12月6日(土)

 

娘の引っ越し荷物も、少しずつ片付き始めています。

何しろ引っ越し前日に私が娘の家についた時点で、全然荷造りが終わっていなかったわけで。

はっきりと不要のものこそ処分してきましたが、悩んでいたものは全部こちらに送りました。

 

寝具やタオルなどは、こちらに来てから洗濯しなおしたり不用品として処分したり。

食器や台所用品は、次回の引っ越しの時に必要となると思うので、そのままトランクルームへ。

 

困るのは、各種洗剤、調味料などのストック類が大量にあること。

これって遺伝なのかなあ?

1個だけストックして、それを使いはじめたら新しいストックをするというのが私のやり方なのですが、いろんなことが10さんに似ている娘は、ストックの仕方も10さん似。

 

安売りの時に大量に買う。

使い切らないうちに安売りになっていたらそれも買う。

安売りにならないときは買わないので、しょっちゅう必要なものが切れてしまう。

つまり在庫の管理はしていない。

 

というわけで、大量のストック商品が我が家にあふれ出してきています。

カビキラーのスプレーが4つに詰め替えボトルが3つ。

食器洗い用洗剤のボトルが2本、詰め替え用が2つ。

ごま油が4本、オリーブオイルが3本。

使いかけのちょっとお高い入浴剤と使いかけの「きき湯」のほかに未開封の「バブ」4箱。

いろんな掃除用洗剤大量、各種掃除用ウエットティッシュ大量。

いろんな香りのファブリーズ4本とそれぞれ詰め替え用。

 

もう、どこの収納にも入りきらない。

とりあえず使いかけのものを箱に入れて見える場所に置き、「今後買い物に行く前に一度在庫を確認すること」を10さんに厳命しましたので、しばらくは買い物しなくても助かるはず。

あ、漂白剤が切れていたんだった。

 

 

 

本日の読書:生きながら火に焼かれて スアド

 

『一九七〇年代後半、中東シスヨルダンの小さな村で、ある少女が生きながら火あぶりにされた……恋をして、性交渉を持ったために。重度の火傷を負いながら奇跡的に生き延びた彼女は、本名を明かすことも素顔をさらすこともないまま、この知られざる事実を証言することを決意した。残された命のすべてを賭けて。――これは、遠い過去の話でも、フィクションでもない。今なお虐待と死の危険にさらされている女性たちの、衝撃のノンフィクション!文庫化にあたり、書き下ろし特別原稿「日本の読者の皆さんへ」収録。』

本当は、読みたくはなかったんだよ。
20年くらい前にベストセラーになった本書。
中居くんが「読んでいるとすごくつらいけど、知っておかなくちゃだめだと思って。こういう本も読まないとだめだと思って読んでる」と言っていたので、意を決して読みたい本リストに載せて20年。
ようやく読みました。

未だに女性の地位が低い国は、私が思っているよりもたくさんある。
時折、家族に殺されたり嫁ぎ先の家庭で殺されたりする女性のニュースを聞くことがある。
中東だったり、インドだったり、アフリカだったり。

この本の語り手であるスアドは、女性が男性と話をするだけでも、父親からせっかんを受けるような国(地域)で、初恋の男性との子どもを身ごもってしまい、家族に殺されかける。
洗濯をしている時、灯油か何かを頭からかけられて、火をつけられたのだ。
これは「名誉の殺人」と言い、家族に恥をかかせた娘を殺さないと、家族が村八分にされてしまうのだ

女の子は学校に行かせてもらうことはなく、朝から晩まで家事や家畜の世話、畑仕事などにこき使われる。
父親は「娘なんてものは、家畜ほどにも役に立たない」と、常日頃からぶったり蹴ったりの乱暴を働く。
結婚前の少女は、一人で外を歩くことも許されず、結婚をすると父から夫に隷属先が変わるだけ。
それが女の一生なのだ。

スアドはそれが当たり前と思って、それ以外の人生があるとは思いもしないで生きてきたが、偶然殺されかけたところを助けられ、九死に一生を得た。
福祉団体の力によって、ヨーロッパに脱出し、今は結婚して二人の娘にも恵まれているが、それでも体中の火傷と火に対する恐怖は一生残り、今でも正体と居場所がわかると家族が殺しに来るかもしれないのである。

なんというか、とにかくすべてが想像以上におぞましい。
妊娠を告げたとき、初恋の男は姿を消してしまい、絶望にかられたスアド。
全身の火傷を負いながら、入院した病院でも手当てをされることもなく衰弱していくスアド。
衰弱し、朦朧としたなかで、7ヶ月の男の子を早産するが、病院の人にすぐに連れ去られてしまう。

息子マルアンとは、ともにヨーロッパに行ったものの、彼女が育てられるわけもなく、別々の人生を送ることになるが、その後再開して、スアドの新しい家族とも同居することになる。

めでたしめでたしで、よかったね。
とは言えないくらいの壮絶な人生を送った彼女に、かける言葉が見つからない。
だが、何事もなく故国で暮らすことができていたら、一切の人としての尊厳を奪われた人生を送らなければならなかったわけだ。
そんな女性たちをなくすために、スアドが声をあげたのが20年前。
それでも今も、家族に殺されていく女性のニュースを耳にすることはある。
悔しい。