9月6日(土)
昨年9月に腰椎を骨折してから、階段を利用することがめっきり減りました。
最初のうちは足の上げ下ろしに力が入らなくて、階段の手すりにしがみついて腕の力で上り下りしていました。
そのうち少し慣れてきて、5~6段の階段なら、手すりに触れる程度でゆっくり上り下りできるようになりました。
けれど、その後がなかなか進まなくて、手すりから手を放すことができない。
手すりのない側の足からしか下りられない。
一歩ずつ一歩ずつしか下りられないので、めんどくさくなって、エスカレーターがあればそっちを使うようになってしまいました。
そんな9か月を過ごした後、コルセットを外して階段を降りてみると…足がふらつくのです。
片足で立っていられない。
片足て体重移動ができない。
今度はコルセットを言い訳にできないので、再び手すりにしがみつく生活に戻り3ヶ月。
今日、約一年ぶりにマンションの非常階段を降りてみました。
階段を昇るのはしんどいことです。
でも、少なくとも10年前は、金毘羅山の奥の院まで自力で階段を昇ることができました。
階段を降りるのが大変と思ったことはありません。
ところが今日は、3階分を降りた時点で足がぐらぐらして力が入りません。
さすがにショック。
これはいかんと、手すりにしがみつきながら1階まで下りましたが、途中で一度足がもつれて階段を踏み外しそうに…。
怖~。
これからは意識的に階段を利用しよう。
怖いから手すりから手を放さないように。
ゆっくりでも一歩一歩確実に。
本日の読書:あなたが誰かを殺した 東野圭吾
Amazonより
『閑静な別荘地で起きた連続殺人事件。愛する家族が奪われたのは偶然か、必然か。残された人々は真相を知るため「検証会」に集う。そこに現れたのは、長期休暇中の刑事・加賀恭一郎。――私たちを待ち受けていたのは、想像もしない運命だった。』
冒頭のシーンがいきなり、探偵が関係者全員を集めて真犯人を糾弾するシーンだったから「おおっ!」と思ったけれど、それはタブレットで見ていた動画の話で。
別荘に向かう中学生の少女とその両親、というところで既視感。
いや、あれは受験生たちが湖畔の別荘地で受験勉強している時、大人たちは…って話だった。(『レイクサイド』)
これは、毎年同じ時期に集まる別荘地のご近所さんたちが、バーベキューパーティーの夜に連続して殺されたという、スティーヴン・キングも真っ青なお話(あくまでイメージです)でした。
日本だから銃じゃないけどね。
毎日いろんな作家の小説を読んでいるけれど、東野圭吾の小説の読みやすさといったら群を抜いている。
敬語の使い方に違和感はあるけれど、ちょっと強引な展開もあるけれど、それでも登場人物の行動が、表情が、いきいきと脳内に浮かんでくる。
加賀刑事のシリーズなので、当然テーマは家族の在り方だ。
常に支配していたがる人、支配される一方の人。
その中で子どもは無力な存在なのか。
最後まで読むと、それらの関係性が姿を変えている事に気付く。
やっぱり上手い。
ところで、作中で加賀刑事の顔の彫の深さに言及しているが、シリーズ最初の頃はそんな設定なかったよね。
作者が映像に寄せにいってる…。笑
