今日は娘と水族館に行ってきました。
10月に大阪で海遊館に行けなかったから、そのリベンジってことみたいです。
すみだ水族館でございます。
すみだ水族館と娘が言っているのに、勝手に葛西臨海水族館だと思っていた私。
「どうやって行くの?」
押上まで行って、スカイツリーの中の水族館に行きます。
昨日も押上、今日も押上。
いきなりクラゲでテンション上がる。
小さいのもまたかわいい。
本日の読書:ヘタな人生論より徒然草 荻野文子
タイトルで「へたな人生論」と書いておきながら、これはへたな人生論じゃあないですか。
まず『徒然草』の一文を抜粋する。
そこに書かれたことと近い自分のエピソードを紹介し、どうすればよかったのかを分析する。
という型がきっちり決まっている。
しかし、著者のエピソードなど不要だと思う。
徒然草の解説だけしてくれれば、あとは読者がそれぞれのエピソードを自分の抽斗の中から引き出して、絞殺したり納得したりすればいいのである。
そもそも鎌倉時代の随想を現代に持ってきたところで、リアルな感覚とはならないからいいのだ。
それが著者のエピソードになると、リアルに悪口めいて、ちょっと気分がよろしくない。
そしてそれが延々と続くこの本の構成。
薄い本なのに、とても時間がかかってしまいました。
とても一気には読めなかったので。
カバー裏より
『情報社会という流れの速い河の岸辺に立って、「呑み込まれる危険」と、「取り残される不安」の板挟みに葛藤する現代人。踏み込む勇気を得るためには、「確固たる価値観」が、押し流されないためには、「融通無碍な身の軽さ」が必要だ。この相反するふたつの思考を同時に兼ね備えた兼好だからこそ、『へたな人生論より徒然草』なのである。』タイトルで「へたな人生論」と書いておきながら、これはへたな人生論じゃあないですか。
まず『徒然草』の一文を抜粋する。
そこに書かれたことと近い自分のエピソードを紹介し、どうすればよかったのかを分析する。
という型がきっちり決まっている。
しかし、著者のエピソードなど不要だと思う。
徒然草の解説だけしてくれれば、あとは読者がそれぞれのエピソードを自分の抽斗の中から引き出して、絞殺したり納得したりすればいいのである。
そもそも鎌倉時代の随想を現代に持ってきたところで、リアルな感覚とはならないからいいのだ。
それが著者のエピソードになると、リアルに悪口めいて、ちょっと気分がよろしくない。
そしてそれが延々と続くこの本の構成。
薄い本なのに、とても時間がかかってしまいました。
とても一気には読めなかったので。














