5月8日(金)
今朝、NHKのテレビでの、朝ドラ主題歌についての発言について思ったこと。
ながら視聴だったので、厳密には発言趣旨が違うかもしれませんが、Mrs.GREEN APPLEの大森さんが「毎日聞いても飽きない曲」を心掛けたと言ったのに対して、司会の博多大吉さんが「耳馴染みのいい曲ということですね」と返したのです。
最近こういう時によく聞くのが「みみざわり」という言葉。
本来なら「耳障り」と書き、あまり良い意味では使われない言葉のはずなのですが、「手触り」に引っ張られたのか「耳触りがいい」という、辞書には載っていない言葉が頻発するのに、毎回違和感を覚えていました。
大吉さんの「耳馴染み」という言葉に、さすがに言葉を仕事にしている人だけあって、「耳触り」(←パソコンでも変換できん)なんて言葉は使わないのだな、と感心しました。
そうしたら大森さんが、「普段作っている曲は、情報量がすごく多いのですが、今回の曲は「聞き馴染みがいい」ことだけを意識して作りました」と。
「耳馴染み」と言われたことに対して、あえて「聞き馴染み」と返すのに、またまた感心。
「耳馴染み」というと、耳馴染みのいい言葉というように、言葉に対する表現である印象が強いのですが、「聞き馴染み」というと音楽表現も含んだ「聞こえてくるもの」に対する表現のような気がしています。
私も言葉に対するプロではないので、あくまでも印象論になってしまいますが、言葉のチョイスの繊細なことに、朝から感動しました。
辞書で調べれば、「耳馴染み」も「聞き馴染み」もあまり違いはないようなのですが、感覚的な違いってありますよね。
10さんからはうざいと思われていると思うけど、そういうところに敏感でありたいと思っているのです。
本日の読書:なんてやつだ よろず相談屋繁盛記 野口卓
カバー裏より
『江戸の文化が花開く下町の老舗料理屋「宮戸屋」の跡取り息子は、なんとも妙な若者だ。鎖双棍とかいう武器をしのばせ、いざとなれば浪人とも渡り合う。将棋を指せば腕自慢のご隠居もひとひねり。動物と話しているのを見た、なんて噂も。そんな信吾が、店を弟に継がせて、自分は「よろず相談屋」を開くなんて言い出した……。不思議な魅力を持つ青年と、そこから広がる人の輪を描いた軽妙な時代小説。』
目次
・人は見掛けに
・渡らぬ狸の
・あれも人の子
・船は波間に
・騙し騙され
タイトルの「なんてやつだ」を見て、武者小路実篤の詩『うんどうぐつ』を思い出した。
3歳の孫と散歩に行こうと靴を履かせようとするのだが、靴が硬くてなかなか履かせられない。
「なんてくつだ!」と怒ると孫が「うんどうぐつ」という。
私は負けたと思った、という内容の詩。
今となってはネットでも探しきれないけれど、確かに中学校の頃国語で習った。
閑話休題。
主人公の信吾は、老舗料理屋の跡取り息子なのだが、3歳の時高熱が3日続いた後奇跡的に回復したのだが、そのために人には言えないが動物と話ができるようになった。
頭がよく、武術も堪能だが、時々記憶が欠ける時があるらしい。
そのため、店を継ぐのではなく、生きながらえた恩返しも兼ねてよろず相談屋として、人々の助けになりたいと思っている。
第一巻なので、両親を説得して独立したが、よろず相談屋に来るのは金にならない相談ばかり。
ようやく何とか、生活費稼ぎのための将棋会所で起こった問題を解決したことが、初めての相談料に繋がる、というところまで。
『よろず相談屋繁盛記』なんて、看板に偽りありやんか!
私自身、小学1年生の時に40度以上の高熱が一週間続いたことがあったので、信吾に親近感を抱いたけれど、動物と話はできないなあ。ちぇ。
