† 夢に消えた幻‐dream in shadow...‐ † -17ページ目

涙の理由。

こんばんは。光-ray-(レイ)です。またぐだぐだ(←具だくさんと打ちかけた…)でくだらん話なのでお暇な方だけどうぞ。苦情はお受け致しかねますので予めその点ご了承下さいます様よろしくお願い申し上げます。(何じゃその慇懃無礼な表現は。爆)

しかし前置き長ったらしいですね。(失笑)



そんな事はさておき本題です。
今月8日に大阪まで行って来ました。日帰りで(・∀・)あは

このバンドさんのライヴは初めて行きましたが…
もう病み付きです。いい意味で「どーしてくれんのよ!!!」と言った感じで。。(笑)

最高でした…(嬉泣)
心の傷が少し癒えました。本当にありがとうございますとしか言えません。



その日を境に何かが終る気がしてたんですが何だったんですかね…?

1週間経った今でも分からないんですけど。。



そして話変わりますが、実のお母さんとお父さんが離婚寸前まで罵り合いや刃物や食器が飛び交う様な喧嘩を毎日してたんですよね。

更に一番つらくて苦しいのは母親でもなく父親でもなく子供ですからね。

自分なんて居ない方がお父さんもお母さんもこんな事にならずに済むんじゃないか…

いっその事消えてしまおうか…

自分の居場所がなくて苦しい…

自分が親だったらそんな事絶対に思わせたくありません。

親(家庭)は子供の心の拠り所(よりどころ)でないといけないと思います。
でも私は親に対して憎しみを抱く事はしたくありませんでした。



憎しみはマイナスの感情以外何も生みません。
きっと心の距離が近過ぎてお互いの大切さが見えなくなってしまってたのかなと薄々感じてました。今思うとこの考えは間違いじゃなかったかも知れませんね。



(不覚にもここで少し寝てしまった私。。汗)



もし妹が居なかったら私は自ら命を棄てていたでしょうね。妹を残して独り真っ暗闇な世界に逝く事は出来ないと…

でも涙を流せるだけ幸せだったんかな。。
そう思います。



涙が渇いてしまう、泣き叫ぶ事も出来ない、悩む事も出来ない、誰にも言えず全て自分で抱え込んでしまった。

つらかったと言うよりも悔しかったです。
何故涙を流せる事や悩める事がどれだけ大きな幸せだと言う事に気付かなかったのか…
不甲斐なさを感じた瞬間でした。



まただらだらまとまりのない文章ですみませんorz

それではおやすみなさい。

existence.

こんばんは。光-ray-(レイ)です。ブログは久々ですね。少々長くなりそうなのでこちらに。

未だに私の周りが怠けてる怠けてるとうるさいです。そんな事言う人間には分からないだろうけど残酷な現実からは逃げたくても逃げらんないんだよ。

そんな中光を求め続けて必死に生きてんだよ。こんな最中に居る人は私だけではありません!!!

病気のフリしてあわよくば生保受けてる人間が居るから本当に災難と闘ってる人が苦しみ続けるんですよ。

そして知り合いに「医者が金儲け目当てで病名付けるんだからあんたは病気じゃない」と言われた時は言葉を失ったと同時に自分の耳を疑いました。

限界を超えてしまうくらいの過度の精神的、身体的負荷に耐え抜いて来た私としてはかなり腹立たしいです。

大切な人や自分自身は存在して当り前だなんて思いたくない。

当り前の事は当り前じゃないんです。

幼い頃実の母親が入院して毎日お見舞に行ってました。少しでも傍に居たかったんですよね。

でもつらい顔ひとつ見せない母親は凄いなと思いました。

だから家族が傍に居てくれる事は当り前じゃないんだな、と言う考えは昔から変わってないんですね。

帰宅するとドッと寂しさが襲って来て眠るまで苦しくて仕方なかったです。

母親が入院中毎夜祖母と眠る時祖母に背中向けて隠れて涙流してました。数年後笑い話にされてカチーンと来ましたけどね。涙流してた事がバレてた事が恥ずかしくてつらかったです。

そして毎日がつまらないとか言う前に移り行く今があると言う事に有り難みを感じないのか?

恵まれ過ぎてる人間見てると呆れます。

平気で人を欺いたり裏切ったり…そんな事よく出来ますね。私は本当に信じられません。

私の母方の身内(家族)が典型的な傲慢さで頭に来ます。

人との出逢いを大切にしない。平気で嘘を吐いたり(私が見る限り嘘吐き慣れてます)騙したりする。謙遜したり感謝したりしない。自惚れる。

…あーやだやだ。腹立つ。

私の事を傲慢で最低な奴だと言う人間は私の何が気に入らない…?

申し上げておきますが被害者面したいわけではありませんからね。

本当の自分は神様が一番ご存知です。それが今の私の支えです。

更なる魂の成長を続ける為に必死になって壁をぶち破って行ってやろうと思います。

では長々とお付き合い頂いてありがとうございました。←きっと誰も居ないのでは…

未だに残る心の傷痕。(内容暗いです。)

深夜更新すみません。。(汗)先程投稿したなうの続きみたいになりますが…(この先ヒマな方だけスクロールして下さい。)

私の心の傷の一部分には私が小学生の頃離婚寸前だった両親にあります。
毎日休む間もなくお酒呑んで罵倒し合ったり食器や刃物を投げ合ったり…

狭い家だったので目を逸らす事が出来ませんでした。
心身共に傷を負い続ける毎日。静かにしててもフラッシュバックで死にたいくらいの幻聴。



心に深い深い傷を負って未だに疼いたりするくらいです。ですからお父さんに「ラクして金もらっとる癖に怠けるのもえぇ加減にせぇよ」と言われた時「(お父さん、あなたにも私が精神的な病気を患った原因があるんですよ?)」と言いたくなりました…(;_;)怒りで黙ってしまいましたけど。(泣)

“病気なんか気の持ち様”だなんて…ね。(失笑)



じゃぁお父さんは腰痛や股関節の痛み、怪我を気合いで乗り越える事が出来るんですか?120%無理でしょ?

お父さんは精神疾患にかかった事は全くないので私の苦しみは一切分からないでしょうね。



荒れ果てた大地、自分までも漆黒の闇と同化してしまう程降り続ける黒い雨、生死の縁を彷徨った当時17歳の私。おどろおどろしいと言う言葉をはるかに超えた臨死体験。そして容赦なく襲いかかる断末魔の最中一筋の光を導いた。

こんな体験(これでも一部です)して来た私でも怠けてると…?



“悩める事がどれ程大きな幸せなのか”

この持論、よく馬鹿にされます。体験した人間にしか分からないのかな…



病気で脳に菌が転移したらしく脳がパンパンに腫れてたそうです。(お医者より)

思考が支配されて考える事も涙を流す事も出来なくなった時、「悩める事、涙を流せる事って本当に幸せだったなぁ…どうしてもっと早く気付かなかったんだろう…」と思いましたね。

更に体力ガタ落ちで声や言葉にする余裕もなかったので全てひとりで抱え込んでひたすら闘ってました。



私を怠けてると言う人間にはそっくりそのまま私の苦しみ味合わせてやりたいですね。

同時に大小様々な幸せの多さにも気付く事が多いでしょう。そして心に自然と感謝の気持ちが溢れて来ますよ。



一瞬一秒過ぎて行く時間、息が出来る。これが本当に幸せですね。

ふと立ち止まって振り返ってみて、乗り越えてよかった。心の奥底からそう思えます。



アメーバブログの記事似た様な事しか書いてないな。飽きられるぞ?(爆)←誰も読んでませんよ?

話めちゃくちゃで読みにくいですよねすみませんorz



では、ここまでご覧頂きまして誠にありがとうございました。