4月15日(水)
ニュースでは日本列島は記録的な暑さだ、という時も、札幌は安定して寒い。
桜の開花予報は平年より早いと言い張っているけれど、寒い。
本当に桜が咲くのか?と疑っている今日この頃。
北国の春は、辛夷が咲くと決まっている。
小学校だって、ほら。
とうに薹が立っているふきのとう。
ぼちぼち花は咲きだしていますけれども。
こちらの桜はもちろん造花です。
毎日毎日、明日から暖かくなると言われてるけど、いい加減本当に温かくなって欲しい。
本日の読書:すてきなモンスター 本のなかで出会った空想の友人たち アルベルト・マンゲル
読んでみたくなる。ホールデンではなく妹のフィービー、ハックルベリー・フィンではなく逃亡奴隷のジム、孫悟空ではなく沙悟浄、ハイジではなく祖父に注目するなど、独特の視点も魅力。装画と各章のイラストは著者自身が手がけたもの。』
タイトルを見て、てっきり文学作品に出てくるモンスター(フランケンシュタインとかジキル博士とハイド氏など)に関するエッセイだと思っていました。
はしがきには『鏡の国のアリス』からの抜粋もありました。
「人間の子供なんて空想上のモンスターかと思っていた」というユニコーン。
そうそう、これこれ、こういうの。
ところが本文で一番最初に紹介されたのは『ボヴァリー夫人』の夫、ムッシュー・ボヴァリーです。
中一の夏休みに一回しか読んだことないけれど、確かボヴァリー夫人の夫は人間だったはず…。
そう、ここで紹介されるモンスターのなかには、人間も多く含まれているのでした。
アルゼンチン生まれでイスラエルで育った彼は、本が友だちだっただけあって、ものすごく広範囲に本を読んでいらっしゃる。
縦横無尽に繰り出される数々の本の登場人物たちとエピソード。
物語のエピソードかと思いきや、現実の現在の世界の話に落とし込む。
例えば、ラテンアメリカを形成する27か国はもれなく、少なくとも一人の独裁者を自慢できるらしいということで、各国の独裁者についての小説を書き、「祖国の父たち」としてシリーズ化しようという話があったらしい。
ガルシア=マルケスの『族長の秋』とかね。
その中の『独裁者バンデラス』についての章には、うならされた。
”暴力的かつ残忍な気性で、噂話を信じ、敵を撹乱して裏切りを唆すが、その一方で禁欲的な面もあり、不義や売春を忌み嫌うような言葉も漏らす。(中略)自分を愛国者だと思っているが、実態は絶対的な権力を楽しんでいるに過ぎない。”
個人の性格というよりも、独裁者としての特質なのかしら。
いるよね、こういう人。
本の虫であるカソーボン氏(ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』の作中人物と思われます)は読書家というだけで、世間の人たちから「引きこもり、人間嫌いで、セクシーさとは縁もゆかりもない」と評価されます。
というか、クラーク・ケント、ロアルド・ダールのマチルダ、臆病な学者、図書館員、あるいはただの本好きまでも、不器用な、眼鏡をかけたオタク、人前で嘲られて当然の人間とみなされるのだそうです。
『若草物語』のジョーは小説を雑誌社に持ち込むときに、人に知られないようにし、『赤と黒』のジュリアン・ソレルは本を読んだといって父親にぶたれる。
そんな世間の迫害にもめげず、読むべき本が巷に溢れて、本の話をすることができる世の中に生れて、私は幸せだ~!
不器用で眼鏡をかけたオタクであるのは事実なので、めげないぞ!
でも、ぶたれるのは、嫌。
Amazonより
『ドラキュラ、アリス、赤ずきん、ファウスト、スーパーマン……古今東西の伝説や文学作品に描かれた登場人物たちをめぐる、『図書館 愛書家の楽園』の著者による最新エッセイ集。タイトルは「はしがき」の冒頭、『鏡の国のアリス』のユニコーンとアリスの会話に出てくるFabulous Monstersより。著者が子供の頃から心惹かれてきた童話、小説、神話、伝承に登場するモンスター=異形の、もしくは人間離れした、あるいは一筋縄ではいかないキャラクターたちと、その背後に広がる驚くべき文学世界が綴られる。「人は同じ本を二度読むことはない」とは、時間についてのヘラクレイトスの警句をもじったものだが、作者によって生命を吹き込まれた登場人物たちは、私たちが読み返すたびにページを通して新たな真理を見せてくれる。それぞれのキャラクターが帯びる普遍性に気づかされると同時に、各章で言及される数々の作品も読んでみたくなる。ホールデンではなく妹のフィービー、ハックルベリー・フィンではなく逃亡奴隷のジム、孫悟空ではなく沙悟浄、ハイジではなく祖父に注目するなど、独特の視点も魅力。装画と各章のイラストは著者自身が手がけたもの。』
タイトルを見て、てっきり文学作品に出てくるモンスター(フランケンシュタインとかジキル博士とハイド氏など)に関するエッセイだと思っていました。
はしがきには『鏡の国のアリス』からの抜粋もありました。
「人間の子供なんて空想上のモンスターかと思っていた」というユニコーン。
そうそう、これこれ、こういうの。
ところが本文で一番最初に紹介されたのは『ボヴァリー夫人』の夫、ムッシュー・ボヴァリーです。
中一の夏休みに一回しか読んだことないけれど、確かボヴァリー夫人の夫は人間だったはず…。
そう、ここで紹介されるモンスターのなかには、人間も多く含まれているのでした。
アルゼンチン生まれでイスラエルで育った彼は、本が友だちだっただけあって、ものすごく広範囲に本を読んでいらっしゃる。
縦横無尽に繰り出される数々の本の登場人物たちとエピソード。
物語のエピソードかと思いきや、現実の現在の世界の話に落とし込む。
例えば、ラテンアメリカを形成する27か国はもれなく、少なくとも一人の独裁者を自慢できるらしいということで、各国の独裁者についての小説を書き、「祖国の父たち」としてシリーズ化しようという話があったらしい。
ガルシア=マルケスの『族長の秋』とかね。
その中の『独裁者バンデラス』についての章には、うならされた。
”暴力的かつ残忍な気性で、噂話を信じ、敵を撹乱して裏切りを唆すが、その一方で禁欲的な面もあり、不義や売春を忌み嫌うような言葉も漏らす。(中略)自分を愛国者だと思っているが、実態は絶対的な権力を楽しんでいるに過ぎない。”
個人の性格というよりも、独裁者としての特質なのかしら。
いるよね、こういう人。
本の虫であるカソーボン氏(ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』の作中人物と思われます)は読書家というだけで、世間の人たちから「引きこもり、人間嫌いで、セクシーさとは縁もゆかりもない」と評価されます。
というか、クラーク・ケント、ロアルド・ダールのマチルダ、臆病な学者、図書館員、あるいはただの本好きまでも、不器用な、眼鏡をかけたオタク、人前で嘲られて当然の人間とみなされるのだそうです。
『若草物語』のジョーは小説を雑誌社に持ち込むときに、人に知られないようにし、『赤と黒』のジュリアン・ソレルは本を読んだといって父親にぶたれる。
そんな世間の迫害にもめげず、読むべき本が巷に溢れて、本の話をすることができる世の中に生れて、私は幸せだ~!
不器用で眼鏡をかけたオタクであるのは事実なので、めげないぞ!
でも、ぶたれるのは、嫌。





