「人より三年も長く学生をやれていいな、羨ましい。」などと言われることがある。ふざけるなと言いたい。高校三年生のときにも、浪人をしたときにも、遊ばずに必死で勉強をしていた自信はある。羨ましがるのなら、浪人を経験させてあげたいものである。
留年も大変であった。遊び呆けていたわけではない。自分の中での譲れないこと、貫き通したいことを優先していたら、いつの間にか戻れない所にまで来てしまっていた。一個下、二個下の学年の子たちとともにゼミを受けるのは、精神的にも非常に辛く、慣れるのに時間を要した。周囲からの視線が気になる時期もあった。ただ単に遊んでいるだけの留年生はいないと私は思う。どんな人でも、心のどこかに重荷を背負っていて、それと必死に闘っているはずだ。
「モラトリアムをもっと満喫したい」「まだ学生でいたい」と、社会に出ていく人々は口を揃えて言う。内定先も決まり、卒業を目前に控えて、私はこう思う。「早く卒業したい」と。そもそもモラトリアムというものは存在しないのではないだろうか。学生生活を延長したとしてもそこに待っているのは、モラトリアムとは別の何かである。私はもう学生ではいたくないし、早く社会人になりたいと思っているが、いずれは彼らと同じような気持ちを抱く日が来るのだろうか。もし来たのであれば、その時に「大人」になったのだと言えるのかもしれない。
これ、今日提出したクソ適当なレポートです。