今日は午後から休暇をとって、人間ドックでひっかかった部分の再検査・精密検査を受けに行った…つもりだったのですが、結局検査の予約をしただけになってしまいました。
おかしいなあ。
今日、予約して病院に行ったのに、何でこんなことに?
一応肺のCTを受けることはできて、再検査としては問題なし。
しかし別の部分に怪しい部分があって、まだ小さいから良性とも悪性とも判断できないので2か月後にまた検査を受けることに。
で、予約。
食道と胃の境目の炎症については、組織をとっても主要性なのかそうでないのか判断できなかったので、今日、検査をするのだと思っていたら、今日は検査の説明だけ。
胃酸を抑える薬を毎朝飲んで、一か月後にまた胃カメラ(今度はちょっと太いやつ)を飲むことに。
そして、予約。
読書も進まなかったし、なんだか達成感のない一日。
家に帰ったら疲れちゃって、ついうっかり(?)昼寝しちゃった。
とりあえず体力取り戻して名古屋で使う!
本日の読書:ノモレ 国分拓
Amazonより
『奴隷にされた曾祖父が、100年以上前に密林で生き別れになった仲間。突如出現したイゾラドは、彼らの子孫、我々のノモレではないのか―。未知の人々を保護すべきか、警戒すべきか。ペルー国内が騒然となるなか、先住民イネ族の若きリーダー・ロメウは、曾祖父の言葉を思い起こしていた。1902年、入植者の白人が経営するゴム農園で奴隷にされた曾祖父たちは、生き延びるためにパトロンを殺し、二手に分かれ、逃げたのだ。曾祖父たちは故郷へ戻ったが、森に消えた仲間たちと二度と会うことはなかった。文明、歴史、人種、時間、言葉…。現代人の価値観に挑むノンフィクションの臨界点!』
アマゾン川流域に広がるジャングルには、近代文明とは関わらずに暮らしている先住民族(イゾラド)がまだ何十部族もいるらしい。
ブラジルのピダハンなんかが有名かと思うけれど、この作品の舞台はペルー。
ブラジルと違って先住民族に対する制度がほとんど整っていない。いやブラジルもそれほどとは…。
選挙権を持ち納税の義務を負う正規の国民のほかに、そのどちらも持たず自給自足と僅かな援助で暮らす先住民族、そしてその存在すら確認されない先住民族。
ほとんどの先住民族は国のシステムに組み込まれているけれど、未だ組み込まれていない人たちとむやみに接触を取ることは許されない。
それはほんの些細な感染症(風邪とか)ですら一族を全滅させてしまうかもしれないから。
ある時、急に目撃例が増え始めたイゾラド。
その監視を命じられたのが、この作品の主役であるロメウ。
しかし彼らの姿を見たとき、イネ族のロメウは自分たちに近しい懐かしいものを感じたのだ。
もしかすると彼らは、100年前に曾祖父たちと生き別れになった仲間たちの子孫なのでは?
そう思ったロメウは「ノモレ(友よ)」と声をかける。
ロメウの一族は、その生き別れになった仲間を探すことを曾祖父の代からの願いとしていた。
その一方で、未確認の先住民族に村を襲われ、国からあてがわれた土地に仮住まいをしている状況で、村に戻れる当てはない。
何しろ船を動かすガソリンを買うお金すらない。
ロメウは一族の悲願と一族の現状を背負い、先住民族の国際的渉外組織であるFENAMADとともに政府と交渉し、その傍らノモレと思われるイゾラドの一家とも距離を縮めていく。
フィクションならここで「友よ!」とハグでもしてめでたしめでたしなのだろうけれど、これはノンフィクション。
先住民族の処遇は一向に改善されず、一時は親しく交流を深めたイゾラドの一家は森の奥で姿を見せなくなる。
けれど、自分の子どもか孫の時代にはきっと、また交流できればいいと、ロメウは思っている。
読んでいるとジャングルの中で未開だけれど、必要なものは全て身近なものから手に入れることができる生活と、文明の中で便利なものに囲まれながら、お金がないと何もできない生活の、どちらが幸せなんだろうと思えてくる。
「あなたたちのような街の人間は明日の予定をよく聞いてくる。しかし、私は、今のことしか約束はできない。未来について約束せよというのなら、百年後の約束ならできる。あなたにはできるか。私は、今とずっと後のことだけを考えている。だから、明日の約束はできないが、百年後の約束ならできる」(ある先住民族の言葉)