11月19日(水)

 

今日の珈琲のおともは、旭川の有名なお菓子『き花』。

お土産屋さんで買いますが、ご自宅用に食べることも多い、美味しいお菓子。

以前旭川に行ったときに、「旭川のお菓子といったら『き花』が絶対的に好き」と10さんに言ったことがあります。

その後しばらくして買ってきてくれたのが、旭川の有名なお菓子『蔵生』でした。

うーん、違う。

 

 

 

ピスタチオが好きというと、タピオカを買ってくる10さん。

 

 

『出前一丁』が好きというと、『チャルメラ』を買ってくる10さん。

『出前一丁』なら葱と韓国のり、『チャルメラ』なら高菜をトッピングすると美味しい。

 

 

 

絶妙に違うものをチョイスしてくる。

次は何をやらかしてくれるのか、実に楽しみ。

 

 

 

 

 

本日の読書:銀の夜 角田光代

 

カバー裏より
『女子高生バンドを組んで、一時売れっ子となった過去を持つちづる、麻友美(まゆみ)、伊都子(いつこ)。三十五歳となった現在は、人生のピークは十代だったと自虐的に懐かしむような受け身の毎日を送っている。そんなある日、伊都子の切実な願いに応えるようにして三人はまた力を合わせることに……。人生と本当に向き合い始めた大人女性の「生きる手応えとは?」を描いた話題作。』

中学時代からの親友同士で、高校生の時にはバンドを組んでアイドル並みの人気を博していたちづる、麻友美、伊都子。
しかし、35歳の今、三人はそれぞれの人生に倦んでいた。

ちづるは夫のコネでイラストなどを描いて発表したりもするが、専業主婦とほぼ変わらない生活を送っている。
夫が職場の同僚と不倫をしていることを知っても、悔しくも悲しくも感じていない。

伊都子は売れっ子翻訳家の母との二人家庭で育ち、偉大な母に認めてもらうための人生は間違いだったのではないかと思い始めている。
唯一、バンド時代が人生のピークだったと思い、幼い娘にもスポットライトを浴びるような生活をさせようとお稽古ごとに励む毎日。

3人はたまに会って食事をして、近況報告をするなどつきあいは続いているが、それぞれ自分の生活と友人との距離を感じてはいる。
確かに、35歳ってそういう年齢だよね、と思いながら読んでいたのだけど、どうも3人ともに年齢より幼いのでは?という気がぬぐえない。
そして、全員がスマホではなく携帯を使用している違和感。

あとがきを読むと、かなり以前に書籍化するためにゲラまで進んだが、そのまま忘れていた作品だったようで、今なら50歳になっているはずらしい。

なぜ幼く感じたのかというと、自分の心に蓋をして、現状の不満に目をつぶり、不満を無かったことにするか人のせいにする。
自分の力で先に進もうとしないのは、その手段を持たない子どもだ。

違う道を選んでいたら、どんな人生だったんだろうと思うことは、確かにある。
そしてそんなことを考える時って、現状に何らかの不満があって、きっともうひとつの道が正解だったに違いない、と思ってしまうことも。

伊都子の、母に対する気持ち、恨みのようなものが一番私に近しいと思う。
でも結局母の手のひらから外には出なかったのだ、35歳まで。

一番理解できなかったのが、ちづる。
互いに気を使いながら、心を通わせようとしない夫婦。
なんでいつまでも夫婦なんだろう。

”一分一秒でも幸せだと実感していたい。自分の周囲に空洞があることを許さない。空洞は幸せの対極にあるから”

私は自分の周囲に空洞がないと苦しくなる。
空洞って自由のことだと思うから。
偽の充実で周囲を取り囲んで雁字搦めになりたくはないと思うから。

最後に大きな出来事があって、3人は力を合わせてそれに対処し、そしてその後はそれぞれの足で歩きはじめる。
もう、おしゃれなレストランで一緒に食事をすることはしばらくないだろう。
でもいつかそのうち、少女時代のしっぽを切り捨てた大人同士の友人として、また旧交を温めると信じてる。