1月27日(火)
今日もJRのダイヤが乱れていたので、お散歩できず。
家にいてゴロゴロしていてもしょうがないので、朝からずっとAmazonPrimeでM-1の2005年から2010年までを見ていました。
娘が。
傍から見ると、結局ゴロゴロしているようにしか見えないんですが。
お昼寝をしないための努力ということで良しとしよう。
20年くらい前にM-1に出ていた人たちって、今見るとやっぱり若いしあんまりうまくなかったりすることもありますが、たまに当時の方がしっかりネタを作り込んでいた人もいたりして、たまに昔を振り返るって大事だなって思いました。
まあ、私はチラチラ見ていただけなので、そんなに偉そうなこと言えませんが。
今週は小さな予定がいっぱいあって、忙しい割にはブログに書くほどでもない。
困ったのう。
本日の読書:分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議 河合香織
Amazonより
『クラスター対策に3密回避。未知の新型コロナウイルスに日本では独自の対策がとられたが、その指針を描いた「専門家会議」ではどんな議論がなされていたのか? 注目を集めた度々の記者会見、自粛要請に高まる批判、そして初めての緊急事態宣言……。組織廃止までの約四カ月半、専門家たちの議論と葛藤を、政権や行政も含め関係者の証言で描くノンフィクション。』
なんともう6年も前の出来事になってしまったのか、という思いと、遠い過去のように思えるような気分の間で読んだ。
当時、職場の国際課に籍を置いていた私は、年明けすぐ位には中国で新たな感染症が出たらしいよ、といううわさは聞いていた。
国際会議の準備に追われるなか、「誰かブレーキ踏んで!(国際会議を中止にして)」と思っていたのは事実だけど、でもここまで大きな出来事になるとは思っていなかった。
連日行われる閣僚会議というのか、各省のコロナ対策報告の資料がその都度送られてきていたが、気になるのは外務省や国交省の報告が先で、厚労省などは最後の方にちょろっと出てくるだけだったこと。
当初は水際で食い止めることこそが唯一の方針だったとしても、省庁の序列順の発表というのは部外者には違和感が残った。
コロナ対策専門家会議は、国の機関ではない。
感染症対策の専門家たちが、自主的に立ち上げた組織だ。
法的権限は何もない。
ただ、政府に提言し、政策の根拠としてほしいと。
けれど内閣の責任、省庁の面子などで、思うように対策を講じることはできなかった。
逆にマスコミの前で発言する専門家たちに対抗するように、政府は彼らに何の相談もなく学校の全国一斉休校や、布マスクの配布を決めた。
そんなことよりもっと優先してほしい政策があるのに。
厚労省に対して発信する文書ですら、厚労省からの書き直し指示(修文)が入る。
理由としては、きつい言い回しは国民が不安になる、やれる保証のないことを書かれては困る、等。
一番矢面に立っていたのは、副座長の尾身茂氏だが、彼は何度も役人や政治家と意見をすり合わせ、どこまでできるのか、何は譲れないのかを伝えあった。
が、「なぜ国民の暮らしに制限をかけるのか」「どんな権利があってそれをするのか」と、不平不満は彼のもとに集まる。
本来は政府が責任をもって主導していかなければならないのに、なぜ一個人が叩かれる?
尾身氏はWHO西太平洋地域事務局長としてSARS制圧をした時に、記者会見等の質疑応答に答えていた経験があるので、マスコミの前に出ることに疑問を持たなかったのだそうだ。
しかしWHO時代は責任者として行っていたことで、コロナに関しては内閣か厚労省が前に出なくてはダメだったと思う。
現在、後手に回ってしまった失敗は全て彼らの責任としてケリをつけられているような気がする。
また、緊急時であり個人情報も含まれるということで議事録の開示もままならなかったときに、モリカケ問題や『桜を見る会』などの安倍政権の文書改竄と同じ扱いを受け批判の対象になったという無念。
命懸けで、コロナの拡大を防ごうとした人たちへの評価が、低すぎるのではないかという思いが強くした。
