【JR東海道支線】さよなら、名古屋港線(前編)名古屋港駅 | 『日本全国丸型ポスト』のブログ

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 この3月末(4月1日付)で廃線になる通称名古屋港線。DE10に代わってDD200が火・木・土曜日にレール運搬用の気動車キヤ97を牽引して走行していました。JR貨物の路線ですので、JR東海の気動車は自走せず、貨物機が牽引していたのですね。

 

 DD200のタブレット扱いは撮っておかねばと思い、12月23日(土)に行ったところ、19日に軌道検測車が入って以降、正月休みに入っており、1月9日運転再開予定との情報でした。

 

 それなら、400mmレンズを積んで車で行こうと1月27日(土)に予定を組みましたが、胃腸炎で延期。しかしすでにこの時、運行は2日前の25日で終わっていたのでした・・・。

 

 

 もはや列車は走らないと思いつつ、線路を撮りに来た名古屋港。駅舎側は初めてです。駅名はどこにもありません。当時も運転扱いは時間に合わせて出張して来ていましたので、駅入口は基本封鎖されています。

 

 

 名古屋港駅に何度か行ったのは、ナゴヤ球場(ナゴヤドームができる前のドラゴンズの本拠地)のナイター実施日の臨時輸送列車のためで、1993年、1994年(最終年)のキハ82のタブレット投げがメインでした。現在家が立ち並んでいる受柱の向こうは、ススキが密集していて、道路からから道を作ってアプローチしたのですが、撮影中はやぶ蚊がひどくて大変でした。まだ、その受柱が残っています。レール輸送では停車後の授受で、受け取った後は肩に掛けて自転車で戻っていたとのことです。

 

 

 道路橋から見た名古屋港駅。左がレール輸送の基地である、JR東海名古屋資材センター。笠寺に移転します。

 

 

 現在の貨物線の終端部。この先、港まで伸びており、『名古屋港シートレインランド』と、名前に歴史が刻まれた遊園地になっています。当時、夕方の運転のため、日帰りでやって来ていましたが、昼の貨物は八幡信号場で撮ったのか、あるいは18きっぷでのんびりやって来たのか覚えていません。いずれにせよ、貨物線の終端に興味はなく、夕方ギリギリまで撮って新幹線で帰るだけでした。線路があるだけで萌える今と違い、非自動閉塞しか興味がありませんでしたからね、残念。

 

 

2024年2月10日