アウトドアな過ごし方

 

 

 

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 昨日、近所に住む友人夫婦と数年振りに会って、もちろん飲んで来ました。

歩くと5分も離れていない所に住んでいるのに、私が札幌に戻って来てからは一度も会ってなかったのです。

私が最後に会ったのは、厚真町で大きな地震があった2週間後くらいで、10さんは災害対応がまだまだ忙しかったから欠席。

4人で会ったのはいつ以来だろう…。

 

奇しくも会わなかった間に、母親が認知症になり施設に入り、残された父親の面倒を見る羽目になったという共通点が見つかり、「うん、うん、わかる!」「そーなのよねえ」と盛り上がる。

親の老後も大変だけど、近づきつつあるのは自分の老後。

だからこそ、動けるうちにやりたいことをやっておこう!

 

ってわけで、グランピングに行こう!という流れになりました。

いや、まあ、いいんだけど、本気かなあ?

だって、お高いでしょう?グランピングって。

で食べるのはバーベキューだし、寝るのはテントだし。

私の「キャンピングカーに泊まりたいです」は黙殺されたのに、なんてことだ。

 

でもご主人の方がネイチャーガイドの資格を取ったということなので、歩けるうちにいろいろ企画してもらおう。

ま、あくまで私はインドア派なんですけどね。

 

さて、今日用事があって出かけた先で見つけたラーメン屋さん。

幟が裏返っていますが、地味目なたたずまい。

 

ラーメンは、中細縮れ麺の正統派札幌味噌ラーメン。

スープも余計なことしていない素直な味噌味で、大変美味しゅうございました。

 

 

 

 

 

本日の読書:小説の惑星 オーシャンラズベリー篇 伊坂幸太郎 編

 

カバー裏より

『「小説の凄さ」を知りたいけれど、一体何から読めばいいのかわからない。物語は好きだけれども、小説以外に漫画や映画、アニメ、舞台、数多のエンタメ作品はある――。そんな人にこそ届けたい、作家・伊坂幸太郎が至高の短編だけを集めた二冊のアンソロジー。小説のドリームチーム、誕生。赤色が目印のオーシャンラズベリー篇!編者による書下ろしまえがき(シリーズ共通)&各作品へのあとがき付き。』

 

目次

・電報 永井龍男

・恋愛雑用論 絲山秋子

・Geronimo-E,KIA 阿部和重

・悟浄歎異 中島敦

・KISS 島村洋子

・蠅 横光利一

・最後の伝令 筒井康隆

・大根奇聞 島田荘司

・人間の羊 大江健三郎

 

この中で読んだことがあるのは中島敦の『悟浄歎異』のみ。

本家の西遊記でもそこから派生した二次創作でも、悟空や八戒のキャラクターは割と似たり寄ったりだけど、悟浄の解釈はそれぞれ。

この作品の悟浄は、非常に哲学的で、学のない悟空が自然と物事の本質をつかむのに比べて、知識ばかりあっても本物を見分けることのない自分を振り返って、文字による教養の哀れを感じてしまうのである。

そして八戒の、嗅覚・味覚・触覚のすべてを挙げてこの世の生に執着する姿に一目置いているのである。

んで私は、他人の美点を素直に認めることのできる悟浄に、何やらほんのりとした好意を感じてしまうのである。

 

『電報』は主人公の男がいけ好かなくて、罰が当たるだろうと期待しながら読んでいたら、罰は当たらなかったけど気持ちは晴れたよ。

『恋愛雑用論』は、タイトルが秀逸。

恋愛不要じゃなくて、恋愛は雑用だ!だよ。気持ちわかるわ~。

『Geronimo-E,KIA』は、読んでいる最中SFだと思ってた。あとで作者を確認して、こういう作品を書くのかと思ったけど、よく考えたら『キャプテン・サンダーボルト』も阿部和重だったね。

 

『KISS』は、良い。

二人の距離感も絶妙だし、最後に自分の本当の気持、仕打ちを思い出したコウスケ。

甘い話の中にあった苦み。良い。

『蠅』の容赦なさったら!

『最後の伝令』は、最近人気の『はたらく細胞』の小説版のような設定。

胃と肝臓が悪くて、なんとかしないとこのままでは死んでしまう”存在”を救うため、各細胞たちが必死になったりやさぐれたり。

人格を否定されるほど会社で痛めつけられ、家に帰れば妻や息子とひと悶着あり、結果、食べるものも食べずにひたすら飲んで憂さを晴らす生活。

一人の人間の末期であり、昭和という時代の末期のようにも読めた。

 

『大根奇聞』は、御手洗清シリーズの一作だけど、ほとんど登場せず、電話だけであざやかに謎を解き明かす。

シリーズを通して読みたい気はあるけれど、作品が多すぎて、もう通読は諦める。

『人間の羊』は、戦後すぐの日本人の姿を書いているのだけど、実に現代的な問題を提起している。

何かの被害にあった人を、その最中にはただ遠巻きに見ているだけだったのに、ことが終わると匿名の善意の第三者となり、手を差し伸べるふりをして執拗に傷口に塩を塗り込むような人たち。

最後まで人の顔が見えることはなく、うすら寒い思いで読み終えた。