日本には「カスケード (CASCADE)」というグループがあります。
そのグループが活動していた三十年前に
「カスケーズ (THE CASCADES)」というグループがあるのです。
カスケードはカスケーズとは音楽性が違うので、
きっとカスケーズの存在を知らずにカスケードと命名したと考えられます。
それはいいとして。
アメリカンポップスを象徴するグループというのがカスケーズらしいです。
時は1962~63年。ビートルズがアメリカに進出していない頃です。
そんな頃にカスケーズがリリースしたのが、「Rhythm of The Rain」(1963年作)
ヒット曲「悲しき雨音」を収録したファースト・アルバムです。
バリアント・レコードから発売されました。
派手なところはないものの、非常に穏やかで聴いていて安心します。
リーダーのジョン・ガモーの歌も良いです。
突出した特徴があるわけではないですが、素朴で甘い声がとても綺麗です。

去年から私は「Masters of POP Best Collection 1000」というシリーズとして
発売されているアルバムを物色していまして、
その中から「Rhythm of The Rain」を買いました。
気に入ったので、セカンドも買おうとアマゾンで検索したのですが、
ベスト盤ばかりでアルバムらしきアルバムがありません。
ファーストアルバムだけで終わったのかと思い調べると、
ファースト発売以降もシングル、アルバムをリリースしていました。
しかしセカンドアルバムの発売年が1968年。
ファーストから五年経っているではありませんか。
1975年に解散するまでに三枚しかアルバムを出していなかったのです。
それだけではなく、レコード会社も変えまくり。
音楽性も変わっていったようですし、1966年にはジョン・ガモーが脱退を。
リーダーでありボーカルという、"バンドの顔"が脱退しているではありませんか。
ということはセカンド・アルバムのときにはジョンは居なかったんですね。
とりあえず、ベスト盤でも買ってみようかと思いました。
セカンドがもしCD化したら……買うかもしれない。
 2014年の12月のことですが、大滝詠一さんのベスト盤が発売されました。
初回限定盤と通常盤が同時発売というのも不思議な気がしました。
結局初回盤は未だに売っていますし。
シングルヴァージョンが多かったりと嬉しいところはありましたが、
実際のところはアルバム版とそんなに変わらないし……。
過去を振り返るという点では良かったのかなという感想でした。

 大滝さん亡きあとに出たアルバムは、
・Best Always
・Niagara CD Book II
・Niagara Moon - 40th Anniversary Edition
・Songs - 40th Anniversary Ultimate Edition
「Best Always」を除けばかなりマニア向けで、どれも高価。
私くらいの年齢ではそんなにお金もありませんので、毎回大変です。
そんな状況に追い打ちをたてるかのように登場するのが、「Debut Again」。
何でも大滝さんが他の歌手に提供した曲を収録したものだそうです。
それだけでは普通ですが、大滝さん自身が歌っている音源収録のようです。
提供曲でもしっかり歌っているんだと思った瞬間でした。

 そして今回も「Best Always」同様、初回盤と通常盤が同時発売。
初回盤のみ二枚組仕様。内容は今のところ未定。
そういえば「Best Always」の初回盤は三枚組で、
ボーナスディスクには収録曲のカラオケが収録されていました。
ですので、「Debut Again」のボーナスディスクも
カラオケなのでは……と予想しています。
今のうちに予約しておくのが手でしょうか……。

2016年3月27日追記:・・・と見事に予想が外れたわけですが。
まだ買っていませんので、近いうちに買っておきたいですね。
初回限定盤とはいえ、今での傾向だと一年後も廃盤にならないでしょうし、
気楽に構えてもいいような……と思ってしまいます。
 チューリップの「風のメロディ」という曲は
とあるバンドの曲からパクったというのはやや有名な話です。
それがジグソーというバンドの「スカイ・ハイ」という曲です。
プロレスラー、ミル・マスカラスの入場テーマ曲がこれだったり、
番組やCMなどでもよくかかる曲ですので、
聴いたことのある人はかなり多いでしょう。
しかし「スカイ・ハイ」と知っている人は少ないでしょうし、
アーティスト名が「ジグソー」とわかる人はもっと少ないでしょう。
私もその一人で、てっきり映画か何かのテーマ曲と思っていました。
この認識は間違いではなく、もとは「The Man From Hong Kong」という
映画のテーマ曲として作られたものでした。
チューリップがパクったおかげで、ジグソーを知ることができたので、
さっそくAmazonで検索をかけました。
するとベスト盤ばかり出てくるではないですか。
肝心のアルバムは十年前に紙ジャケットで発売されて全て廃盤に。
しかも初期のアルバムは一度もCD化されたことがない。

ジグソーの謎な点を挙げると
・初期二枚のアルバムはCD化されていない。
・海外バンドなのに日本以外はジグソーのアルバムをCD化したことがない。
・「Jigsaw」というアルバムが二枚あって内容が違う。
・ウィキペディアの日本語版と英語版ではディスコグラフィが異なる。
・1981年解散とある割には、それ以降もシングルが出ている。
・四人組と思っていたが、英語版Wikiでは5人。Discogsでは三人。
・Youtubeで調べても映像が極端に少ない。

これらの大半は「一発屋」「方向性がブレブレ」といった理由でしょう。
しかしベスト盤を聴くと、一発屋とは思えないほど良い曲が多く
これはもっと聴くべきだと「コンプリート・シングル・コレクション」を購入。
結果、非常にハマっています。

何と言っても作曲能力が高く、音楽性も広い。
その器用さ故に、方向性が分かりにくくなっているように考えます。
ドラムがボーカルというのも面白いです。

メンバーは
・デス・ダイヤー (ボーカル・ドラム)
・クライブ・スコット (ボーカル・キーボード)
・トニー・キャンベル (ギター)
・バリー・バーナード (ベース)
・トニー・ブリトネル (サックス)
・ケヴィン・マホーン (サックス)

1968~1970
1968年と結成は意外と古く、初期の頃はバブルガムな
印象があり、「スカイ・ハイ」の頃よりも好みです。
サックス奏者が二人居たりと、後には無い音楽性です。
作曲は主にスコットとダイヤーの二人が担当。
1970年にファースト・アルバムが発売されますが、
レコーディング前にケヴィンが脱退。

1971~1974
その後、ややプログレ要素を含む方向を経て、
ソフトロック中心のバンドになるのでした。
美しいメロディが魅力です。
1974年にトニー・ブリトネルが脱退。サックス無しのバンドに。

1975~1977
そしてついに出たのが「スカイ・ハイ」
その次の「ラブ・ファイヤー」も
「スカイ・ハイ」の二番煎じ感が出ていますが、ややヒット。
1976年には来日を果たしています。
段々とデス・ダイヤーのファルセットボイスの頻度が高くなり、
一時はブラックマーケットに接近しようとしていたのでした。
それは上手くいきませんでしたが。

1978-1981
その頃からジグソーは迷走し出し、
(サウンドトラック含む)アルバムが三作連続オクラ入りという異例の事態に。
そうこうしている内にトニー&バリーが脱退し、メンバーが二人になります。
後半はシンセ・ポップらしきことをするも、81年に解散。

1982-
しかしスコット、ダイヤーのコンビは解消することはありませんでした。
解散以降もジグソー名義でシングルを出したりしています。
解散とは何だったのか。


何といっても初期の頃が興味深い。
急速にソフト・ロック系統のバンドに成長するのも素晴らしい。
後半の迷走も、ある意味興味深いです。
 定期的にハマるバンドが、このビーチ・ボーイズです。
ビーチ・ボーイズに興味を持ったのは中学三年生の時。
私は同じくベンチャーズにも興味を持っており、
二つとも同じサーフィン系統の音楽をやるバンドだと思っていました。
誰でも最初の印象はそんなものと思います。
ベンチャーズは色んなバンドやミュージシャンの曲をカバーしまくる
音楽性に節操のない人達で、特にサーフィン限定でもありませんでした。
ビーチ・ボーイズにしても、彼等が「ビーチ」だった時期は四年ほど。
ボーカルのマイク・ラブのハゲの進行や、
ブライアン・ウィルソンの肥満なども考えて、
「ボーイズ」だった時期も十年と持っていません。
彼らが「ビーチ・ボーイ」だった時期はほんの僅かな期間でした。

 まずリーダーのブライアンがサーフィンをしませんでした。
サーフィンに打ち込んでいたのはドラムのデニス・ウィルソンのみ。
元々デニスが兄のブライアンにサーフィンの曲を作ってくれと
ねだったのがそもそもの始まりでした。
その曲でデビューしようとしたら、レコード会社が勝手に
バンド名を「ビーチ・ボーイズ」にしてしまったのもバンドの由来。
曲も名前も流行に乗っただけの軽い人達にしか見えません。
ブライアンはそんな現状に納得がいかず、
必死で自分の求める音を作りだそうと、身を粉にして努力し、
そして壊れたのでした。

 サーフィンを中心とした陽気なイメージを持っていた私でしたが、
段々とそれは違うものだったのだと気付いたのでした。
以下、個人的な区別をしてみました。

1961-1964 Surfin' Safari~Concert
 主にサーフィン、車、女の子といったものをテーマにした曲が多く、
アイドルグループそのものでした。
しかし中にはブライアンの内省的な部分を持った曲もあります。
一年に三枚のアルバム、四枚のシングルを出すという契約に、
終わらないツアーがブライアンを苦しめました。

1965-1966 Today~Pet Sounds
 ブライアンはついにライブに出ることを拒み、
一人、自分の求める音を探ることになります。
その思いはどんどんと強くなり、しまいにはメンバーを演奏させず、
腕利きのスタジオミュージシャン達に演奏のほぼ全てを頼ることになります。
さらなる高みを目指し、ブライアンはドラッグによって曲を作り出していきました。

1967-1973 Smiley Smile~In Concert
 本格的に廃人と化したブライアン。
それ以降は他メンバー達が代わりに頑張っていくことになりました。
ライブバンドとしても活躍し、ブライアンが居なくてもやっていけることを証明。
同時に試行錯誤の時代でもあります。
一方のブライアンは酒煙草薬。たまにスタジオにフラフラ現れる状態。
一応はアルバムに参加しています。

1974-1983 15 Big Ones~Keepin' The Summer Alive
努力もむなしく、どんどんと売上が落ちて行った彼等ですが、
ここでベスト盤が大ヒット。リヴァイバルが訪れます。
そこでブライアンに何とか復帰をしてもらい、2枚アルバムを発表。
しかしここでも試行錯誤で、シンセサイザーやディスコといった
ちょっと似合わない要素が出て来ます。
活動も停滞していき、バンドは解散寸前になったところで、
ドラム担当のデニス・ウィルソンが亡くなります。

1984- The Beach Boys~
 それ以降は結束力を高めたり、分裂したり。
ブライアンは精神科医にコントロールされ、カール・ウィルソンは死に・・・。
「Kokomo」が全米1位になり、ブライアンがライブをするようになったりと、
悪い事ばかりではないのですが・・・。
最近だと演奏はミュージシャン達に任せ、
メンバー達は歌とコーラスを担当するという感じだったらしい。




 はじめまして。
私は一人の17歳の男です。
趣味はCD収集です。
最初にこのブログを始めようと思った、きっかけを書きます。

中学時代、同級生達と音楽の話が挙がることがありました。
しかし、お互いの聴いているアーティストを知らないため、
音楽の話で盛り上がったことがありませんでした。
そして高校に入学する時、一つの希望を持っていました。
「高校には私と音楽の趣味の合う人間が居るかもしれない」

高校での自己紹介に、好きなミュージシャンを答える時間がありました。
私はニュー・ミュージック(New Musik)、アソシエイツと答えました。
そして一人「ビートルズ」と答える人が居ました。
ビートルズ。有名どころではありますが、中学には居なかった人でした。
当時の私はビートルズをあまり聴かなかったのですが、
彼と話すために四枚ほどアルバムを買いました。
彼にビートルズで好きな曲を訊くと、「Let It Be」とのことでした。
ベタな選曲とは思ったものの、名曲だし当然とも思いました。
それに彼はポール死亡説も知っていたため、
そこそこのマニアである可能性もあると考えました。
私は「自分は"消えた恋"が好きだ」と返しました。
すると彼はピンと来ていない様子でしたので、
すかさず「What Goes On」と原題を言いましたが、やはり駄目。
その時はリンゴ・スターには興味は無いのかと思い納得しました。
しかし他に好きな曲はと訊くと「Imagine」と返ってきました。
イマジン
これはジョン・レノンのソロです。
わざと言っている可能性も考えましたが、
「Love Me Do」も知らない様子でしたので、これは違うと思ったのでした。

彼と深い音楽の話をする事は出来なかったものの、感謝すべき所はあります。
私が70年代以前の音楽を聴くようになったきっかけは、まさしく彼なのです。
彼があの自己紹介の時、ニルヴァーナやグリーン・デイなどと答えていたら
こういう事にはならなかったのでした。

 十二月、鈴木慶一のコンサートを見るため東京へ行きました。
終わった後、親と居酒屋で夕食を食べていると、
隣の人達がムーンライダーズなどについて話しているのが聞こえました。
これはまたと無いチャンスと話しかけると、
ムーンライダーズに収まらず、ロック~ニュー・ウェイブと
色々と話が広がりました。
私は「東京に色々な音楽を聴いている、十代の人は居るのか」と訊くと
「居ないだろう」と答えられてしまいました。
この日本に私のような人間は一人も居ない気がしました。
というわけでこのネット時代に、私は色々な音楽を
ここで紹介しようと思い立ったのでした。
ひょっとしたら十代の方が見るかもしれないという期待も込めて。
おそらくまず無いと思うのですが・・・。
また、私の音楽修業はまだまだこれからで、知識もそこまでです。
これからも新たな収穫があれば、随時ここに書いておきたいです。