8月17日(日)

 

数年前の自分がびっくりするくらい、毎日動画を視聴している。

10年前なら確実に「動画を見ている暇があったら、本読めよ」と思っていたはずなんだけど。

 

在職中、業界のリクルート関係の広報の仕事をやっていた時があって、就活生に向けて動画を作ったことがある。

もちろん撮影も編集もプロにお任せなんだけれど。

就活生向けの座談会(1時間半程度)を撮影してもらったわけです。

 

その時にえらいさんから言われたこと。

今の若い人は、動画を一時間もじっと見ているなんてことはしないから、小テーマごとに7~10分くらいの動画に分けたほうがいい。

 

テレビドラマだって1時間はするだろう!

それを見る時間もないとは、何たる集中力のなさだ!

と憤りながら、長尺の動画と10分程度の動画に分けたものとの2種類を作ってそれぞれアップしたものです。

 

が、今、私自身が15分をこえると「長いなー」と思ってしまう。

見るけどね、好きな動画は。

昨日のニシコリの動画なんて50分以上もあって倒れそうだったけど、面白いのがわかっていたから見た。

Quiz Knockの動画も長くても見るけど、Game Knackになると、ゲームや出演者によって見たり見なかったり。

 

テレビだと1時間見ていられる。

映画も面白ければ3時間くらいのものも楽しく観ていられる。

なのにどうしてネット上の動画は10分が限界なんだろう。

 

なんてことを考えながら、わんこそばのように次々提供される動画(10分程度)をだらだらと見てしまう。

人生、無駄遣いすんな‼と、時々自分に喝を入れなければね。

 

 

 

 

本日の読書:八月の銀の雪 伊与原新

 

Amazonより
『「お祈りメール」の不採用通知が届いた大学生は、焦りと不安に苛まれていた。2歳の娘を抱えるシングルマザーは、「すみません」が口癖になった。不動産会社の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた……。辛くても、うまく喋れなくても、否定されても邪慳にされても、僕は、耳を澄ませていたい――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。見えない磁場に感応するハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠に――。科学の普遍的な知が、傷つき弱った心に光を射しこんでいく。表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の傑作五編。』

目次
・八月の銀の雪
・海へ還る日
・アルノーと檸檬
・玻璃を拾う
・十万年の西風

弱くて脆くて頑固で偏屈なヒトという種を愛おしく感じる短編集。
科学はそんなヒトとは関係なく存在しているはずなのに、なぜか寄り添ってくれているように感じさせる物語の妙。

親とは疎遠で祖母に育てられ、その祖母も亡くなってたった一人で娘を育てる主人公の、痛いまでの孤独と、娘を育てなければという責任と、よい人生を与えてあげられないという諦念が苦しい『海へ還る日』。
生まれ変わったらプランクトンになって、何も考えずただ海を漂って、クジラに食べられる生を送りたいと考える。
これは相当追い詰められているだろう。

陸から海へ還った哺乳類・クジラの歌は、レコードに録音されて今、宇宙船ボイジャーとともに太陽系の外にある。
いつか、地球外生命が、人類の言葉と一緒にクジラの言葉もわかってくれる日が来るだろうか。
クジラの歌声は誰に届くのだろう。

『アルノーと檸檬』は、迷子の伝書鳩の話なのだけど、舞台が北千住だったので俄然親近感。
立ち退きを迫られているアパートの一室で、迷子の鳩の世話をしている白粉(おしろい)婆こと、加藤寿美江。
彼女を何とか立ち退きに同意させるために日参する、不動産会社の契約社員である園田。
裏に大家の家がある古いアパートで、近くにタワーマンションができたとは、まさしく私の住んでいたあのあたりか?(私のアパートも、裏に大家さんの家があった)

実は鳩は迷子なんかではなくて…。
でも、鳩は臨機応変に対応できんのよ。
けなげな鳩と、不器用な人間。
それでも何とか生きてはいける、ということが大事。