今のところ本を読んでいて「文字が小さすぎで目が疲れる」と思うことはあまりありません。
昔の本は、さすがに字の小ささにおののきますが。
それでも、私より若い人が「最近本を読むのが辛い」なんて言っているのを聞くと、いつかは自分もそうなるのかもしれないと、怖ろしくなります。
何しろ私にとっての読書は生活習慣なので。
最近『Audible』というサービスをよく聞きます。
本の朗読を聞く、というもの。
興味はあるのですが、多分私には無理。
だってきっと寝てしまうから。
本を読みながら寝ることもあります。
ブログを読みながら寝ることも。
でも20~30分は起きてられるのよ。眠くても。
だけどYouTubeを布団の中で見ようものなら、10分の動画も終わりまで見ていられない。
寝ちゃう。
ましてや音だけって、絶対寝る。
目をつぶって聞いちゃうからね。
本を読むって能動的な行為だけど、動画を見るって受動的なのかな。
耳で聞くのは能動的なような気がするけれども、自分のペースじゃないからかな。
長男への読み聞かせを絵本から物語の本に切り替えた時、「絵がないと難しい?」って聞いたら「大丈夫。頭の中に絵が出てくるから」って言ってたんだけど、私の頭の中には耳から聞いた話の絵は出てこない。(さっきお試しを聞いてみた)
文字で読んでいるときは結構絵が浮かぶこともあるのに、何が違うんだろう?
訓練で何とかなるものなら、今のうちに訓練しておいた方がいいのかなあ。
文字の大きさだけならタブレットで文字サイズを変えて読むっていう手もあるけれど、聞く読書だと編み物しながらできるな、とか、いろいろ考えちゃいます。
とりあえずは考えるのを棚上げにして、紙の本を読めるうちは読むって感じかなぁ…。
地道に投稿@ご当地グルメ競争キャンペーン
これは岩内町のたらこ丼。(下はサービスの鮭とば)
前浜で獲れたタラの子を地元の加工場で処理したものだから、新鮮でとっても美味しい。
惜しむらくはご飯が少ないっていうか、たらこが多すぎっていうか…。
本日の読書:ダレン・シャン 10 精霊の湖 ダレン・シャン
Amazonより
『大切な人を失ったダレンは、ハーキャットと二人、シンク・ド・フリークへ。みんなのやさしさにいやされかけたとき、サーカスを訪ねてきた者は―。ハーキャットの正体にせまる、シリーズ第10作目。』
前作でバンパニーズ大王の正体がわかり、引き換えにクレプスリーを喪ってしまったダレンたち。
みんなその喪失を嘆くが、ダレン一人は心が冷え切って泣くことができない。
これは辛いね。
今はまだ半バンパニーズのスティーブが真のバンパニーズになる前に倒さないと、バンパイア一族は滅亡する。
残るチャンスはあと一度。
しかし今作ではそこからいったん離れて、ハーキャットの正体を探す旅へとダレンは向かう。
ダレンの恋人デビーと、バンパニーズとの戦いの一部始終を見ていたアリス警部が、人間もバンパイアと協同して戦うべきだと言い、バンパイア・マウンテンを目指すことを知りながら、どうしてもハーキャットをひとりで行かせることができなかったのだ。
ミスター・タイニーに連れていかれた世界は、この世界とは全然違うが、ふたりは力を合わせて謎解きのようなミスター・タイニーの言葉に従い、一つ一つミッションをクリアしていく。
そして明らかになるハーキャットの正体とは!
正直ハーキャットの正体が誰であれ、ダレンとの絆の深さは変わらないのなら、バンパニーズとの戦いの、一刻を争う時に、このサイドストーリーは必要かな?と思う。
物語の勢いを削いだのでは?
とはいえ残りはあと二冊。
次は、最終決戦近くまで話が進むでしょう。
