12月16日(月)
 
お散歩がてら三省堂書店に『本の雑誌』を買いに行きました。
これと『ダ・ヴィンチ』で、本のリストに追加する新刊をチェックするのが、新年のお楽しみ。
 
さて、久しぶりに大きな本屋さんに来たので、無駄にうろうろしてみる。
店舗は狭くなったのに、ラノベの棚が増えていてびっくり。
初めてラノベを手に取り、パラパラとページをめくってみました。
 
「フラットだ」というのがその感想。
何がフラット?
なんでそう感じた?
うーむうーむと考えるに、一行当たりの文字数が少なくて、文頭が平らなんです。
地の文と会話のカギかっこでずーっとフラットに続く文頭。
ほかの本も何冊か見てみたけれど、どれもフラット。
 
普通の本はどうだろう?と思ってみたら、普通の小説の単行本も割とフラットなので驚きました。
短い会話をポンポンやり取りして文章をつなげるのが、最近のはやりなのでしょうか。
こちらも何冊か見て、ラノベほどではないけれど思ったよりフラット。
重厚な小説を書くイメージのある河﨑秋子の本を手に取る…フラット…かも。
 
文庫本のコーナーで明治の文豪の本を手に取る。
文章が切れ目なく延々と続いていて、逆にフラットだが、ページ上のスペースは狭い。
私が学生時代に読んでいた、昭和の作家の本を手に取る。
うん、文頭が凸凹している。
 
最近の作家だけど昔っぽい文体で書く森見登美彦で確認だ。
よ、よし、モリミーは割と凸凹してる。
 
など、くだらないことを確認しながら本屋さんの棚の中をせっせと歩き回ったのでした。
ラノベがフラットというよりも、最近の作品は改行が頻繁で、会話文で話が進むというのが多いのね。
なるほど、最近の小説はやたらと分厚くなっているはずだ。
文体というよりも、出版社の都合か?
 
今朝の月と朝焼け。

 
 
 
 
本日の読書:特捜部Q カールの罪状 ユッシ・エーズラ・オールスン

 

裏表紙より

『一人の女性が60歳の誕生日に自殺した。殺人捜査課課長ヤコプスンは、彼女が不審な爆発事故に巻き込まれて32年前に亡くなった男の子の母親だと気づく。それを発端に、事故や自殺に見せかけた同様な不審死が二年ごとに起こっていた。次の不審死も近いうちに起こることが明らかとなり特捜部Qのメンバーは必死で捜査を続ける。一方カールの自宅から大量の麻薬と現金が見つかる。警察の麻薬捜査班により、カールがあの未解決事件の重要参考人になっているとヤコプスンは知らされる――。シリーズ最終章目前の第9弾。』

副題が『カールの罪状』なので、そちらがメインかと思ったら違った。
ヤコプスンがずっと気にかけていた30年以上前の爆発事故。
これの再調査を特捜部Qに命じる。
事件かどうかはわからないまま。

2020年、新型コロナが猛威を振るい、デンマークでそれはロックダウンという形で人々の行動を制限し、それは警察と言えども例外ではなかった。
そしてそれがクリスマス時期と重なってしまったため、あらゆる方向で業務が滞る。

そんな中、特捜部Qの捜査は、シリーズ随一のスムーズさで真相に近づいていく。
殺された人びとの共通点、殺された日にち、殺すという儀式のためのルーティン。
ただ、犯人を特定できず、次の犯行場所の特定ができないだけだ。
次の被害者が誘拐されたというのに。

「正義のため」に行われる、神に許された私的制裁。
最初は純粋に「正義のため」だったはずだが、いつの間にか暴走する「正義」のために、今度は秘密を守るという保身のためにも行われる「正義」。

絶対正義というものはないと思う。
見方によって同じことが「正義」にも「悪」にもなるのだとわかっている。
それでも殺された人たちの身勝手さや、倫理感の乏しさに、殺されるべき存在であることを納得してしまいそうになる。
それもまた身勝手な「正義漢」の暴走であるのに。

今回はゴードンが頑張った。
ひ弱な見かけと無駄に博学なところがカールのイライラを誘うけれど、彼は今回本当に頑張った。
死にたくない理由が、まだ異性の誰からも愛されたことがないから、というところがゴードンらしいというか…ゴードンってそうだったっけ?
次の最終巻でローセとなんとかなるかも。

さて、今まで影となり日向となって特捜部Qを支えてくれたヤコプスンが、カールを見限ったような態度を取り、ついにカールを逮捕したところで続く。
これが解せない。
カール抜きで特捜部Qが上手く回らないだろうことは、彼が一番知っているはず。

そして読者も知っている。
いくらカールが一部記憶を失っているままだとしても、卑怯なことを良しとしない人だということを。
長年の付き合いであるヤコプスンがそれを知らないはずがない。
だからきっと大丈夫、と思っているのだけど。