6月26日(木)

 

我が家で日常的に使っている鍋は、ここ四半世紀ずっと取っ手の取れるティファールです。

セットで買ったフライパンはとうにダメになっていて、何回か買い替えているけれど、鍋は買い替えることなく使い続けていました。

もちろん家族が多かった時は、カレーやおでんの時には大きな鍋を使いましたし、麺をゆでる時はパスタ鍋も使いました。

 

けれどとうとう、鍋のフッ素加工部分が浮いてきてはがれてきたんですよ。

ちょうど取っ手を取り付けるあたりが、さわるとふわふわしてきて。

毎日味噌汁を作るのに使う、一番小さいサイズのが、もうだめです。

 

そんなわけで、今週は10さんの隙間時間を見繕って、何件かお店を回りました。

そこでびっくりしたのが、最近のフライパン事情。

 

確かに最近はフライパンでパスタをゆでたり、煮物を作ったりなどをテレビで見たことがありました。

が、お店で売っているフライパンの半数以上が、昔のフライパンに比べて深い。

私がフライパンを買う時の目安は、重さです。

家族が多かった時に炒飯作っていて腱鞘炎になったことがあるので、本当は重いフライパンで炒めたほうが美味しくできるのでしょうが、軽いものを選んで買っています。

なので、フライパンの深さに今回初めて気がつきました。

 

というのも、今の鍋って、浅いのです。

今回ダメになった鍋と同じサイズの直径16センチの鍋を見ると、すぐ吹きこぼれそうなくらい浅い。

 

ティファールでセット売りしている16センチの鍋は深いのですが、ばら売りの鍋は取っ手が取れようと取れまいと浅い。

ティファールであろうとなかろうと浅い。

だからと言って、今現在問題なく使っているフライパンが二つもあるのに、セットで買ってまたフライパンを増やすのもちょっと違う。

というか、ティファールとサーモスの鍋セットの両方とも、鍋1にフライパン2とか、鍋2にフライパン3とかなんですよ。

今の料理は「フライパンで作る」ものが主流なんですね。

 

たぶん、底面積が広くて浅い方が火のまわりが早くて時短になるからなんでしょうね。

もはや鍋とフライパンの区別がつきません。

というわけで、気に入るような鍋を探して、まだしばらくはお店回りをしなくてはなりません。やれやれ。

*現在みそ汁は直径18センチのちゃんと深い鍋で作っています。

 

 

 

本日の読書:書楼弔堂 破暁 京極夏彦

 

カバー裏より
『明治二十年の半ば。雑木林と荒れ地ばかりの東京の外れで日々無為に過ごしていた高遠は、異様な書舗(ほんや)と巡りあう。本は墓のようなものだという主人が営む店の名は、書楼弔堂。古今東西の書物が集められたその店を、最後の浮世絵師月岡芳年や書生時代の泉鏡花など、迷える者たちが己のための一冊を求め〈探書〉に訪れる。変わりゆく時代の相剋の中で本と人の繋がりを編み直す新シリーズ、第一弾!』

目次
・臨終(月岡芳年)
・発心(泉鏡花)
・方便(井上圓了)
・贖罪(岡田以蔵)
・闕書(巖谷小波)
・未完(高遠彬)

目次の後の括弧書きは、弔堂が本を売った相手。
最後の一人は、この本の語り手。
後々の自分のために、記しておく。

最近は読みたい本リストの巡りあわせにより、続々京極夏彦の本を読めるのが嬉しい。
どの本を読んでも、理解の範疇を超えるような膨大な知識や知見が披露され、それらを読むことがぞくぞくするほど楽しい。
ましてこのシリーズは、本屋が舞台なのである。
しかも、歴史上の人物たちが自分の人生に迷ったときに、「自分のための一冊」の本に巡りあう話なのだ。
本好きであり、歴史好きである私のために書かれた本だと思っても、あながち間違いではないような気がする。

実際に見てさわれるものが”実”であるのなら、本に書かれていることはすべて”虚”である。
というよりも、本来ないはずの”虚”は、文字で書かれることによって本という”実”になる。
読まれなければその本に書かれたことは”死んだもの”であり、読むべき人と出会うことによって成仏するのだと弔堂は言う。

人生を変えてもいいくらい面白い本と巡りあう。
しかし、もしかしたらもっと面白いものがあるかもしれない。
そう思ったらそれは「自分のための一冊」ではない。
もっと面白い本を探して、本を渉猟する。
必然的に本は集まってしまうのだという

だから本って増殖するのか!と膝を打つ思い。

『方便』で、高遠が弔堂に来ると、店の前に人力車がいる。
店に入ると、人力車を待たせている客というのが、どちらかというときゃしゃな作りなのにやけに存在感が大きい老人。
そして、身なりに反して話し方が伝法。
まるで勝海舟みたいじゃないのと思ったら、本当に勝先生でございました。
その次の『贖罪』にも、会話の中で出てきます。嬉しい。

勝先生は、天子様にも徳川様にもそれぞれの義があると考えた。
「凡て義であるのなら全部立ててしまえ。(中略)立てるものは立てたまま、切って良いものは切って、それから組み直す。勝先生は沢山の義を、もうひと枠大きな国と云う区切りの中に置き直し組み立て直そうとなされたのではありますまいか」
「一方で福澤先生はあっちもこっちも立てることはないとご判じになった。全部立てなければいいのだと考えられたのではありませぬかな」

なるほど。
二人の思想の根本の違いを、こんなに端的に書かれた言葉を読んだのは初めてだ。
勝先生は、それぞれの義を立てるにあたって、人が死なないよう最大限の尽力をなさった結果、それはかなわなかったわけで。
だから生涯、自分のことを嗤ってらしたのかと思った。