集いの場 | レット症候群患児の記録と母の戯言

レット症候群患児の記録と母の戯言

マイナーな病気、レット症候群。進行性の神経の病気。何も出来ない娘、そして私。1才程度が成長のピークだった娘の記憶と記録。


行き場を探していたあの頃の話の続き。


どこから聞いたか定かではないけれど、

未就学で、発達に不安のある子と親が集まる場を月に2回2時間程度、提供している。

とのこと。


この情報にたどり着くまで結構かかったよ…これまた定かじゃないけどね~

タダだったし、ボランティアスタッフも沢山いたし、発達障害を診ている医者まで呼んでいたし、公的な所が主催だよね?

でもなかなか辿り着けない。

此は如何に??


まぁ、いいや。





で、聞くと割と家の近く。

ドキドキしながら行ってみた。


場所はいわゆる体育館。

バランスボールやトンネルや小さな滑り台やらが配置されている。

一角にマットが引いてあって、いわゆる知育玩具や折り紙や本が置いてある。

それからたくさんのボランティアスタッフ。
…数回行ったけど、利用者より断然多い。

事前情報では、お母さんの話し相手になったり、子供の相手をしてくれるそうだ。


肝心の親子連れは多くて10組程度、少ない時はウチ入れて2組とかもあったなぁ。


こういう場を求めた理由の一つは、他の悩めるお母さんとの交流、だったのだけど、難しかったなぁ~
それは今もだけどね~

少ない利用者にボランティアさんがびっちり付いてたり、ひたすらスマホ見てたり、動き回る子供を追いかけてたり。


それでも気の利くボランティアさんが、お話しされたらどうですか?と人を紹介してくれたりも。

そのお母さん、気さくな人で会えば時々話もしました。


お子さんは染色体異常と軽い脳性麻痺だとか。
5才で歩けるようになったと。


この頃の私。

まだ1才のユキ、更に発達は遅れていたけれどもずり這いはしていた。
成長の可能性を、希望を持っていたんだと今は、分かる。

5才かぁ…
それは大変だなぁ。

とか呑気な感想持ったから。


福岡での療育の場の情報を最初に教えてくれたのはこのお母さんでした。



そんな場でしたが、4.5回程しか行かなかったなぁ。

発達遅延が発達遅滞になり、徐々に出来なくなり、そして手揉みが始まり病名が付き、で行ける精神状態じゃなくなった。


時が経ち、少し落ち着きを取り戻してからも行けなかった。

そこは健常児の集う場と同じ、私の中ではそんな場になってしまっていた。

少しずつでも成長し、自らの意思を示す子が集う場所。

行くのが怖くなった。



それとは別の要因もあったんだけどね。

次。

集いの場、ユキ編。