7月29日(月)
今日もお昼前から外出します。
本当なら新しく買ったパソコン持参で、いろいろ楽しもうと思っていたのですが、あいにくの雨模様。
ここは無理しないで、パソコンにはお留守番願うことにしました。
話は変わりますが、「同音異義語の難しさ」と「正しく情報を伝える難しさ」について考える機会があったので、ここに残しておきます。
「しょせん、日本は勝つことができませんでした。」
食事の支度をしながら、たまたま耳にしたニュースに驚きました。
その言葉だけが耳に飛び込んできたので、前後の文脈はわかりません。
私は「所詮、日本は勝つことができませんでした」と脳内変換をしてしまったので、ずいぶん日本のチーム(選手?)に対して失礼な言い方だな、と驚いたのでした。
家事の手を止めて改めてニュースを見ると、強豪を相手に、日本は初戦を勝つことができなかった、という内容でした。
それなら「日本は初戦に勝つことができませんでした」とか「初戦を日本は勝つことができませんでした」という言い方をしなくてはだめだと思うのです。
「そんなこといちいちうるさく言わなくても」と10さんは言いますが、ニュースって、だれがどういう状況で見ているかわからないのだから、余計に誤ったとらえ方をされないための表現をすべきだと思います。
だって、そのために助詞があるんだよ。
話し言葉なら助詞を省いてもいいと思いますが、ニュースはフランクである必要はない。
でも、即時性が求められるから、難しいことではあると思うので、まあそれほど目くじらを立てるつもりはないのですが、ニュース配信者はそのあたりに気を配って原稿を読んだり書いたりしてほしいと思います。
だって「しょせん、日本は勝つことができませんでした」はあまりにひどいと思うよ、NHK。
本日の読書:昼は散歩、夜は読書。 三浦展(あつし)
Amazonより
『私は今、朝7時から働き、11時に来客対応をし、昼食をとって午後から取材にでかける。取材というのはどこかの街へ行って歩き回るのが基本である。それで夕方になったらその街の銭湯に入り、居酒屋で一杯やれたら理想の一日である……。 『下流社会』『第四の消費』などで出色の時代分析を提示してきた三浦展が、肩の力をぬいて語るこれまでのことと、これからのこと。 第一部は、これだけ読めば大学卒業!?と思われるほどの「都市」と「社会」に関わるブックガイド。 第二部には、ブラック企業・アキバ事件・震災などについて語るコラム、小学時代にまでさかのぼり、大学受験、パルコへの就職、消費社会研究家として独立するまでを語る半自伝的文章を収録。』
なぜこの本を読もうと思ったか。
それはもう、タイトルに惹かれたから。
理想の生活じゃあないですか、昼は散歩、夜は読書。
目次を見たら、ほとんどが社会学に関する本のブックガイド。
私の読書の参考になりそうな本なんてないじゃないですか。
これは失敗したなあと思ったのですが、読んでみたらとても読みやすくて、もともと興味がなかったわけでもない社会学、なんだか面白そうじゃありませんか。
ブックガイドで紹介されている本のなかでは、『モラトリアム人間の時代』と『結婚の社会学』と『1Q84』くらいしか読んでいないけれど、私より少し上の世代の人が時代が垣間見えて面白い。
『モラトリアム人間』とか『シンデレラ・コンプレックス』とか『ピーターパンシンドローム』とかはやったのよねえ。
だから、友達が買ったそれらの本を、借りて読んだものです。
ところが、社会学者としてのコラムを読むと、この日とちょっと違うかも、って思ってしまう。
”実際は子育てと両立なんていう大変なことをしてまでも続けたいおもしろい仕事をしている人なんて少ないんですよね。多くの人は家計の補助、あるいは若干のやりがいのために仕事をするのであって、そういう人は無理してフルタイムで働きながら子育てしたいなんて思わない。”
男性が働き続けるときに、いちいち仕事のやりがいと子育てを天秤にかけないくらいには、自然と両立ができる環境がそろっていれば、もう少し働く女性は増えると思うんだけどなあ。
無理して働きたくない女性がいる程度には無理して働きたくない男性がいてもいい。
それで生活できるのなら。
無理してフルタイムで働きたくはないよ、無理しないでフルタイムで働ける道があるなら。
本当に少子化対策を考えるのなら、残業規制をしろというのには賛成。
っていうか、30年位前にワークシェアリングって言葉がはやったけど、結局残業はしなくても在宅勤務で仕事できるでしょ?みたいになっちゃって、思ってたのと違~う。
本来は、ふたりでできる仕事を3人で回すようにして、労働時間を短くして雇用を増やすって話だったはずなのですが。
”人間のすべてのエネルギーを利益活動にのみ使わせるというのがおかしいんですね。そんなことを言ったら子供は育てられない。”
そうね。
育児中は、すべてのエネルギーを子どもに吸い取られますからな。
体も頭脳もボロボロの状態でも、「だから女は…」という言葉を次の世代の女性(娘)が言われないように、仕事も頑張るわけですよ。
で、女は半人前、と。
ふざけるな!と言いたい。
そんな制度はたかだか150年前に薩長の田舎侍が決めたもの。
昔の日本の庶民は、家にいるほうが子供の面倒を見てた。
母親が外に働きに出るなら、父親は子どもをおぶって内職をしたり、作業場に連れて行って面倒を見たりとかしてたんだから。
著者は中学生の時、ソルジェニーツィンの『収容所群島』を読んだけど面白くなかった、らしい。
私の「読みたい本リスト」に長年入っているのだが。
だって中学生の時、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』を読んで面白かったから。
うん、『収容所群島』読もう。
