12月11日(木)

入ってみたい建物

入ってみたいというか、絶対入るぞ、今週末の「みずほPayPayドーム福岡」。

今日と明日の北海道は大荒れの天気で、飛行機が飛ぶか飛ばないかドキドキしています。

絶対絶対、明日中に福岡について、グッズを買って、呼子のイカを食べるんだ!

お天気の神さま、ずっとあなたを感じてる~♪

 

ところで、「みずほPayPayドーム福岡」って、表記にひらがな英語カタカナ漢字と全部入っているのね。

 

ところで、最近、疲れているのか、布団に入るとすぐ眠れる。

「あーよく寝た」って目を覚ますと、たいていまだ11時台。

あんまり良い睡眠とは言えないので、なんとか改善したいのだけど、ヘタに睡眠時間がずれて明日寝坊したら困るしな…。

 

さ、今日も早く寝よう。

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本日の読書:ゼロエフ 古川日出男

 

Amazonより
『福島のシイタケ生産業者の家に生まれ育った著者が初めて出自を語り、18歳であとにした故郷に全身で向き合った。生者たちに、そして死者たちに取材をするために。中通りと浜通りを縦断した。いつしか360キロを歩き抜いた。報道からこぼれ落ちる現実を目にした。ひたすらに考えた。時間が経たなければ、出てこない言葉がある。小説家だからこその洞察に基づく震災論にして国家論!』

古川日出男ってノンフィクションも書くんだ。
そう思ったのだが、これが初めてということ。
そして、東日本大震災によって変化を余儀なくされた、福島の出身者だというのだ。

日本中を震撼させた大災害ではあったが、いや、大災害だったからこそ、テレビやニュースは刺激的でドラマティックなものを優先的に放送した。
だから私は、関東にも影響があったというのを知ったのは、それから6年後の関東に転勤になったからだ。
当時夫が関東にいて、「俺は無事だよ」と連絡をくれたのを、ずっと「ふざけるな!」と怒っていたのだ。
だって、テレビはずっと東北ばかりを映していたから。
私は仙台にいる長男のことしか心配しなかった。

私のことはさておく。

古川日出男の書く小説は、結構咀嚼力を必要とする、骨太なものだ。
そしてこの、福島縦断記と言える『ゼロエフ』は、あえてなのだろうけれど、行きつ戻りつする彼の思考を丁寧にトレースし、それはかなりの遠回りをしながら収縮していく者だ。
誠実な人なのだろう。
だが、読みにくい。

行間を過剰に読み取って誤解を与えないよう、慎重に、しつこいくらいに念を押しながら書かれる文章を、読むのはとても時間がかかる。
何度も何度も本を読む手を止めて、つまりは何を言いたいのか?と考えてしまう。

福島の中通り(国道4号線)を北上し、浜通り(国道6号線)を南下する。
真夏に、徒歩で。
その後にも、隙間を埋めるようにルートをたどる。
川沿いに、鉄道沿いに。

何を見たのか。聞いたのか。感じたか。
何を見なかったのか。聞くことができなかったか。感じることなく素通りしたのか。
しつこいくらいくどく、書き連ねていく。
思考は行きつ戻りつ。

人が、建物やインフラが、動物や自然が、大勢失われた。
生と死を分けたもの。そのはざまに何があるのか。あったのか。

生と死、東北、から著者は『銀河鉄道の夜』を想起し、死者の無念、死者が生者に伝えたいことに思いを馳せる。
生き残った人たちの悔いの核として残るのは、死者の本意ではないだろうと。

個人としての生と死から、国家が抱えるべき生と死についても。
初めて国の象徴としての朝廷と分離した都(国家)を作ったのは、平清盛ではないかと考える。
国は、我々が責任を問うべき存在だが、国家の中には我々も含まれる。
しかし、平家一族は海の中に沈んで終わるのだ。
東日本大震災で多くの人々が海に流されたように。

さて、東日本大震災というレッテルを貼られてしまうと、それは津波に襲われる映像が反射的に浮かんでしまうが、実は災害はこれだけではなかった。
ダムの決壊や、川の氾濫で沈んだ、海沿いではない地方もあったのだ。

また、絶対に安全だったはずの原発が存在したのが福島だったため、放射能漏れの対象とされ、風評被害を現在も被っている福島と、境界線一本の差で補償対象外とされた宮城県南部。
放射能は、人間が引いた境界線の中に留まるものではない。
が、目に見えないので、今どこに、どのくらいあるのかを実感することができない。
国は、企業は、いつしかそれが風化していくのを願っているのだろう。

著者は、国は死者の味方ではない、と言う。
なぜならば、死者は納税者ではないからだ
だったら、そうではない立場から、誰かが、私たちが、ずっと覚えていて、次の世代に伝え、きちんと死と向かい合わなければだめだ、と。
うしろ(死)を見ないで、まえ(未来)だけを考えてはだめだ、と。

「復興オリンピック」と位置付けられた東京オリンピック。
東京オリンピックというのなら、東京でやればいい。
復興オリンピックというのなら、被災地でやればいい。
と、最初著者は思っていたそうだ。
私もそう思っていた。災害まで飯のタネにするのか!と。
でも、利用されるだけではなく、被災地が国を利用してやってもいいではないか、と考える人にも出会う。
思考も感情も柔軟でありたいと思った。