作るよりも買った方が安いもの

最近は大抵のものが、作るよりも買った方が安いんじゃないかしら。

昔っからセーターなんて、買った方が編むより安かった。

最近は料理だって一から作るより出来合いの方が安いときがある。

私なんて不器用だし不精だから、買った方が安いならありがたく買わせていただきます。

 

でも、ときどき、「作りたいなー」と発作的に思ったりするのよね。

多分これがいちばんお金かかるパターンなんだろうな。

全部手作りなら、それなりにやりくりして安くできるんだろうけど、たまにだから気合い入れて、買い物からこだわりを見せたりして、高くつく。

で、すぐ飽きるから、無駄になる。

いちばんあかんやつ。

 

                        同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

 

 

 

 

本日の読書:美食倶楽部 谷崎潤一郎 種村季弘・編

 

カバー裏より
『「善に対して真剣になれず、美しき悪業に対してのみ真剣になれるような、奇態な性癖を己に生みつけたのは誰なのだ」――対象の善悪を問わず美しいものへの惑溺に情熱を燃やし尽くした谷崎。大正期の谷崎文学に注目してきた編者種村氏が、表題作ほか7篇で再構成した珠玉のアンソロジー。いま新しく、谷崎文学の再発見。収録作品――病蓐の幻想 ハッサン・カンの妖術 小さな王国 白昼鬼語 美食倶楽部 或る調書の一節 友田と松永の話 青塚氏の話』

目次
・病蓐の幻想
・ハッサン・カンの妖術
・小さな王国
・白昼鬼語
・美食倶楽部
・或る調書の一節―対話
・友田と松永の話
・青塚氏の話

それほど谷崎潤一郎作品を読んできたわけではないけれど、明らかにこれは今まで読んできた谷崎とは全然違う。
耽美というよりあからさまに変態寄りだったり、悪夢のような話だったり、なんだろうちょっと大衆的。
読みやすい文章も相まって、「これ、菊池寛じゃないよな」と表紙を確認すること数度。(切り口はまったく菊池寛ではありません)

おどろおどろしい作品もあるのだけれど、からりと乾いた文体がどうも日本っぽくない。
どちらかというとポーとかスティーヴンソン。
もしかしたらマーク・トウェインもお好きだったでしょうか。

”どうも日本人はくだらないセンチメンタリズムに囚われるんで、芝居でも活動でも湿っぽいものが多いんだけれど”(青塚氏の話)
意識的にドライに書いたのでしょうね。
もう少しウェットになって闇が増えると江戸川乱歩になる。

『美食倶楽部』を読みたくてこの本を借りたはずなんだけど、一番無理だったのが『美食倶楽部』でした。
全然おいしそうじゃないし、何なら気持ち悪い。
海原雄山に「こんなものが美食といえるか!この馬鹿者が!」と怒鳴りつけてほしい。

思わず笑っちゃったのが『或る調書の一節』。
人を殺してもろくに反省もしない男、奥さんが「心を入れ替えて真っ当になってくれ」と泣くたびに自分は救われるような気がする、という。
他に愛人がいるのだけど、奥さんに泣かれると、自分もつい泣いてしまう。
だけど、取調官に「では奥さんを愛しているのか」と聞かれると「愛していない」と、「泣いてくれるなんてかわいいひとではないか」と言われると「顔がかわいくないので、「かわいくありません」と、実に正直にお答えなさる。
これが真面目に行われている会話だと思うと、妙な可笑しみを感ぜざるを得ない。

『友田と松永の話』は、絶対スティーヴンソンだわ。