9月30日(火)
ここ数カ月間、我が家の懸案事項だった娘の生活立て直しについて、今日、娘から連絡がありました。
5月から病気休職中でしたが、傷病手当金だけでは暮らしていけないのです。
もともとは家賃補助のある前の会社の時に住み始めたマンションで、今の会社はそれがない分働いている最中から生活が苦しかった。
家賃の安い家に引っ越さなくちゃ…と言いながら、仕事の忙しさにかまけているうちに体調を崩し、給料の満額にはほど遠い傷病手当金では、貯金を切り崩すしかないのです。
無給の病気休暇が認められるのは3ヶ月。
会社を辞めた後も東京に残り続けるのか、札幌に帰ってきて体を治すことに専念するのか、早く決めないことには貯金が減っていくばかりです。
それでも、東京にいたかったのでしょう。
なかなか今後のことを決めきれずにいましたが、やっぱり札幌に戻ってきたいと連絡が来たのが今日。
問題は主治医が札幌に戻ることにいい顔をしていないってことなのです。
楽な生活に慣れて、社会復帰が難しくなるのでは?と反対している、と。
余計なお世話だと思うのですが、そう思うこと自体が親ばかのモンスターペアレントなんだろうか。
でも親としては、一人暮らしの部屋で病気療養している娘っていうのは、不憫でしょうがない。
体に栄養を、心に安心を与えて、早く良くなって欲しいと思っているだけなんだけど。
まだ意思表明しかされていないのに、なんだかワクワク嬉しくなって、ソファセットの向きを変えて、ダイニングセットの位置を変えるという模様替えをした。
10さんが出かけている隙に一人で。
なんか、じっと落ち着いて座ってられなかった。
ところで『3月のライオン』、次巻で最終巻になるらしい。
物語的にはこの間で終わってもよかったと思う。
将棋以外何も持たなかった桐山零が、気づいたから。
「あんなに欲しかった わかり合える人(ともだち)は いたじゃんか 最初から ぼくの となりに」
でも、気づいたあとも将棋は、勝負は続くのだ。
そして島田さん。
どんくさいほどお人好しでいい人で、ストイックで、厳しくて淋しくて暖かい人。
この人は一生、このスタイルの将棋を指していくんだろうなあ。
たった一人で将棋に向き合っていくんだろうなあ。
次の扉を開けたいという渇望に身を焦がしながら。
本日の読書:神さまの貨物 ジャン=クロード・グランベール
Amazonより
『大きな暗い森に貧しい木こりの夫婦が住んでいた。きょうの食べ物にも困るような暮らしだったが、おかみさんは「子どもを授けてください」と祈り続ける。そんなある日、森を走りぬける貨物列車の小窓があき、雪のうえに赤ちゃんが投げられた――。明日の見えない世界で、託された命を守ろうとする大人たち。こんなとき、どうする? この子を守るには、どうする? それぞれが下す人生の決断は読む者の心を激しく揺さぶらずにおかない。モリエール賞作家が書いたこの物語は、人間への信頼を呼び覚ます「小さな本」として、フランスから世界へ広まり、温かな灯をともし続けている。』
子ども向けの本のように小型で薄くて文章も少ないが、書いている内容はとても重い。
ナチスのユダヤ人狩りで、妻と双子の赤ん坊とともにどこへとも知れぬ場所へ向かう列車に乗せられた夫。
彼は、はっとした。
気づいてしまった。
この列車に乗せられている者のほとんどが、年寄りたち、目の不自由な人、子どもたち…働かせるために集められた人たちではないことを。
ショックで乳が出なくなった妻。
ふたりの赤子を育てることはできない。
でも、一人なら?
追い詰められた夫は、双子の一人をショールに包み、列車の窓から放り投げる。
列車を追いかけて走ってくる、木こりの妻に向かって。
貧しい木こりの妻は子どもが欲しかった。
毎日の辛い生活も、子どもがいれば乗り越えられるような気がしていた。
だから神に祈った。
子どもを授けてくれますように、と。
戦争中、ナチスにとってユダヤ人は人ではなかった。
人ではないから、心もないのだろうと思っていた。
だからひどいことも平気でできた。
木こりの妻は言う。
「人でなしも、人よ。人でなしにも、心臓がある。心がある。おまえさんやわたしと同じように」
これは昔話ではない。
この時に「人ではない」と言われたユダヤ人が、今は他国の人たちを「人ではない」と断じて虐殺する。
ねえ、どういう気持ちで?
木こりは命懸けで「人でなし」と思われていた贈り物の子どもの命を守った。
木こりの妻は命懸けで「人でなし」と思われていた贈り物の子どもとともに逃げ、そして育てた。
そういう歴史をどう考えているの?
寛容が命を救い、命を繋ぎ、今の世の中を作ってきたはずなのに、世界はどんどん非寛容になっていく。
あちらでもこちらでも。
それは、神さまの願っている世界なの?
