1月18日(日)
昨日今日と立て続けにくるま問題発生。
やっぱり今年はお祓いしてもらった方がいいのかなあ。
まず昨日。
本当なら私が昼間北広島に行くので、10さんが外出後に買い物をして帰り、晩ご飯を作る予定でした。
ところがJRが止まっていたため、私は出かけることはできませんでした。
家で本を読んでいたら、外出中の10さんから電話が。
「車が故障した。今JAFを頼んだけど、買い物できないから晩ご飯頼む」
用事を済ませて車に戻ったら、エンジンがかからなくなったんですって。
ちょいちょい小さな不具合があって、ちょいちょいディーラーのところで直してもらっているのに、「またかよ」って感じ。
ところが帰ってきた10さんによると、バッテリーが上がっていたせいだった、と。
ハザードランプがつけっぱなしになっていたのに気づかずにいたせいだ、と。
大事じゃなくてよかったね。
お金の支払いも発生しなかったし。
ただ、人騒がせだな‼
なんて言っていたら、今日は当て逃げされました。
信号待ちをしていて、信号が変わったタイミングで後ろの車が猛スピードで出発した際にぶつかってきたのだそうです。
一瞬相手の車が止まったので、10さんも車から出て話し合おうと思ったら、スピード上げて逃げてったって。
目撃していた女性が相手の車の写真(ナンバーも)を撮っていてくれて、警察も呼んでくれたそうです。
犯人を追いかけてくれたくるまも「逃げられた」と言いながら戻ってきてくれたそうです。
人の親切が身に染みるなあ。
今のところ10さんの体に異変はないようだけど、あとで症状が出ることもあるらしいので、警察の連絡先として私の電話番号も伝えた、と。
いや、すでに母の迷子騒動で警察に私の携帯番号はわれているのですけどね。
明日は何もありませんように。
本日の読書:デス・ゾーン 栗城史多(くりきのぶかず)のエベレスト劇場 河野啓
カバー裏より
『両手の指9本を失いながらも”七大陸最高峰単独無酸素”登頂を目指した登山家・栗城史多氏。エベレスト登頂をインターネットで生中継することを掲げ注目を浴びたが、8度目の挑戦となった2018年5月21日、滑落死。35歳だった。彼はなぜエベレストに挑み続けたのか?そして、彼は何者だったのか?かつて栗城氏を番組に描いた著者が、綿密な取材で謎多き人気クライマーの真実にせまる。』
何度も何度も本を読む手が止まった。
心が痛すぎて。
栗城史多氏のことは、北海道出身の若き登山家で、七大陸の最高峰を単独無酸素での登頂を目指していることを、たまたまつけていたラジオで聞いて知っていた。
明るく元気な青年という感じで、少なくとも無口な山男ではなかった。
無酸素にこだわるのは、「酸素ボンベって重いんですよ~」ということだったので、そうなのか、とその時は何も思わず納得した。
その時のラジオは、確かに彼を応援していたはずだ。
数年後、雑誌かネットニュースか何かで見たのは、彼が詐欺師であるという記事だ。
だから逮捕された、という話ではなく、そういう声が多数あがっているという情報。
けれど、大勢の人からお金を集めたとはいえ、実際にエベレストに行っているのなら、詐欺ではないのではないだろうか…と思いながら、その時は終わった。
さらに数年後、彼の訃報がニュースになった。
エベレスト登山なのだから危険なのは承知の上でも、若い人の死は、ショックだった。
彼の死を悼む声と、悼む必要などないという怒りの声とが聞こえてきて、一体何があったのだろうと不思議だった。
この本を読んだら、どちらの声も真実の声なのだと思った。
彼がエベレスト登頂に成功する道はいくつもあった。
単独に、無酸素にこだわらなければ。
そして、登山を基礎からきちんと学んでいたなら。
彼は、体格に恵まれているとはいえず、体力もさほどある方ではなく、登山の技術や知識に至ってはほぼ足りないと言ってよかった。
その彼が、エベレスト以外の6大陸の最高峰の登頂に成功したのはなぜか、というのも知りたいところだが、エベレストはやはり最初から無理だったのだろう。
なのに、「単独無酸素」を旗印にスポンサーを集め、何度も挑戦しては登頂をあきらめて下山してきた。
しかし実は、「単独」であることの解釈、「無酸素」ということの解釈の違いというか、本人はそうだとごり押ししても、登山家の常識から考えると、彼の登山は「単独」でも「無酸素」でもないことになるらしい。
要するに、自分に甘いのだ。
耳の痛い忠告は聞かないから、本当に彼のことを心配していた人たちは徐々に彼から離れてしまう。
目立ちたがりのアイデアマンなので、人の心をつかむのはうまいが、コツコツ何かをしとげることができない性格だった。
だから詐欺師という言われ方になったのだろう。
数々の彼の弱さ、欠点はあるとして。
でも、彼は実際エベレストまで行って、辛い思い、苦しい思いをしながらある程度までは登って行ったのだ。
それだけは、なかったことにはできない。
「夢を叶えましょう」「感動を与えたい」「感動の共有」
語る言葉はポジティブだし、本人もポジティブな人だったらしいけど、私がこの本から受けた印象では孤独な人である。
信頼する人はいたのだろうが、でも、誰にも心を開ききってはいない気がした。
「お金」も「名誉」も欲してはいなかったと思う。
ただ、「賞賛」だけを、人一倍欲していたように見えた。
賞賛を欲する=他人の評価を欲する姿勢では、幸せはなかなかつかめないと思う。
彼は、自分の評価を自分でしなければならなかった。
そうすれば、違った人生を送れたはずだと思うのだが。
