8月16日(土)
今日は10さんの用事が午前中で終わったので、ドライブがてら、長沼町のながぬま温泉に行ってきました。
子どもたちが小さかったころは、毎年のようにながぬま温泉向かいにあるマオイオートキャンプ場に来ていたのですが、ここ数年はキャンプもしていないし、温泉にも来ませんでした。
本当に久しぶり。
まずは昼食。
サーモンのづけ丼と冷たいうどんのセット。
頼んでから出てくるまでがめっちゃ早っ。
まあ、あまり混んでなかったせいもあるのでしょうが。(お昼なのに)
食べてすぐ温泉に入ったら消化に悪いので、マンガコーナーで消化頑張る。
ちなみに、先に温泉から上がった私は、10さんが出てくるまでのあいだも、『SPY FAMILY』を熟読。
アニメは、マンガでさらっと飛ばしているぶぶんを、丁寧に補足してくれていることがわかる。
次に来たときは、3巻の途中から読もう。
今朝の占いで、今日のラッキーアイテムが携帯用音楽再生機だったのだけど、iPodが使用不能なので、今日はスマホでYou Tube。
行きはSEKAI NO OWARI、帰りはふきのとうを延々と。
マンガと合わせて、幸せだ~。
本日の読書:ウナノハテノガタ 大森兄弟
死を知らぬ海の民イソベリ、死を弔う山の民ヤマノベ。二つが出会い、すべてが始まる。これは、対立の運命を背負わされた海族と山族の神話を描く、原始の物語。』
〈螺旋プロジェクト〉の一冊。
〈螺旋プロジェクト〉とは
「共通のルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいに書きませんか?」伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8作家=朝井リョウ、伊坂幸太郎、大森兄弟、薬丸岳、吉田篤弘、天野純希、乾ルカ、澤田瞳子による前代未聞の競作企画である。
ルール1 「海族」vs.「山族」の対立を描く
ルール2 共通のキャラクターを登場させる
ルール3 共通シーンや象徴モチーフを出す
(中央公論新社HPより)
「ウナノハテノガタ」
「海の果ての潟」かと思って読んでみたが、「海の果ての方」だった。
オトガイはイソベリの少年。
イソベリには死の概念がない。
動かなくなったら、息をしなくなったら、イソベリは島へと運ばれる。
そこでイソベリはイソベリ魚となり、ケガは治り、昔々にイソベリ魚になった人たちとウナでずっと幸せに暮らす。
たった一人、島へ運んでくれるハイタイステルベはオトガイの父、カリガイ。
イソベリは、食べたい分だけシオダマリで魚や貝やタコを取って食べる。
争いごとのない世界。
そこへ、森の奥から見慣れぬ獣のようなヤマノベのマダラコがやってくる。
ヤマノベは、武器を取って戦うことを知っている。
ヤマノベは、死を弔うことを知っている。
ヤマノベの仲間に追われたマダラコを匿い、大地が揺れて崖崩れでけがをしたヤマノベたちを救ったイソベリ。
それはいけないことだと、ウェレカセリは言う。
ヤマノベとイソベリは近くで暮らしてはいけないのだ、と。
しかしケガが癒えたヤマノベは採れるだけの食材をシオダマリで採り、イソベリに分けることなく、余らせたものは捨てて腐らせていく。
武器を持たないイソベリは…。
薄い本なのに、すごく時間がかかりました。
苦しくて、読むのが。
オトガイの親友ヤキマは、ヤマノベの世界観をどんどん吸収していきます。
知らない概念を知る喜び。
しかし、それが彼を幸せに導いたかというと、そうはならない。
ハイタイステルベは、イソベリで唯一「死」を知る存在です。
たった一人で秘密を抱えているカリガイの心が、どんどん蝕まれていく様子は、読んでいてとても辛いものでした。
そして次代のハイタイステルベたるオトガイもまた、「死」を知らないがゆえに無茶をしても平気なイソベリたちに、命を、身体を、無駄にするなと言ってしまいたくなります。
「死」を知らないイソベリは、まるで特攻のようにヤマノベに向かっていきますが、あっけなくやられてしまうのです。
だって今まで争ったことすらないんだもの。
最後は、ヤマノベもイソベリも大きな脅威に晒されることになります。
なんとなく希望を抱かせる終わり方。
でも、私はずっと、カリガイの苦しみが辛くて苦しくて。
一人の苦しみの上にある大勢の幸せ。
マダラコはそれに反発をしてヤマノベから追われることになるのです。
そしてハイタイステルベにすべてを任せて安穏としているイソベリの在り方も、ヤマノベと同じといいます。
要は生け贄だけが苦しめばいい、と。
その、悪気のない無責任が重い。
Amazonより
『「いいか、島でのこと、だれにも話してはいけない」海の民の少年オトガイは、父から代々伝わる役目を引き継ぐ。山の民の少女マダラコは、生贄の儀式から逃れて山を下りる。死を知らぬ海の民イソベリ、死を弔う山の民ヤマノベ。二つが出会い、すべてが始まる。これは、対立の運命を背負わされた海族と山族の神話を描く、原始の物語。』
〈螺旋プロジェクト〉の一冊。
〈螺旋プロジェクト〉とは
「共通のルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいに書きませんか?」伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8作家=朝井リョウ、伊坂幸太郎、大森兄弟、薬丸岳、吉田篤弘、天野純希、乾ルカ、澤田瞳子による前代未聞の競作企画である。
ルール1 「海族」vs.「山族」の対立を描く
ルール2 共通のキャラクターを登場させる
ルール3 共通シーンや象徴モチーフを出す
(中央公論新社HPより)
「ウナノハテノガタ」
「海の果ての潟」かと思って読んでみたが、「海の果ての方」だった。
オトガイはイソベリの少年。
イソベリには死の概念がない。
動かなくなったら、息をしなくなったら、イソベリは島へと運ばれる。
そこでイソベリはイソベリ魚となり、ケガは治り、昔々にイソベリ魚になった人たちとウナでずっと幸せに暮らす。
たった一人、島へ運んでくれるハイタイステルベはオトガイの父、カリガイ。
イソベリは、食べたい分だけシオダマリで魚や貝やタコを取って食べる。
争いごとのない世界。
そこへ、森の奥から見慣れぬ獣のようなヤマノベのマダラコがやってくる。
ヤマノベは、武器を取って戦うことを知っている。
ヤマノベは、死を弔うことを知っている。
ヤマノベの仲間に追われたマダラコを匿い、大地が揺れて崖崩れでけがをしたヤマノベたちを救ったイソベリ。
それはいけないことだと、ウェレカセリは言う。
ヤマノベとイソベリは近くで暮らしてはいけないのだ、と。
しかしケガが癒えたヤマノベは採れるだけの食材をシオダマリで採り、イソベリに分けることなく、余らせたものは捨てて腐らせていく。
武器を持たないイソベリは…。
薄い本なのに、すごく時間がかかりました。
苦しくて、読むのが。
オトガイの親友ヤキマは、ヤマノベの世界観をどんどん吸収していきます。
知らない概念を知る喜び。
しかし、それが彼を幸せに導いたかというと、そうはならない。
ハイタイステルベは、イソベリで唯一「死」を知る存在です。
たった一人で秘密を抱えているカリガイの心が、どんどん蝕まれていく様子は、読んでいてとても辛いものでした。
そして次代のハイタイステルベたるオトガイもまた、「死」を知らないがゆえに無茶をしても平気なイソベリたちに、命を、身体を、無駄にするなと言ってしまいたくなります。
「死」を知らないイソベリは、まるで特攻のようにヤマノベに向かっていきますが、あっけなくやられてしまうのです。
だって今まで争ったことすらないんだもの。
最後は、ヤマノベもイソベリも大きな脅威に晒されることになります。
なんとなく希望を抱かせる終わり方。
でも、私はずっと、カリガイの苦しみが辛くて苦しくて。
一人の苦しみの上にある大勢の幸せ。
マダラコはそれに反発をしてヤマノベから追われることになるのです。
そしてハイタイステルベにすべてを任せて安穏としているイソベリの在り方も、ヤマノベと同じといいます。
要は生け贄だけが苦しめばいい、と。
その、悪気のない無責任が重い。



