10月27日(日)
天気は良いけど気温は低い。
それでも「お散歩がてら、歩いて投票場へ行こう」と言われて、お昼少し前に出かけました。
お散歩とはいえ、帰りは買い物をして帰るであろうとは思っていました。
が、「帰りはお昼ごはんがてら蕎麦でも食べよう」と言われ、”がてら”が多いなとは思いつつ、OKしました。
それなのに、なぜ私たちはたこ焼き屋さんに入ってしまったのでしょう。
そして、キンキンに冷えた(ジョッキのふちに氷が!)ビールを恃んだのでしょう。
ポン酢タコ焼きに、マヨネーズはいらない派なのですが…。
わかりにくいが味噌タコ焼き。
意外と美味しい梅タコ焼き。
コロナで人手不足だった10さんのボランティア団体も、来週からは通常の人員で活動できるようで、肩の荷が下りた10さんがちょっと飲みたかったようです。
私は最初のビールだけで睡魔に襲われ、さっさとうちに帰って寝てしまいましたとさ。
お昼に飲んだので、晩ご飯は軽くおにぎりとみそ汁で。
食後に10さんと二人でダイニングテーブルに向かい、10さんはクイズ、私はパズルをしていた時、ああ通常モードに戻ったなあとしみじみ。
忙しかったのよ、ここ2週間ばかりは、ほんとに。
本日の読書:三国志 五の巻 八魁の星 北方謙三
官渡の戦いの敗戦から始まった袁家の崩壊。
負けても負けてもなお、袁紹のほうが曹操よりも大きな軍勢を持っていたはずなのに、員数以外にダメージが大きすぎた。
再起を図る袁紹だったが、病に倒れ、結局回復することなく死を迎える。
自分の中では後継者は三男と決めていたが、公にしなかったばかりに始まる兄弟同士の内紛。
曹操はただ、黙ってみているだけでよかった。
小競り合いはあるものの、大きく情勢が変わるような戦いのない巻だったので、多少退屈。
その中で、張飛が結婚。
やはり作者は呂布の次に張飛を書きたいと思っているのだな。
関羽なんて全然影が薄いもの。
相変わらず劉備の良さが微塵もわからんが、彼のもとに人は集まる。
曹操は、良い人材を集める。
が、作者はきっと曹操のことは好きではないような気がする。
謀略とかするようなやつは嫌いなんだよね、きっと。
曹操の右腕である荀彧(じゅんいく)なんて、「屯田」と「兵糧」の話しかしない。
実際に国を治めるとき、大事なのはそこよ。
どうやって民を喰わせていくのか、どうやって安寧な暮らしを保証するか。
日本の天皇のよって立つところもそこだから。
皇帝に対する考え方。
曹操は、血筋なんてなんぼのもんじゃい。
能力がないなら上に立つ資格なんてない、と考えている。
その割に曹操と皇帝の確執の描写が少なすぎると思うが。
劉備は、連綿と続く尊い血筋がそこにあることが、民の心のよりどころになるのだから、政は能力のあるものがやればよい、皇帝は存在するだけでよし。
劉備の考え方は、日本の天皇制と同じなんだよね。
中国は古来から、誤った政を行った皇帝は革命で追い落とされるか、禅譲で国を譲るかしかない。
天の見放した皇帝に存在価値はない、というドライなもの。
私はやっぱり曹操派なんだよね。
劉備が言っているのは、突き詰めると宗教になってしまう。
私は心のよりどころはそれぞれの人が見つければいいのであって、上から差し出されるものではないと思っている。
どの作家の劉備もそれぞれなんだけど、どの作家の劉備も私との相性は悪い気がする。
カバー裏より
『強大な袁紹軍を官渡の戦いで退けた曹操は、ついに河北四州の制圧に乗り出した。軍勢を立て直した袁紹との再戦にも勝利し、曹操軍は敵の本陣である黎陽(れいよう)を目指す。袁紹の死、さらには袁家の内紛が、曹操に追い風となる。暗殺された孫策の遺志を継ぎ、周瑜とともに江夏(こうか)を攻める決意をする孫権。張飛との戦いに敗れ、飛躍を目指し放浪を続ける張衛。そして荊州(けいしゅう)の劉備は、放浪の軍師・徐庶(じょしょ)と出会い、曹操軍の精鋭と対峙する。北方〈三国志〉待望の第五巻。』官渡の戦いの敗戦から始まった袁家の崩壊。
負けても負けてもなお、袁紹のほうが曹操よりも大きな軍勢を持っていたはずなのに、員数以外にダメージが大きすぎた。
再起を図る袁紹だったが、病に倒れ、結局回復することなく死を迎える。
自分の中では後継者は三男と決めていたが、公にしなかったばかりに始まる兄弟同士の内紛。
曹操はただ、黙ってみているだけでよかった。
小競り合いはあるものの、大きく情勢が変わるような戦いのない巻だったので、多少退屈。
その中で、張飛が結婚。
やはり作者は呂布の次に張飛を書きたいと思っているのだな。
関羽なんて全然影が薄いもの。
相変わらず劉備の良さが微塵もわからんが、彼のもとに人は集まる。
曹操は、良い人材を集める。
が、作者はきっと曹操のことは好きではないような気がする。
謀略とかするようなやつは嫌いなんだよね、きっと。
曹操の右腕である荀彧(じゅんいく)なんて、「屯田」と「兵糧」の話しかしない。
実際に国を治めるとき、大事なのはそこよ。
どうやって民を喰わせていくのか、どうやって安寧な暮らしを保証するか。
日本の天皇のよって立つところもそこだから。
皇帝に対する考え方。
曹操は、血筋なんてなんぼのもんじゃい。
能力がないなら上に立つ資格なんてない、と考えている。
その割に曹操と皇帝の確執の描写が少なすぎると思うが。
劉備は、連綿と続く尊い血筋がそこにあることが、民の心のよりどころになるのだから、政は能力のあるものがやればよい、皇帝は存在するだけでよし。
劉備の考え方は、日本の天皇制と同じなんだよね。
中国は古来から、誤った政を行った皇帝は革命で追い落とされるか、禅譲で国を譲るかしかない。
天の見放した皇帝に存在価値はない、というドライなもの。
私はやっぱり曹操派なんだよね。
劉備が言っているのは、突き詰めると宗教になってしまう。
私は心のよりどころはそれぞれの人が見つければいいのであって、上から差し出されるものではないと思っている。
どの作家の劉備もそれぞれなんだけど、どの作家の劉備も私との相性は悪い気がする。




