3月1日(日)

 

マヨネーズが必須の食べ物は?

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マヨネーズが嫌いなわけではないですが、塩分控えめの癖がついているので、生野菜にマヨネーズをかけることはほぼありません。
エビマヨも食べたことないしなあ。
 
ポテサラとマカロニサラダくらいかなあ、思いつくのは。
会議なんかで出されるお弁当に入っている、キャベツの千切りにも何もつけないで食べるので、若干ひかれることも…。
 
とはいえ、一緒に食事している人にあわせて、マヨネーズやドレッシングをかけることもあります。
嫌いじゃないんです。
ただ、かけない癖がついているだけ。
 
 
 
 
 
本日の読書:スモールワールズ 一穂ミチ

 

Amazonより

『夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。』

目次
・ネオンテトラ
・魔王の帰還
・ピクニック
・花うた
・愛を適量
・式日

少しヘヴィーな事情を抱えた人たちの物語。
作品ごとに筆致が違い、面白く読んだりそれほどでもなかったりしたのだけれど、最後の一編はいらなかったかなあ。
最後の一編に出てくる人物が最初の作品にも出ていることで、一つの世界、ということにしたかったのかもしれないけれど、たかだか登場人物ひとりが重なっていたからといって、どれほどの意味があるのか。

最近はそうやって、登場人物が重なっていく連作短編集みたいなのが好まれているからなのだろうけど、必要のない、小手先の工夫なら不要なのだ。
だって、『式日』だけを読んだ人、先輩が今までどうやって生きてきて、後輩が何を背負って、奪われて、捨て去って来たのかがわかる?
連作短篇というシステムよりも、短編という一つの作品を、まず十分に作り上げることが肝要と思う。

面白く読んだのは『魔王の帰還』。
出だしの部分に既視感があるのだけれど、どこかのアンソロジーで読んだのかなあ。
「勇、よお聞け、すぐそっちに戻るけえのう、お前が何と言おうがわしゃもう死ぬまで逃がさんぞ、腹括って首洗うて待っとれ!」
という、果し合いのような心からの愛情表現。
しかもこれ、女性から男性への。
姉の、自分の心に正直で真っ直ぐな行動は、見た目のアレもあって誤解を招きやすいと思うけど、とても素敵だ。
勇さんはもとより、初対面でもビビらなかった菜々子ちゃんにアッパレだ。

『花うた』は、手紙のやり取りだけで構成されているのだけれど、『アルジャーノンに花束を』を髣髴させて、さらにその先のチャーリイをも垣間見せてくれているようで、胸が苦しくなった。
この作品の場合、更生し社会生活に戻すことを主眼とした新しい刑務所の中で起きた出来事がキーとなるのだけど、この状態で社会に戻すことなどできなかろうに、一体どうするつもりだったんだろうと、理念ばかりが先走り都合の悪い現実に目をつぶるシステムに腹が立ってしょうがなかった。
善意のボランティアの人々は、何も感じずにそのまま対応していたんだろうか。

作者が書きたいものは伝わるけれど、全体的に、主たらない登場人物の造形にも、もう少し手をかけてほしいと思います。