましたが、まったく贅沢をすることなく

子供の頃の念願だった人並みの生活で満足しています。

 

ふたりともお金より愛の方がはるかに大切だと心の底から思っています。

貧しさの中から見つけた友情は今でも続いています。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

私はお笑い番組が大好きで、テレビやYouTubeでよく見ています。

こんなバカなことやってお金を稼いでいるなんていいなと思います。

 

でも、お笑い芸人さんって素晴らしいなと思います。

落ち込んでいる時、そのお笑いが私を救ってくれるからです。

 

楽しいお笑いの裏には、その芸人さんの過去の辛い経験があり、

それを肥やしにしてお笑いに取り入れているのでしょう。

 

なのでお客に辛いことがあっても、自分のお笑いで少しでも元気になって

もらいたいという切なる思いがあるから、こころに響くのだと思います。

 

私はお笑いを通してやさしい愛を感じます。

 

話しは変わります、私が若い頃、会社の同じ部署に女性の先輩がいました。

 

仕事に厳しく真面目で、私は彼女にいつも細かいことを注意されていました。

私の将来のことを考えて、若いうちにきちんと教育しようと思っていたようです。

 

でも、お昼の休憩時間になると、その女性は天真爛漫、バカ丸出しでした。

 

彼女の包み隠さない話はみんなの興味を引くようで、彼女の周りには多くの人が

集まって一緒にご飯を食べていました。

 

彼女の恥を知らないバカ話は、周りの人のこころを惹きつけるんですね。

彼女の話を聞く周りの人は爆笑の連続でうるさいくらいでした。

 

私は他の同僚と少し離れたところでご飯を食べていましたが、いつも、仕事中とは

別人のようだと思っていました。

 

私は彼女の話しているのを聞いて、彼女がバカになることで、職場のみんなが

元気になるような気がしました。

 

一緒に仕事をしない他の部署の人は、彼女を見て、それが本来の彼女の姿だと

思っていたでしょう。

 

私は知っています。

 

彼女は若い頃ご主人と離婚し、ひとりで幼い子供を育て上げるのに苦労し、

辛い思いをしてきたことを。

 

辛くて心細くて、死んでしまいたいと思うようなこともあったようですが、

彼女は多くの人の愛によって助けられたようです。

 

なので、彼女はなんとかその人たちに恩返しをしたいと思っていました。

考えた末、彼女が自分でできることは、バカになって人を愛することでした。

 

彼女は自分の過去の辛さを笑いに変える話術を身につけたようです。

 

人のこころの痛みを知り尽くした彼女はまさしくお笑い芸人ですね。

愛を持ってバカになることで周りをしあわせにするんですね。

 

今の世の中、こころの病で苦しんでいる人がたくさんいるように思います。

 

こころの中に閉じこもっていないで時には彼女のようにバカになれば、

親身になってあなたの話を聞いてくれる人が現れるかもしれませんよ。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

 

少し前のことですが、ホームセンターで買い物をしていると私の後ろから

「お元気ですか?」と中年の女性が声をかけてきました。

 

私は彼女の顔には見覚えがあるのですが、すぐには彼女が誰なのか

思い出せませんでした。

 

私が困惑した顔で彼女を見ていると「いつも義母のことで悩みを

相談していた○○よ、覚えていませんか?」と笑顔で言いました。

 

私は思い出しました、もう10年以上前でしょうか、

同じ部署で働いていた女性でした。

 

ふたりは自販機のコーヒーを飲みながら、一緒に働いていた当時のことを

思い出しながら話が弾みました。

 

彼女は子供の頃から身体が弱く、病気でよく学校を休んでいたようです。

彼女の母親は病弱な彼女を心配して、やさしく彼女を育てたようでした。

 

そして彼女は二十歳の頃、同じ会社の男性社員と結婚したそうです。

 

彼は長男であり、ふたりは彼の実家で彼の両親と同居することになりました。

 

結婚当初、義母は彼女にやさしかったのですが、彼女の家での働きぶりを

見てだんだん厳しくなりました。

 

義母は学生時代スポーツ万能で身体を鍛え、家では母親から厳しく躾られ、

心身ともに頑強な女性でした。

 

そんな義母から見る彼女は、とてもだらしなく思えたようです。

 

義母は朝早くから炊事、洗濯、掃除を完璧にこなし、率先して町内会の役員の

仕事に取組み、趣味でコーラスにも参加していました。

 

義母は彼女のすることなすことすべてケチをつけました。

「あなたのお母様は今まであなたにどんな教育をしてきたの?」

といじりました。

 

病弱だった彼女をやさしく愛して育ててくれた母親の悪口を言う義母には

彼女は腹が立ちました。

 

彼女が一番悔しかったのは、親戚が集まるお正月、義母が親戚の人たちに

「うちの嫁はさぼってばかりでちっとも仕事をしない」

 

と陰口をたたいたのを聞いた時でした。

 

でも彼女はいつも身体がだるくて、義母のように元気に振舞うことは

できませんでした。

 

彼女の旦那はいい人で、ふたりの仲が悪くてもどちらの味方にもならず中立でした。

もし彼が義母の味方をしたらきっと彼女は離婚していたと言います。

 

パートで私の部署に入ってきた彼女はいつもそんなことを私に話していました。

 

そんな彼女でしたが今はどうなっているのかと聞くと、あの鬼のようだった義母は

2年ほど前に脳梗塞で半身不随となったそうです。

 

身体の不自由になった義母をみると、やさしい彼女は放っておけませんでした。

身の回りのお世話をすべてしたそうです。

 

でもその義母も今年の春に亡くなったそうです。

 

私は彼女に「やっと肩の荷が下りたね」と言ったところ、

彼女は「こころに穴があいたようでとても寂しい」と辛そうでした。

 

どうしたのかと思って理由を聞くと、彼女が義母のお世話をしていて、

亡くなる少し前に言われた言葉が忘れられないようでした。

 

「ごめんなさい、私はあなたの体調が悪い時、怠けないで気合を入れて

頑張りなさいと厳しく叱りました、辛かったでしょう。

 

身体が不自由になって初めてあなたの気持ちがわかりました、

どうか今までの私を許してください」と涙を流して謝りました。

 

それを聞いた彼女は、今までの苦しみや義母に対する恨みがすべて消えました。

こころがつながることは憎しみが愛へと変わる瞬間でした。

 

私は彼女からいい話を聞きました、こんな話を聞くと生きることって

とても素晴らしいことなんだと感動しました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

少し疲れてきました。

 

今回は肩の力を抜いて遊び心で書いてみました。

 

 

ブログの世界は愛と感動のお花畑、たくさんの花がきれいに咲いています。

 

もしも私がみつばちだったら、おいしい蜜を求めてお花畑の中を

飛びまわるでしょう。

 

 

ガーベラのように希望と冒険心で常に前向きな花。

 

ひまわりのようにあなただけを見つめる情熱とあこがれの花。

 

さざんかのように困難に打ち勝つひたむきな花。

 

ローズマリーのように思い出や変わらぬ愛を表現する花。

 

ブーゲンビリアのように純粋な愛の気持ちや情熱を伝える花。

 

 

どんな花でも色や形が違うようにそれぞれ蜜の味も違います。

甘いものだけではありません。

 

 酸味のあるもの、塩味のあるもの、苦味のあるものもあります。

 

私はとても欲張り、いろんな花からたくさん蜜を吸いたい。

 

きれいに咲いた花はここにおいでと呼んでいます。

私は近づきやさしく愛を伝えます。

 

おいしい蜜の花には、おしべとめしべの愛のように

同じ想いを綴る友や仲間が集まります。

 

飾り気のない素朴な花でも、こころがこもった花はとても美しい。

時には、感動で胸が震えることも。

 

美しくてもまれにとげのある花も、そんな花を見つけたら

私のお尻から愛の針をチクリと刺すかもしれない。

 

咲いたばかりの花はとても純真で、不安で震えるこころがよくわかる。

私はこの花が大きく美しく咲くように、やさしく見守ってあげたい。

 

誰もいない片隅でぽつんとひとつ、きれいに輝く花もある。

こんな花見つけたら独り占めしないで、みんなに知らせてあげたい。

 

私はブログの世界では、きれいな花は咲かせられないけれど、

みつばちになって 花から花へと愛と感動を伝えたい。

 

こんなブログでごめんなさい。

 

私たち夫婦のお金の管理は、男性である私がいつもしています。

 

私の家庭も結婚当初は妻がお金の管理をしていましたが、お金の使い方が下手で、

使いすぎて次の給料日までになくなってしまうことがよくありました。

 

そのため今では、私がもらった給料は食費と光熱費などだけ妻に渡して、

残りは私が管理しています。

 

最近物価が上がり始めましたが、私の給料はあまり増えていません。

 

給料の中から妻に毎月渡す金額を増やしてあげたいのですが、将来のことを

考えると余裕はないし、私のお小遣いを減らすのも辛いです。

 

話は変わりますが、以前私がテレビを見ていた時何かの番組の中で、

もしあなたが生まれ変わったら、いまの奥様やご主人ともう一度結婚しますかと

 

街行く人々にインタビューしていました。

 

様々な回答がありましたが、私だったらどうするだろうかと考えてみました。

 

新婚当時はやさしかった妻ですが、だんだん妻の座に胡坐をかき強くなって、

私を粗大ごみのように扱っているような気がします。

 

私はそれを考えると、世界中にはたくさんの女性がいるわけだから、

別に今の妻ではなくても、私と気が合う女性はたくさんいると思いました。

 

私は、同じ人間ならどんな女性とでも相手のことを理解してこころが通じれば

うまくいくはずだと思いました。

 

なので私は生まれ変わったら別の人と結婚してもいいと思いました。

 

話しは戻ります。

 

最近私と妻が一緒に買い物に行った時、妻は少し足を引きずり時々立ち止まり、

歩きにくそうにしていました。

 

私はそのときあまり気にしていませんでしたが、ある時妻が本屋さんで

健康本のコーナーで立ち読みをしていました。

 

私は横からのぞき込みました。すると膝の痛みについての本でした。

私はその時初めて妻の膝が悪くなっていて歩きにくいのだと知りました。

 

私は妻に「膝は大丈夫?」と聞いたところ、妻は「大丈夫だから気にしないで」

と答えました。

 

いつも我慢強く弱音を吐かない妻が、膝の痛みの本を読んでいたのは

相当辛かったのだと私は思いました。

 

私が家に帰って話を聞いたところ、お金がなくて膝の薬を買えないよう

でした。

 

もし私が妻の膝のことに気付かなければ、妻はどんなに

痛みを我慢し続けたのだろうかと思いました。

 

私の不甲斐なさで、こんなに妻に苦労をかけたのかと思うと

とても情けない気持ちになりました。

 

でも、先日少ないお金の中から、私の誕生日にはステキなハンカチを

プレゼントしてくれました。

 

私は妻のやさしさを忘れていました。

 

そのハンカチを見て、妻が「私の悲しい涙をこれで拭いてちょうだい」

と言っているように思いました。

 

私はすぐにお小遣いの中から膝の痛みを和らげるお薬を買って妻に飲ませました。

すると1週間も経たないうちに効き始め、今ではとても楽になったようです。

 

その時までは、生まれ変わったら別の女性と結婚してもいいと思っていましたが、

私は生まれ変わっても今の妻と結婚して、今度こそは妻を楽にしてあげたい

と思うようになりました。

 

そしてこのハンカチで、妻のしあわせの涙を拭いてあげたいと思います。

 

こころが繋がっていれば、人と人との縁は死んでも簡単に切れるものでは

ありませんね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

私は先月、友人の家に遊びに行きました。

緑に囲まれた彼の家は、疲れた私のこころを十分癒してくれました。

 

彼の家で楽しい時間を過ごしましたが、冷たいものが食べたくなりました。

私は暑い中、歩いてコンビニにアイスを買いに行きました。

 

家から歩いて5分くらいのところにコンビニがあるのですが、

たった5分歩いても汗が流れ出て体が熱くなります。

 

コンビニに入ると、冷房が効いていて、とても気持ちがいいですね。

 

特に暑い時には、アイスクリームよりも、アイスキャンディーのほうが

さっぱりして好きです。

 

私は彼と一緒に食べようと思い、数本入りの箱に入った

アイスキャンディーを買いました。

 

私がアイスを買って帰る途中、おばあさんが汗をかきながら

辛そうに歩いていました。

 

帽子をかぶっていますが、この暑さでは、あまり役に立たないように

思いました。

 

足取りが重く、よろけながら歩いているので私は心配になり

「おばあさん、こんなに暑いのに外を歩いても大丈夫ですか?」

と声をかけました。

 

私は少し休みましょうと彼女を木陰に誘いました。

木陰に吹くさわやかな風は、少し彼女を落ち着かせました。

 

私はどうしてこんなに暑いのに歩いているのかと聞いてみました。

彼女は亡くなったご主人のお墓参りに行って、その帰りのようでした。

 

彼女はご主人を今年の初めに亡くし、毎日欠かさずお墓参りを

しているようでした。

 

季節の移り変わりを感じることに少し鈍感になっているのかもしれません。

 

私は「こんな暑い日はお休みしたほうがいいですよ」と言ったところ、

 

彼女は「主人が亡くなる前は、病気で苦しんでいるのに何もして

あげられなかった、それを思うと、これくらいの暑さなんかで

お墓参りを休むことはできません」と言いました。

 

今彼女にできることは、一日も欠かさずお参りをすることだそうです。

彼女のご主人に対する愛情は、暑い日差しよりも熱かったのです。

 

彼女はひとり暮らしで、家にいても誰とも話すことがないので寂しくて、

ご主人のところに行って話をするのが一番の楽しみだそうです。

 

この暑さの中を歩いて、汗びっしょりになった彼女を見て、

私は熱中症にならないかと心配になりました。

 

私は「こんな暑い日には、お墓参りはしないで、家でゆっくりして

いたほうがいいですよ、そのほうが天国のご主人もあなたの健康を考えて

喜んでくれますよ」と少し強く言いました。

 

そして、さっき買ったアイスキャンディーを取り出し、

彼女に食べてもらいました。

 

すると、暑さで弱り切っていた彼女は正気を取り戻しました。

 

彼女は「今まで食べたアイスのなかで一番美味しい、体が冷めるのに

こころは温かくなる」と驚き、感激しました。

 

こんな人情の味がするアイスは生まれて初めて食べたと喜んでくれました。

一人暮らしで寂しい彼女にとって、私の気持ちがうれしかったのでしょう。

 

家に帰って今日のことをお爺さんに報告すると言って帰りました。

きっと、天国のお爺さんも喜んでいることでしょうね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。