12月4日(水)
SMAPって、たいていライブツアーの最初か最後は札幌だったんですよ。
最初の時が多かったかなあ。
で、ツアー初日の出来によっては中居くんのダメ出しが発動され、初日と全然別物の2日目なんてこともあったらしい。
そんなSMAPのライブを、クリスマスに行った年があります。
大雪で、ドームの前で待ち合わせした友だちがなかなか来なくて、ハラハラした記憶が。
SMAP渋滞に加えて大雪による自然渋滞。
友達は途中でタクシーを降りて、結構な距離を走ってきました。
それでも、グッズを買う時間がないくらいの開場ギリギリ。
私はグッズをあきらめてすぐに席に着いたんだけど、友達のお姉さんが私の分まで買いに走ってくれて、「間に合ったよ―」と。
今みたいにネットで事前に吟味できるわけではないので、行き当たりばったりでうちわやタオルや、コラボのチョッパー人形などを買ってほくほく。
そして私たちは、100均で購入したトナカイさんの角カチューシャをして、開演を待ったのでした。
よく考えるとみんなアラフォーのいい歳なんだけど、今思うと「若かったなー」って。
いや、本当に若い人たちは、ミニスカートのサンタ衣装でしたけどね。
今でもそのカチューシャはチョッパーの人形と一緒に飾ってます。←断捨離は?
本日の読書:三国志 八の巻 水府の星 北方謙三
カバー裏より
『赤壁の戦いで大勝を収めた周瑜は、自ら唱えた天下二分に向け、益州への侵攻を決意する。孫権と劉備との同盟成立で、その機が訪れたのだ。だが、周瑜に取り憑いた病は、刻々とその身体を蝕んでいく。一方、涼州で勢力を拡大し、漢中十部軍を率いて、父と一族を殺した曹操に復讐の刃を向ける馬超。諜略を巡らせ、その馬超を追い詰める曹操。そして劉備は、孔明とともに、天下三分の実現のため、遥かなる益州を目指す。北方〈三国志〉激動の第八巻。』
赤壁が終わり、気の抜けた感がぬぐえない。
おかしいな。
本来ならまだ天下の情勢は定まっていないのに、なんでこんなに「終わった」感が強いのだろう。
病を抱えたまま周瑜は、孫権のために益州を奪取すべく準備をする。
が、病の周瑜、看病する幽のやり取りが煩雑で、テンポが悪い。
赤壁で大敗した曹操は、内政を充実させながらも虎視眈々と勢力拡大を狙う。
が、頭痛がはなはだしい曹操、手当てするえん京のやり取りが煩雑で、テンポが悪い。
膠着状態の間延々と続けられる一人語り、または部下に対してかます薫陶など、はっきり言って鬱陶しい。
そういうのは行動で示し、行間から読者が読み取るものだ。
さんざん大物感を煽ってきた馬超が、一瞬で敗走する。
「諜略のようなものは嫌いだ」と言い張っていたのが伏線で、結局周囲から孤立させられ、攻めては返り討ちに会い、戻っては城を乗っ取られる体たらく。
周瑜や曹操が戦っていた時、いったい何をしていたのだ?
出番が来るまでおもちゃ箱の中で休んでいたのか。
周瑜亡き後の呉も、一瞬で舞台から退場。
まあ、もともと呉という国は傑物がいなくて、権威の象徴はいても権力については合議制で執行されていたのだから、北条泰時亡き後の鎌倉幕府のようにつまらん。
周瑜はひとりで北条三代分の役割を担っていたのだな。
荀彧死す。
これは大方の『三国志』では、曹操に自殺するよう追い詰められたという書かれ方だった気がするけど、この作品の曹操は、荀彧が暗殺されないよう、極秘に彼を警護させていた。
それを荀彧が、「監視されている」と思い、信頼感が失われたことによる絶望からの自殺となっている。
それはそれで面白い解釈と思った。
たぶん実際にはそんなことなかったと思うけど。
龐統死す。
益州を落とせずにいるうちに、孔明が合流するということで焦ったのか、敵が立て籠っている城を見に行って流れ矢にあたる。
自殺?
孔明の内政に関しては、常々良い仕事をしていると思っていたけれど、この作品では伊籍というもともと劉表に仕えていた人物が、その大本を作り上げたことになっていて、とすると孔明の手柄って今のところ、ない。
「臥竜」(孔明)も「鳳雛」(龐統)も看板倒れやね。
一般的な『三国志』のヒーローに出番がないので、作者の思想が前面に出てきちゃって萎える。

