6月3日(水)
日曜日の札幌は暑かった。(月曜も火曜も今日も暑いけど)
炎天下の中、私は片道5キロ弱の距離にあるスポーツ用品店まで買い物に行きました。
歩いて。
毎日紫外線を避けるために、UVカットの不審者パーカーを着て、帽子をかぶって、レギンスを履いて歩いているのですが、ここにきてまあ暑い。
腕と顔はいいとして、ズボンの中のレギンスが暑い。
本当はハーフパンツを履きたいくらいなんだよ。
それが無理なら7分丈でもいいよ。
と思いながらも我慢してきましたが、もう限界。
ってわけで、スポーツ用品店でハーフパンツを買おうと思って。
行ってびっくりしました。
私の知ってたハーフパンツって、もったりしたジャージやスウェット素材のもの。
しかし、今店頭に並んでいるのはこんなのばっかり。
わかりにくいかもだけど、これにレギンスを合わせると、意識高い系のアスリートっぽくなってしまう。
違います。違います。
ただの暑がりの肌よわよわ芸人なだけなんです。
でも、そのぺらんぺらんのハーフパンツを買って、また歩いて帰りました。
往復10キロ弱を2時間で。
普段は1時間4キロくらいで歩いているので、割とハイペースでした。
途中アクエリアスを500ml補給しましたが、家に帰って思ったのは、「しょっぱいラーメン食べたい!」でした。
いつもは塩分控えめなのですが、さすがに体が塩分を欲したのでしょう。
アクエリアス飲んだけど。
普段は減塩を心掛けていますが、塩をおろそかにするとリア王のように身を滅ぼしてしまいますから、必要な塩分はちゃんと取ります。
あ、食事の塩分を拒否して殺されたのは、アリババに宝を盗まれた盗賊の親分でしたね。
本日の読書:街道をゆく 2 韓(から)のくに紀行 司馬遼太郎
カバー裏より
『「私が韓国にゆきたいと思ったのは、十代のおわりごろからである」――宿願をはたすため、いまだ”日帝支配三十六年“の傷口の乾かぬなかをゆく。素朴な農村を辿って加羅・新羅・百済の故地を訪ね、「韓」と「倭」の原型に触れようとする旅は、海峡を挟んだ両国の民が、はるかいにしえから分かちがたく交わったことを確認する旅でもあった。』
日本が韓国を一方的に支配したのは歴史上の事実であり、そのやり方があまりに非道であり誤りだったことは認めざるを得ないけれども、戦後何十年も「あの時は…」という恨みに凝り固まって、反日感情をむき出しにするのはどうなの?と思っていました。
中国にもそれは言えるし。
この本を読んで、いろいろ判りました。
中国も韓国も、日本のことをずっと野蛮国と思って嫌っていたのですね。
その証拠が「倭」であり「卑弥呼」という文字。
小さいという意味を持つ「倭」を当てたのは、日本人の背が低いからなのか国土が小さいからなのかはわかりませんが、少なくとも対等とは考えていなかった。
何しろ儒教精神が行きわたっている漢民族も韓民族も、人前で上半身裸に褌一丁であぐらをかくなんてのは言語道断。
年長者を敬えない、礼儀を知らない倭人は、東アジアにおけるがん細胞のように忌み嫌われ、人として見下されていたそうです。
そんな国が、やっぱり長幼の序を無視して上から目線で支配者として君臨していたわけですから、これは屈辱以外の何物でもない。
それと、「倭」には『従いやすい』という意味もあるそうですが、もともとの倭人はものすごく弱肉強食の社会で、「勝てば官軍」「勝利こそ正義」とばかり、勝ち組になだれ込んでいく性質があるのですって。(思い当たること多々あり)
だから日本としては、イギリスに負けた清国(中国)に従ういわれはなく、(あるていど)対等に外交を行っている自分たちの方が上、と思うわけですが、儒教的精神で言えば、何がどうあろうと上下関係は固定なわけで、ここがずっとすれ違っているのですね。
それから儒教では、「天は公のもの」という考え方があって、「だから当然地も公のもの」という考えなので、日本のように自分の土地だからせっせと土地改良をする、という考え方はなく、ただその地で農業をするだけだったので、里山を育てるとか灌漑とかはされなかったらしい。
だからもしかすると、中国や北朝鮮などが共産主義と結びつきやすかったのかもしれないと思った。
ちなみに朝鮮半島の三国時代、新羅と百済は韓民族で、高句麗は北方の騎馬民族の国だったんだって。
言語は同じツングース語族。もちろん日本語も。
この本とは直接関係ないけど、韓国は英語でKOREAというけど、どこから来た言葉なのだろうと思っていたが、多分、韓(から)からだね。
中国のCHINAは巡り巡って秦が由来らしい。
日本のJAPANは日本を中国語読みで(ジツポン)と読んでいたのを、マルコ・ポーロがジパングと言い、そこからジャパン。
本に戻って、論理的思考ではなく、観念的な部分で頭に血が上って逆上しがちなのはツングース語族の特徴らしいです。
司馬遼太郎の肌感覚なのではないかと思うけど、だから日本と韓国の問題は難しいんだなあと思いました。
勉強になった一冊です。


