3月18日(水)
我が家から直線距離で1㎞以内に図書館が4軒あります。(ありがたやありがたや)
冬の間は万が一のときを考えて、公共の交通機関で行きやすいところに、毎度毎度本を借りたり返したりしに行っていたのですが、雪も融けたので他の3軒の図書館に、毎日とことこ歩いて行きました。
月曜日に近所で一番大きな図書館に行ったのに続いて、火曜日は、札幌に引っ越してからなのでもう25年ほど通っている図書館へ。
通い始めたときはまだ出来たてほやほやで、本棚がスカスカだったのですが、今はみっしりと本が詰まった棚が並んでいます。
ここは児童文学の、特に海外のファンタジーが充実していて、結構端から借りて読んだりしたものです。
あと、割と文庫本が多めで、ひょいと借りてきやすいのです。
『みおつくし料理帖』シリーズや、『お勝手のあん』シリーズはここで見つけて借りました。
札幌の図書館の本は日本十進分類法で分類されていますが、普通は玄関からなり奥からなり、この数字順に棚が置かれていることが多いのですが、ここの図書館は914(随筆・エッセイ)の方が913(日本の文学)より先に来るのが珍しい。
ちなみに幕別町はQRコードで管理しているらしいので、一度幕別町の図書館に行ってみたいと思っています。
そして今日行ったのは、近隣の図書館の中では、多分最も面積が狭いと思われるところ。
本も古いものが多いです。
でも『薬屋のひとりごと』がヤングアダルトのコーナーにあって、嬉しい。
逢坂剛の『重蔵始末』シリーズが全巻そろっていたり(借りなきゃ)、黒岩重吾の奈良時代を舞台にしたミステリがあったりと、古い本が多いからこそのラインナップ。
とはいえ、『マガーク少年探偵団』シリーズやアンドルー・ラングの『○○色の童話』シリーズを借りている最中にいきなり書棚からシリーズごと消えたことがあるので(多分狭いせい)、油断は禁物。
借りれる時に借りなくちゃ。
そうそう、ここで森博嗣のS&Mシリーズを全部借りて読んだのに、今日行ったら一冊もありませんでした。なぜ?
去年の夏から北広島の図書館でも本を借りるようになりましたが、一時中断して、夏場は近所の図書館に行って、2週間の間に借りた本を読み終わったら、追加で何冊か借りるようにしようかな。
どこの図書館にも「あ、これずっと読みたかったやつだ!」って本がたくさんあるんだもの。
問題
家にある未読本はいつ読んだらいいのでしょう。
本日の読書:夜露がたり 砂原浩太朗
目次
・帰ってきた
・向こうがわ
・死んでくれ
・さざなみ
・錆び刀
・幼なじみ
・半分
・妾の子
著者初の「市井もの」ということだが、「人情もの」ではない。
掛け違えた心が作り出すのは、取り返しのつかない痛みだったり別れだったり。
そう、江戸に住む庶民のすべてがいい人のわけはないし、善人と悪人の間にくっきりと線が引かれているわけでもないのは、現在と同じなのだ。
人間だもの。
耐えに耐えた挙句に良い結末を迎える、なんて話ばかりではないので、カタルシスが得られるかは読者しだい。
私は『帰ってきた』おみのの「あたしはあたしのもんだっ」が、結構好きだ。
元夫と、その弟分の現夫が彼女をめぐって「おみのはおれのもんだ!」と争っていた時に切った啖呵。
「――どいつもこいつも、こけにしやがって」
『幼なじみ』も、何かしみじみよかったな。
うらぶれた長屋住まいから飛び出して、大店の手代に上りつめた秀太郎(ひでたろう)。
幼なじみで弟分の梅吉が小僧として同じ店で働くことになり…。
秀太郎には明るい未来はないのかもしれないけれど、せめて梅吉は…。
後は『錆び刀』の、逆玉の輿を断って、同じ長屋でいつも親切にしてくれるおよしと添い遂げようと心を決めた途端のどんでん返しも面白かった。
でも、砂原浩太朗は武家ものを読みたいなあ。
Amazonより
『これまで歴史ものと武家ものを描いてきた著者初の「市井もの」で、本作で砂原浩太朗氏が「山本周五郎、藤沢周平の衣鉢を継ぐ」時代小説作家であることを大いに共感、ご賛同いただけると思います。「市井もの」と言えば、温かい人情、涙、ほっこり系の元祖といったイメージもありますが、江戸のリアルは必ずしもそれだけでも、そうでもなかったはず。町人や浪人、男女、子どもらは貧しさや苛酷な現実にあえぎつつも、したたかに冷徹に生き、周五郎や藤沢周平がそうであったように砂原氏も狡さや弱さ、愛らしさ、絶望と光などを活写しています。本作はまた、ハードボイルドやミステリの味わいもあり、会話の妙、秀逸な内面描写、予想外の展開と結末を堪能できます。』目次
・帰ってきた
・向こうがわ
・死んでくれ
・さざなみ
・錆び刀
・幼なじみ
・半分
・妾の子
著者初の「市井もの」ということだが、「人情もの」ではない。
掛け違えた心が作り出すのは、取り返しのつかない痛みだったり別れだったり。
そう、江戸に住む庶民のすべてがいい人のわけはないし、善人と悪人の間にくっきりと線が引かれているわけでもないのは、現在と同じなのだ。
人間だもの。
耐えに耐えた挙句に良い結末を迎える、なんて話ばかりではないので、カタルシスが得られるかは読者しだい。
私は『帰ってきた』おみのの「あたしはあたしのもんだっ」が、結構好きだ。
元夫と、その弟分の現夫が彼女をめぐって「おみのはおれのもんだ!」と争っていた時に切った啖呵。
「――どいつもこいつも、こけにしやがって」
『幼なじみ』も、何かしみじみよかったな。
うらぶれた長屋住まいから飛び出して、大店の手代に上りつめた秀太郎(ひでたろう)。
幼なじみで弟分の梅吉が小僧として同じ店で働くことになり…。
秀太郎には明るい未来はないのかもしれないけれど、せめて梅吉は…。
後は『錆び刀』の、逆玉の輿を断って、同じ長屋でいつも親切にしてくれるおよしと添い遂げようと心を決めた途端のどんでん返しも面白かった。
でも、砂原浩太朗は武家ものを読みたいなあ。

