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誤差の範疇

思うところアリ

また服の話なのだが…

僕はコミュ障というか元々根暗で、浪人を終えた頃にはそれはもう大層どんよりしていた。人々からありがたく受け入れられているものじゃないタイプのマイナスイオンを撒き散らしてるようなやつ。自分から人に喋りかけたりとかは以ての外。

大学一年のときの第二外国語はロシア語。授業をTシャツ(パーカー)+スウェットで受けることの尋常じゃない楽さに気付いた僕は基本的に私服は着てませんでした(だから今も全然服持ってない)。当時バンド凛として時雨にハマっていたからよくそのライブTシャツを授業で着ていたのだが、なんとそれに気付いたクラスの子が話しかけてきてくれたのだ。サークル以外で友達ができるなんて微塵も思っていなかった僕にとっては完全に青天の霹靂。

似たような奇跡が大学五年のゼミでも起こる。
二留して、二個下の学年と共にゼミ合宿とかいう地獄にブチ込まれたとき僕は人生で一番惨めで陰鬱な気持ちだった。みんな気まずそうだし本気で早く終わってくれないかな…と思っていた夕食のとき。
「あの、アジカン好きなんですか?!」
僕が着ていたのはアジカンの武道館ライブでのTシャツだった。何も考えずに、合宿だから、着ていた。あのとき話しかけてくれた子がいたおかげで気分も相当楽になり、ゼミも最後までやり遂げられたと冗談でなく思う。


つまりTシャツ一つで自分の人となりの一部を周りに示していたのだということだ。ファッションセンスが良ければそれはそのまま「オシャレな人」ということで認知される。これは普通に立派なことだと思う。しかしオタTやライブTなどを着ることもまた、周囲への自分の趣味の報告となりうるのではないか。

突き詰めて言えば、身に付けているもの─外見とはその人の自己紹介なのである。
僕たちは今日も社会に自己紹介をしながら街中を歩く。
僕の今日の服装はもちろんパーカーにスウェット。
4月から毎日「社会人」という名のスーツに身を包むのだ。
ならば今だけは、「春休みで倦怠感の渦巻く大学生」であるのだと、自己紹介していこうじゃないか。