5月17日(日)
今日は娘と買い物に出かける予定でしたが、「足が痛くて歩けない」と娘が言うので急遽中止。
っていうか、歩けないほどの足の痛みって何?
ケガ?病気?
どっちにしてもヤバくないですか?
聞くと、一昨日友だちと、山手線を一周したんですって。
徒歩で。
なんで?
ノリで。
ノリで歩くには相当の距離なのでは?と思って調べてみたら、山手線の一周は約43㎞。
それを、9時間かけて歩いたんですって。
なんで?
ノリで。
6万歩も歩いたんだよって、スマホのログを見せてくれました。
2万歩で自慢していた私が恥ずかしいじゃないか。
でもね、私も30年位前に30数㎞を歩くイベントに参加したことがあります。
娘は私立保育園で土曜も預かってくれたので、公立保育園に通っていた長男は私の友だちに預けて。
夏で、熱くてしんどかったけれど、完歩しました。
帰りの車の中で10さんに「なんか寒気がします」と言い、案の定そのまま39度の高熱でダウン。
子どもたちを迎えにも行けず、10さんからは「今後長距離歩くの禁止」と言われてしまったのでした。
懐かしいことを思いだしたわ。
結局娘は、長男が初任給で買ってくれたフットマッサージ器を足元に置いて、一日過ごしておりました。
「フットマッサージ器、助かる~」って。
あとで兄ちゃんにお礼言っとけよ。
ふくらはぎの圧迫が気持ちいいんですわ。
本日の読書:時間移民 劉慈欣短篇集 Ⅱ 劉慈欣
Amazonより
『環境悪化と人口増加のため、政府はやむなく“時間移民”を決断。全世界に建設された200棟の冷凍倉庫に眠る合計8000万人の移民を率いて、大使は未来へと旅立つ……。表題作「時間移民」のほか、宇宙からやってきた“音楽家”が国連本部前のコンサートに飛び入り参加して太陽を奏でる「歓喜の歌」、『三体』でも活躍した天才物理学者・丁儀がクォーク分割に挑む「ミクロの果て」、すべてを見通しているかのような男に警察が翻弄される銀河賞受賞作「鏡」、太陽系の果てへとひとり漂流する少女を全人類がネット経由で見守る「フィールズ・オブ・ゴールド」など全13篇を収録する、劉慈欣の傑作短篇集。』
・時間移民
・思索者
・夢の海
・歓喜の歌
・ミクロの果て
・宇宙収縮
・朝(あした)に道を聞かなば
・共存できない二つの祝日
・全帯域電波妨害
・天使時代
・運命
・鏡
・フィールズ・オブ・ゴールド
劉慈欣の小説を読むと、中国の文芸らしい「壮大なほら話」さが満載で、楽しい。
「一日千秋」とか「白髪三千丈」とか、とにかく表現のスケールがでかいやつね。
素粒子から無限の宇宙まで、私達の世界はこんなにも可能性を秘めていた。
作者は丁儀が好きなのね。
と言っても名前が同じだけで、同じ世界に住んでいる人ではないけれど。
反転する宇宙を体験する丁儀や素粒子になってしまった丁儀。
ぽんぽんと立て続けに丁儀が出る短い作品が三作。
ここ、楽しかったゾーン。
『時間移民』を読んで、フレドリック・ブラウンの『血』を思い起こしてしまった。
もし最後のオチが「私達は、あなた達の言葉で言うところの、カブから進化した植物人です」なんて言うセリフだったらどうしようって…。
もしそんな落ちならパクリ以外の何物でもないが、当然『時間移民』のオチは、もっと哲学的なものだった。
『朝に道を聞かば』は、科学者とは…と突き詰めたときの、一つの答えなのだろう。
でも私は、QuizKnockの須貝さんの「すべての真理を知っても誰にも伝えられないのなら、知らなくていい。自分の研究が次の世代に繋がって真理に続いていくのなら、自分がその結果を知らなくてもいい。科学ってそうやって進歩してきたのだから」という言葉に感銘を受けたので、丁儀には一歩立ち止まって考えてみてほしかった。
そしてスティーヴン・ホーキングだけが排除されたことの意味。
そういえば『歓喜の歌』にはリチャード・クレイダーマンが出てきたので、脳内で『渚のアデリーヌ』が止まらん。
『全帯域電波妨害』は、ミノフスキー粒子のせいでレーダーがし使えなくなったガンダムの世界のように、電波を使えない世界での戦争を描く。
結局は白兵戦なのね。
『フィールド・オブ・ゴールド』はケン・リュウが好きそうな話だなあと思って読んだのだけど、アメリカでは彼が翻訳したものがアンソロジーで紹介されたらしい。
直接この本を読んでの感想ではないけれど、ケン・リュウの『紙の動物園』や劉慈欣の『フィールド・オブ・ゴールド』を読んだとき、自分の命が尽きた後にも何かを繋いで残していこうという気持ちの強さが、したたかな中国という国と重なった気がした。
最近のアメリカや日本のように目先の得ばかりを考えるのは、実は脆弱な思考なのではないかと思っている今日この頃。
自分ではない人たちに、何を残せるのか。

