9月15日(火)
343歩でございました。
そんな日もあります。まあ、わりと。
今日のピクミンブルームは、とりあえずキノコを3個倒したら次のステージに進めるので、歩かなくても大丈夫。
だったのですが、イベントきのこが出やしない。
そもそも我が家の周辺は、きのこの出現はたいてい4個。
私が働いていた時は、サツエキ周辺は3~4個出ていましたが、最近はいつ行っても2個がせいぜい。
どこも厳しいんだなあと思っていたら、利尻島の沓形(くつがた)では10個出ました。
そのうち8個がイベントきのこ。
うちの近所なんか、深夜や早朝以外あんまりイベントきのこは出ない。
だから今日、午前中に1個倒して昼間にもう1個倒せたらいいなあと思っていたけど、午後10時半に至るまで1個も出てこない。
さすがにこれはないな。
夕方に、愛知のフレンドがお助け要請してくれたから1個倒して、今日はあと1個無料で倒せるのだが、肝心のイベントきのこが出てこない。
午後2時から3時間くらい、小さいきのこが4つ、誰も倒そうとしないまま放置されていた。
さすがにどういうことかと調べたら、誰も倒さない場合、午前3時にリセットされるまでそのままなんだって。
もうイベント参加無理じゃん。
じゃあ、イベントきのこが出るところまで歩けよって話かもしれないけれど、こっちにもいろいろ都合というか予定というか、憚りがあるのよ。
誰もがいつも歩けるわけではない。
ましてや家族がいれば、自分の都合ばかりじゃ動けないからね。
地方に行けばイベントきのこは豊作だが、一緒に倒してくれる人がいない。
安平町では一人で3個倒したけど、1個当たり10時間かかったもんなあ。
市街地にいればイベントきのこが出やしない。
ぐぬぐぬぐぬぬ…。
本日の読書:収容所群島 3 ソルジェニーツィン
帯より
『セキルヤナ丘はソロフキ(本巻に詳述)修道院の北約10㎞に位置している。その丘に建つ昇天節教会はキリスト教文化の歴史的記念碑であったが、一九二三年からの収容所時代には苛烈を極めた懲罰房として利用され、囚人達に最も恐れられた場所となった。「セキルナヤへ送られる」ことはすなわち死を意味し、反抗的な囚人への見せしめのために、GPUは意図的に恐怖の処刑場を設けた。凄惨な拷問がこの教会で繰り広げられ、何百年も続いた祈りの場は、囚人たちの叫喚地獄へと変貌を遂げた。』
3巻目にして、壮絶な、容赦のない、収容所の暮らしを読むのに慣れてきました。
人の感性って、あっけなく鈍るものだね。
けれど、胸の悪くなるような描写が続く中にソルジェニーツィンが要れる鋭い突っ込み、皮肉が読み取れるようになったということ。
一冊の本を読みながら他の本を読むということを滅多にしないのだけど、さすがにこの本に関しては一気に読み続けるには気力が持たなくて、毎日少しずつ読んでいた。
おかげでずーっと頭の中は収容所の中の理不尽でいっぱいで、ここのところちょっと攻撃的な性格になっている。
囚人ならあっという間に懲罰房行きだ。
囚人。
罪を犯した人の方が少ないくらいだ。
なぜなら、もはや囚人はスターリンにとっての脅威の排除ではなく、プライスレスなうえに無尽蔵に供給できる労働力に過ぎなくなっているからだ。
だから、大規模工事が行われるたびに(共産主義の優位性をヨーロッパ諸国に見せつけるために、大規模工事は常に行われる)、必要な労働力を得るため、言いがかりのような理由をつけて、人々は逮捕され収容所に送られる。
「誰」が罪を犯したのか、ではない。
「誰」でもいい、モブなのだ。
誰にでも起こり得る、トラップに引っかかった運の悪い人が大量に生産され、労働力として送り出される。
名前も、肩書も関係ない。
ソルジェニーツィンはそのモブたちの名前を、人生を、でき得る限りしらべて、人間に戻してやっているに過ぎない。
労働の果てに死んだ人、環境に適応することができずに死に至った人、生きるために拷問を与える側になった人、他人を救ったために銃殺された人…。
ほんの少しの食糧で一日に十数時間も働かされ、不潔な部屋で着替えもなく、極寒の季節に暖房もなく、常に暴力と理不尽にさらされて…。
そうやって作られた国は、誰にとっての楽園なのか。
プライスレスで作られた帝国は、あまりに張りぼてではないか。
農作物の収穫量は年々落ち、工業最頻の粗悪化は止まらず、優秀な人材から粛清した結果文字も読めないような人たちが管理監督をしている始末。
権力側について安泰と思ったところで、所詮はモブなので簡単に人生は入れかわる。
数年前に権力の中枢で囚人たちを苦しめた人が、気づいたら同じ収容所の囚人仲間になっていることは、この本を読んだだけでも決して少なくはない。
権力の頂点で当面安泰なのは、たった一握りの人だけなのだ。
自分はうまくやれるなんて思っている人たちから、足をすくわれていく。
総理の周辺のイエスマンたちは、もっと歴史を学ぶべきだ。

