ほぼ毎日、お昼はセイコーマートで買っている。
おかずを一品と具沢山スープ。
以前は300円で賄えたのだけど、さすがに昨年の秋にそれまで108円だったおかずが10円値上げして、スープと税金で300円を超えるようになってしまった。
そして今日、気がついた。
おかず、128円になってるじゃないの。
切り干し大根とか、蕗のおかか和えとかいろいろある中で、私のお気に入りは椎茸と昆布の煮物。
128円だからね。
文句を言うつもりはさらさらないよ。
でも、やっぱりちょっとショック。
値上がりしてたのか…。
本日の読書:43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層 石井光太
Amazonより
『二〇一五年二月二十日、神奈川県川崎市の多摩川河川敷で十三歳の少年の全裸遺体が発見された。事件から一週間、逮捕されたのは十七歳と十八歳の未成年三人。彼らがたった1時間のうちに、カッターの刃が折れてもなお少年を切り付け負わせた傷は、全身43カ所に及ぶ。そこにあったあまりに理不尽な殺意、そして逡巡。立ち止まることもできずに少年たちはなぜ地獄へと向かったのだろうか。インターネットを中心に巻き起こった「犯人捜し」の狂騒。河川敷を訪れた1万人近くの献花の人々の「善意」。同じグループで「居場所」を共有していた友人たちの証言。遺族の「涸れることのない涙」―浮かび上がる慟哭の瞬間。』
最初の一ページから胸が苦しくなる。
ちょっと前まで小学生だった少年が、酷寒の2月の深夜、全裸で体中に切り傷を負い、それでも助けを求めて川から23.5メートルを道路に向かって這っていた。
どうしてそんなことに。
あまりに残虐な事件に、犯人の少年たちへの怒りが込み上げる。
だけど、読み進めるにしたがって、著者が書きたかったのはそれではないことに気づく。
確かに被害者の父親は加害者少年たちに「死刑になってほしい」「一生許せない」と言う。
それは当たり前だ。
けれど、当事者ではない第三者の大人として、それだけに終始していてはいけない。
なぜこのような事件が起こったのか。
止めることはできなかったのか。
加害者少年たちもまた、家にも学校にも居場所のない子たちだった。
だからといって何をしてもいいわけでは、もちろんない。
けれど、家族の愛情を知らず、未来に希望をもてず、友情を信じることすら知らない子どもの存在。
これは、私たち大人の責任だろう。
結局社会の歪のしわ寄せが、弱い子どもたちのところに来るということ。
加害者少年をネットでさらし者にして、実社会でレッテルを貼って排除して終わり、というのは第三者の自己満足でしかない。
子どもたちに居場所を。愛情を。未来を。
システムで解決するとは思わない。
でも、取りこぼしてはいけない。
私は見守る、手を差し伸べる大人でありたいと強く思う。
この本の副題は『川崎中1男子生徒殺害事件の深層』
この本に書かれているのは一つの事件ではなく、この深層なのだ。
