7月16日(木)

 

去年の夏は暑かった。

髪はいつもより短めにした結果、縛れないまま襟足が暑苦しかった。

 

その反省をもとに、今年は2月くらいから、夏に髪を縛るために伸ばし始めたのだった。

そして、今は夏。

縛れる。

縛れる…んだけど…。

 

ポニーテールくらいできるんじゃないかと思っておったのよ。

実際は子豚のしっぽですわ。

ちょんぼりちょろり。

2月から伸ばしてこれって、どゆこと?

 

それでも首周りはなんとなく去年よりスッキリで、「暑い暑い」と言いながらも、なんとか過ごしています。

っていうか、とうとう昨年からのライブディスクが発売されます。

なかなか発表にならないからやきもきしちゃったけど、これで夏を乗り越える励みになるわ。

 

 

 

 

本日の読書:シャーロック・ホームズの凱旋 森見登美彦

 

Amazonより
『「天から与えられた才能はどこへ消えた?」舞台はヴィクトリア朝京都。洛中洛外に名を轟かせた名探偵ホームズが……まさかの大スランプ!?-----この手記は脱出不可能の迷宮と化した舞台裏からの報告書である。いつの間にか迷いこんだその舞台裏において、私たちはかつて経験したことのない「非探偵小説的な冒険」を強いられることになったわけだが、世の人々がその冒険について知ることはなかった。スランプに陥ってからというもの、シャーロック・ホームズは世間的には死んだも同然であり、それはこの私、ジョン・H・ワトソンにしても同様だったからである。シャーロック・ホームズの沈黙は、ジョン・H・ワトソンの沈黙でもあった。-----(本文より)謎が謎を呼ぶ痛快無比な森見劇場、ついに開幕!』

森見登美彦が生み出したこの奇書を、どう評価したらよいのか私にはわからない。
『バーナード嬢曰く。』の長谷川さんに感想を聞いてみたいものだ。
シャーロキアンとして、どう受け止めたのか。

舞台がヴィクトリア朝京都であるというのは、どういうわけか知っていた。
が、たまたま日本を訪れたホームズが、京都で大事件を解決したのだと思っていたのだが、それは違う。
ヴィクトリア女王をはじめ、軒並みイギリス人が京都で普通に生活しているのである。
ホームズが住んでいるのは、寺町通221Bで、もちろんハドソン夫人が大家である。
ちなみに京都府警視庁はスコットランドヤードという。

のっけからホームズは大スランプで、一年以上事件を解決することができないでいる。
代わりに道路を挟んだ向かいに住んでいるアイリーン・アドラーが数々の事件を解決し、名探偵の名を冠している。
ホームズは、同じくスランプ中のモリアーティ教授やレストレード警部と部屋でグダグダしているだけだ。

ワトソンは、なんとかホームズに立ち直ってもらおうとするのだが、それが妻のメアリとの諍いの種となっている。
っていうかさあ、人物名はすべてカタカナなのに、地名は実在のものなので当然漢字。
頭の中の整理がつかない。

正直言って最初の360ページは冗漫だと思い、たいして面白いとも思わなかった。
いつものモリミーの作品は、彼の作り出したキャラクターが彼の作り出した世界でグダグダと、冗漫に話が進み、それがひとつの味なのだけど、ホームズはモリミーが作り出したキャラクターではない。
私のイメージするホームズとあまりに違って、そこに引っかかってしまうのだ。

しかし残り100ページで様相は変わる。
実はメタ作品だったのか…と思ったらメタメタ作品で…と思ったらメタメタメタ…。
登場人物たちの行動は連続しているのだけど、世界が反転する。
そして実は、ホームズと同じくらい有名なイギリス文学の作品も内包しているような…。(たまたまですか?)

つまり、それはどういうことですの?
この先話はどうなるの?
怒涛の100ページを読んだ後、結局ラストはこれでいいのか、ここも判断が分かれると思うけど、私としてはハドソン夫人だけが最初から最後までずっとホームズを信じて味方でいたことに胸アツでした。