3月19日(木)
 
日本各地で開花宣言がちらほらなされているようですが。
今日の札幌は、冬。
開花宣言?
何それ。
食えるのか?

お散歩していても、冷たい雨もしくは雪がちらちら降ってきて、めっちゃ寒い。(気温はそれなりに高いはずだが)
悔しいので、今晩のメインおかずは、海老とアスパラとタケノコの中華炒め。
春らしいじゃありませんか。
とはいえ、海老とアスパラは冷凍、タケノコは水煮じゃ。
なんせこちとらまだ冬なのでね。
 
生協でビールを頼んだらついてきた非売品のカレー。
もしかして10さんは娘を推し活してるんだろうか。

 
 
 
 
本日の読書:正欲 朝井リョウ

 

カバー裏より

『自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、”多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。』

なんというか…ヘヴィーな読書でした。
「多様性」を尊重し、マイノリティだって胸をはって生きていく権利はある!とされる昨今の風潮に、「甘いことぬかすなよ」と釘をぶっ刺すような本。

LBGTについては、多少知られてきているけれど、性の対象が人間ではない場合、今でもやっぱり「変態」とか「気持ち悪い」とか言われるのかもしれない。
そしてそれらの人たちは多分、自分の性について公表なんてしないのだろう。

でも待って、この作品に書かれているほど、皆そんなに性に捕らわれているの?
私が変なのかなあ。
私は多分、双方の合意のもとであれば、別段他人がどのような性的嗜好を持っていても気にならない。
そこまで他人の事情に首を突っ込む趣味はないし、興味もない。
ただし、一方的な暴力を伴うものだったり、小児性愛はダメ。
小児は大人になってからコトの意味を知って傷つくかもしれないからね。

この作品に出てくるマイノリティの人たちは、水を見て性的興奮を得る人たち。
彼らは一様に「どうせ話してもわからないから」と、他人とかかわることを拒否し、自分の性的嗜好がばれないように、息をひそめて生きている。

確かに話されたとしても理解できるとは思えないけど、マジョリティだからと言ってそこまで全力で拒否されねばならないのか?
マジョリティ同士だってわかり合えない事ならいくらでもあるよ。
全てが同じなんて逆に気持ち悪いじゃん。

というか、理解しなければだめなの?
私はこういう時いつも、梨木香歩の『村田江フェンディ滞土録』の下宿の女主人のセリフを思い出す。
「理解はできませんが、尊重します」

大事なのは理解し合うことよりも、拒否しない事なんじゃないかなあ。
あなたの性的嗜好は理解できませんが、あなたという人間を尊重します。

多様性なんて甘っちょろいことを!と言われても、では、はみ出た人は排除しますという世界が正しいとはどうしても思えない。
世の中の正義を代弁しているような、検事の啓喜以外はみんな、自分は少数派だからわかってもらえなくて、居場所がなくて、と被害者目線で語るけど、安穏と暮らすマジョリティを見下しているのはそっちだよね。
性なんて、多数決で決めるものではないのだから、孤独ではあっても卑屈になる必要はないのでは?