10月17日(金)
昨年からこつこつ本を処分してきました。
途中腰椎骨折のため一年ほど中断していましたが、再びこつこつと。
まずは本棚から本を選び出す。
手元に置く本はごく少なく、ほとんどの本を古本屋さんに持っていくか廃棄するか、分別する。
図書館に寄付するということも考えたのですが、私の持っている本って、図書館に1冊あれば副本はいらないよレベルのマイナーな変な本なんですよ。
だって人気の小説は図書館から借りられるので、買わなくてもいいでしょ。
あとは大量のマンガ。
大好きで何度も読み返した本ほど、汚れたり傷んだりしてしまって、古本としての価値がない。
古本の価値って、要は見た目ですから。
本当は本の価値で判断できるような、目利きの古本屋さんが近くにあればいいのですが、目利きの本屋さんが高く買ってくれるほど珍しい本でもない。
ってわけで、500冊くらいは古本屋さんに持っていって、あとはこつこつ廃棄していました。
読み聞かせをしている友だちにもらってもらう絵本を十数冊残して、今日最後の本を古本屋さんに持っていきました。
全部で3万50円。
まだ少し小説の類が残っていますが、これらはさほど古くはないので、Book offに持っていくかな。
っていうか、もったいなくて本棚に残しているけど、読み返さないだろうなあという古い本もまだ結構ある。
一番本棚で幅を利かせている文学全集は、そのうち読もうと思っているけど、その日が来るのはいつだろう。
本日の読書:青瓜不動 三島屋変調百物語九之続
Amazonより
『行く当てのない女達のため土から生まれた不動明王。悲劇に見舞われた少女の執念が生んだ家族を守る人形。描きたいものを自在に描ける不思議な筆。そして、人ならざる者たちの里で育った者が語る物語。恐ろしくも暖かい百物語に心を動かされ、富次郎は決意を固める──。』
目次
・青瓜不動
・だんだん人形
・自在の筆
・針雨の里
百物語とはいえ、人に仇なすのは『自在の筆』くらいで、他の3編は懸命に生きる人を支えるような妖。
だから、読後感は悪くない。
『青瓜不動』は、おちかの安産を願って三島屋にやって来た。
おちかが悪いわけではないけれど、殺意に至るほどの人の悪意を浴びてしまったおちかが、出産という大事にふっとあの世に呼ばれてしまわないように。
そして、温室育ちの富次郎、頑張る。
『だんだん人形』もまた、人の命を助ける怪異というか…まあ、人形なのだけど、その人形が作られた経緯が本当に読んでいてつらくて。
子どもが大変な思いをしながら頑張って頑張ってなした結果がこの程度か、と、文三郎だけではなく私も思ったけれど、多分事実は言い伝えよりももっとむごかったろうという富次郎の解釈もまた、真実なのだと思う。
『針雨の里』は切ない幕切れだったし、つまりは無念が生んだかりそめの幸せとも言えるけれど、そこで育てられた子どもたちは世の中を生きていく術を身に着けてもらったのだから、やっぱりよかったんだよね。
で、さあ、『自在の筆』よ。
自分の力を最大限に引き出してくれる絵筆。
そりゃあ、画家になりたい富次郎には、喉から手が出るほど欲しいものだろう。
しかしその筆は人の血を欲するのである。
素直で優しい富次郎は、その筆の力を見聞きして「もう二度と描かない」と思い定める。
自分の意志では如何ともしがたい強い思い。
自分にはその覚悟がないことを思い知ったのだ。
けれども、百物語を聞きながら、富次郎はやっぱり絵を描きたいと思うのだ。
人の心を持つ化身たちの笑みと涙、その尊さ、その優しさを描きたい、と。
描きゃあいいじゃん、と私は思うが、次巻では如何に?
