今日は。

朝晩冷え込みますね。

病院も、マスクを付けている人でいっぱいです。

風邪には、気をつけましょう。

 

まずは、ご訪問ありがとうございます。

 

この前、#ダイコンの写真を載せるのを忘れていました。

こんな感じです。

3代目でしたが、食べられました。

 

こちらが新しい #ダイコンです。

 

               ↑ 赤いのが、種です。

こちらが #ほうれん草です。冬を越すかなぁ?

冬は、日射の範囲が少ないので、あまり植えません。

 

農家さんは、#サツマイモの収穫に追われています。

 

                ↑トンボ

           ↑トンボ

 

では、今日の癒しです。

 

#椿山荘 の資料が見つかりましたので、お届けします。

都内の中でも、自然が豊富な場所です。

庭園散策だけでも 30分かかります。

夜は、ライトアップもあるので また、楽しめます。

 

           =椿山荘=

 

古来より椿が自生する景勝の地として知られ、1300年代の南北朝期の頃

から「つばきやま」と呼ばれていました。

軍人・政治家であった山縣有朋が、明治11年(1878年)に、私財を投じて

「つばきやま」を購入し庭、邸宅をつくり、「椿山荘」と命名しました。

庭の全体計画や細部の意匠を指導したのは、山縣自身でしたが、この施工

には当時東京を代表する庭師であった岩本勝五郎が起用されました。

目白台地の崖線や緩傾斜を利用した芝生園地と流れ、池を特徴とした庭は、

造園当時から生花界の重鎮であった近藤正一など、多くの文化人によって、

日本で最も天然趣味に優れた名園と評価されました。

 

 

 

三重塔

国指定有形文化財 三重塔「圓通閣」

平安期の歌人として名高い参議・小野篁(おののたかむら)ゆかりの寺院、

広島県賀茂郡の篁山竹林寺(たかむらさんちくりんじ)から 大正14年

(1924年)に目白の森に移築されました。

平成22年(2010年)に行われた移築後初の「平成の大改修」によって、

従来、建築様式から室町時代末期の建立かとされていましたが、

年輪年代測定法で調査により、1420年頃(室町時代前期)の部材が

使われていることが判明しました。

ただ、平清盛が第1回目の修復をしたという言い伝えもあり、創建の

謎はいまだ明らかにされてはいません。

この大改修の際に、本尊として「聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)」

を奉安。臨済宗相国寺派・有馬頼底管長猊下による落慶ならびに

入仏開眼法要を執り行い、「圓通閣」と名乗るところとなりました。

 

 

 

 

<般若寺式石灯籠>

鎌倉後期の逸品。

江戸期の茶人や造園家の間で「名物の灯籠」の一つとして人気を

得ていた「般若寺式」の石灯籠。 

その評判ゆえ、多くの模作が造られましたが、昭和53年(1978年)

石造美術研究の権威・川勝正太郎博士により、「椿山荘」の灯籠が

鎌倉期に作られた原作」であり、奈良県般若寺に現存するものは

その写しであろうという調査結果が発表されています。

 

<大黒天>

ホテル椿山荘東京の庭園には七福神が散りばめられています。

最初に出会うのは、結婚や仕事で良縁をもたらす神様で、幽翠池と

チャペル「ヴァンベール」の間にあり、池のそば、満面の笑みで

迎えてくれます。

 

<五丈滝>

クリスタルチャペル「ルミエール」の奥にあり、岩の段差と、苔むした岩肌が

水の流れに変化をつけ、夏にはその風景と水音に涼を感じられます。
五丈滝に背を向けると、幽翠池越しに庭園の緑、チャペルやホテル棟を

一望でき、人気の撮影スポットとなっております。

 

チャペルと幽翠池

山縣有朋公爵の庭園造営当初からの池で、瓢箪型の形が特徴的です。

現存する古香井や、雲錦池とともに当時山縣公が椿山荘 十勝に選定

した庭園内の景勝地の一つです。

 

       ↑                 ↑

    チャペル          夕日が綺麗なので

                お客さんがベランダに出てきています。

                こういう所でパーティも楽しいですね。

 

 

あらゆる所が、緑でいっぱいです。

また、椿も何種類もあって 楽しめます。

 

今日は、いいお天気です。

何処かへ出かけるのもいいですね。

では、今日が皆さんにとっていい1日でありますように (^O^)/